「花火の間に告白すると成功する」ってジンクスに頼って告白する友達を手助けする俺の話
太伴 公建
「花火の間に告白すると成功する」ってジンクスに頼って告白する友達を手助けする俺の話
「俺、会長のことが好きなんだ」
七月の放課後の生徒会室。
いま、ここにいるのは俺と同じ高校二年の竹下 翼と、同じく二年の俺、角田
そして翼からの告白に俺は手元の会計書類から目を離すことなく、
「だから、それは会長に直接言えよ」
といつも通り答える。
四月から数えて十二回目の独白だった。
◇ ◇ ◇
俺たち二人は今年の四月から、我が刻文院学園
俺が会計、翼は書記だ。
それまで俺たちには何の接点もなかったが、同い年でしかも同じタイミングで生徒会に入った男子としてなんとなくウマが合い、いまでは親友と言っていい仲になっていた。
そして翼が言った会長というのは、三年特進科の増田
生徒会発足以来初となる女子生徒会長の彼女は、生徒会長というだけあって成績は学年でトップクラス。
部活においては一つに縛ったその艶やかで長い黒髪を面防具の後ろから垂らした姿が特徴的な、女子剣道部のエースだった。
しかも面をはずせば驚くほど美しい顔が現れ、胴をはずせばその防具の中にそんな大きな
文武両道、才色兼備の彼女は、学校全体から恐れられたり憧れられたりしている(十人中八人は恐れを抱いている・俺調べ)。
勧誘されて生徒会に入った俺と違い、翼は会長が目的で生徒会に入った。
「壇上でスピーチしている会長を見て一目惚れしてさ」
生徒会に入ってしばらくしたころ、翼は身体をクネクネさせながら俺にそう言った。
「どんな性癖だよ」
俺の辛辣なツッコミも、翼は会長のスピーチ姿でも思い出しているのか耳に届いていないようだった。
それ以来、翼は俺に、
「なあ、会長っていつも本読んでるけど、どんな本を読んでるのかな?」
などと聞いてくるようになった。
聞かれた俺は仕方なく、いつも翼の代わりに会長に訊ねてその答えを翼に教えてやった。
「サンキュ! いつも悪いな!」
翼は俺の言葉を参考に会長と同じ本を読み、会長との話題に活用しているらしい。
恥ずかしいからと言って俺の前では会長と話そうとしないから、普段、翼がどんな顔をして会長と話しているのか、俺は知らない。
……いや、顔はどうでもいいのか。
「なあ、リク。会長ってどんな映画、観るのかな?」
「会長って、どこの大学目指してるのかな?」
「会長って兄弟とかいるのかな?」
「たまには自分で聞けよ!」
俺も面倒になってそういう時もある。
「いいじゃん、頼むよ~」
しかし翼は妙に甘え上手で、同い年のはずなのに弟のような頼み方をしてくる。
そうなると俺もなんとなく断りにくくなり、仕方なく会長に訊ねて教えてやるのだ。
こんな風に翼は、直接、会長と話すことは少なく、いつも俺を介して会長の情報を仕入れていた。
だから、会長へ告白なんて到底できないのではないかと思っていた。
◇ ◇ ◇
しかし、夏休みを目前にしたこの日。
翼の様子はいつもと違った。
「今度の夏祭り、会長も来るじゃん。そこで告白しようと思うんだ」
「マジか。ついに告るのか」
HUNTER×HUNTERの連載再開とどちらが先かと思っていたんだが。
まさかHUNTER×HUNTERの方が後だったか。
「ああ。祭りの最後に花火があるだろ? あのときに、な」
夏休み初日に近所で行われる夏祭りの最後には、地域のお祭りにしてはなかなか豪勢な花火が何発も上がる。
その花火でお祭りは終了となるのだが、ウチの高校にはその花火を見ながら告白すると成功するなんてジンクスが存在していた。
つまり翼は、そのジンクス頼りで告白しようという魂胆らしい。
「でも夏祭りは生徒会メンバー全員で行くことになってるじゃないか。どうするつもりだ?」
ウチの高校はいわゆるマンモス高校というやつで、全校生徒数やクラスも多いために生徒会のメンバーも多い。
今年の生徒会メンバーは会長を始めとする女子が8人、男子が俺たちを含め10人の18人もの大所帯である。
当日、用事で来れない者をのぞいても15人で夏祭りを廻ることになっていた。
「いつ、会長を連れだして二人きりになるつもりだ? みんなと一緒に行動するんじゃないのか」
俺の質問に翼がいつもの『弟』顔をする。
「おい、まさか」
「なあ、リク。会長をうまく、みんなから引き離してくれないかな」
やっぱりか、この野郎。
「おまえ、告白ぐらい自分の力でやれよ!」
「いや、告白はするよ! ただ、その前の橋渡しをな。お願いできたらな、と」
たしかに翼のことだ。
ヘタすると、
「アイツ、お前のこと好きなんだって」
とかクソみたいな伝言役までやらされかねない。
「それに比べりゃ、まだマシなのか……?」
「ん? 何の話だ?」
「なんでもねぇよ。じゃあ、会長をみんなと離れさせればいいんだな。どこに連れて行けばいいんだ?」
「祭り会場から少し離れた川の橋のとこだ。あそこって花火が見える隠れスポットなんだよ。俺が先に行って待ってるからさ。会長を連れてきてくれよ」
◇ ◇ ◇
夏祭り当日。
会長は紺地に沢山の花をあしらった可愛らしい浴衣で夏祭り会場にやってきた。
「やべぇ。会長の浴衣姿、尊い」
俺の隣で翼が小声で悶えている。
たしかに、いつもの剣道での道着と袴姿と違い、浴衣姿の会長は女性らしさが前面に出ていた。
「じゃあ、順番に回っていきましょ」
会長の音頭で、枳高校生徒会メンバー15人がズラズラと歩きながら祭り会場の出店を順に見て回る。
途中で俺のクラスメートの男女グループとすれ違った。
「なんだ、リク一人か? だったら俺らと回ろうぜ」
「えー! リクくん来てたの? だったらリクくんも一緒に行こうよー」
「さんきゅ。でも、生徒会のみんなと来てるんだ」
クラスメートからの誘いを断りながら、俺はスマホの時計を見た。
時刻は8時15分を回っている。
花火は8時45分から。
人混みの中の移動を考えると、ここからなら8時半には会場から離れて川へと向かいたい。
ちくしょう、翼のおかげで祭りがゆっくり楽しめない。
しかも、肝心の翼本人は自分のクラスメートと仲良く喋ってやがる。
のん気な奴だ。
そのとき、会長が、
「わたし、あそこのりんご飴買ってくる。みんな、先に行ってて」
と言った。
俺たち生徒会は、これから花火見学のメインスポットである大池のほとりに向かうことになっている。
りんご飴を持ってその目的地に合流するつもりなのだろう。
ココしかない。
生徒会の他のメンバーに気付かれないよう、俺はもともと集団から少し離れた後ろについていた。
ここで俺が姿を消しても誰も気付かないだろう。
俺は人混みに紛れながら、会長の並ぶりんご飴屋まで戻った。
「会長」
「角田くん⁉ どうしたの?」
「りんご飴買ったら、ちょっといいですか?」
「……わかった」
会長の語尾が少し震えたように聞こえたのは、急に俺が声をかけたからだろう。
驚かせてしまった。
◇ ◇ ◇
りんご飴を買った会長は、それを舐めることもせずに手に持ったまま、俺の隣を歩いた。
「どこ行くの? 待ち合わせ場所とは反対になるけど」
……翼が待っているとは言わない方がいいか?
「川の方に花火の隠れスポットがあるんです。そこなら人も少なくてゆっくり花火が見れるみたいなんで」
「そ、そうなんだ……」
言ったきり、会長は口を閉じる。
俺も、ここであまり会長と俺が口を聞いているのもおかしいような気がして、なんとなく会話が途切れた。
やがて、川の橋に着いた。
しかし、肝心の翼がどこにも見当たらない。
俺は翼に「どこにいるんだ?」とLINEを送るが、まったく既読が付かない。
アイツ、なにやってやがんだ。
その直後、会長の顔を花火が明るく照らした。
花火が始まってしまった。
「きれい……」
会長が花火を見上げて呟いた。
仕方なく、俺も会長の右隣で花火を見上げるしかない。
「たーまやー」
夜空に大きく花が咲き誇った瞬間、隣で可愛らしく会長が言う。
「かーぎやー」
俺も次の花火に合わせて言ってみる。
会長がクスクスと笑った。
「ねえ、りっくん。生徒会には慣れた?」
会長が俺に話しかける。
「生徒会では、その呼び名はしないって決めたのは
「いいじゃない。今は生徒会のメンバー、誰もいないんだし」
たしかに俺たちは普段、生徒会メンバーが周りにいないときは「りっくん」「葵姉」と呼び合う幼稚園からの幼馴染である。
実は翼からの質問も、ほぼ葵姉に聞くことなく答えていた。
だって葵姉とは家族ぐるみで十年以上の付き合いだからな。
知らないことの方が圧倒的に少ない。
「まあ、慣れたよ。葵姉から生徒会に誘われたときは『なんで俺が?』って思ったけど」
「会長、会長なんて緊張した顔で男子に呼ばれてると肩が凝っちゃうのよ。誰か一人、気心の知れた人がいてくれたらいいなって思っていたところに、りっくんがウチの高校に入ってくれたから」
「まあ、構わないけど。別に部活もやってなかったし、内申も期待できるし」
花火とは花火の合間で、俺たちはポツポツと言葉を交わす。
目線はお互い、夜空に向いたままだった。
「それに、俺なんかが葵姉の心の拠り所になるんであれば、うまく使ってくれればいいよ」
「なってるよ。すごく」
葵姉はそう言って、俺の指に自分の指を絡ませた。
剣道二段の手とは思えない、マメ一つない細くて柔らかい指だった。
「……ならよかった」
俺は葵姉の手をそっと握り返した。
――この花火の間だけ。
心の中で、俺は翼にそう言い訳をする。
許してくれよ。
俺だって、幼稚園の頃から葵姉のこと、好きだったんだから。
二人きりになって先に翼から、
「俺、会長のことが好きなんだ」
なんて言われたら、
「俺も」
なんて言いにくくなって。
そこからずっと、ズルズルと。
友達の恋路をサポートしておきながら。
彼女が自分と二人きりのときに見せる笑顔に優越感を感じ。
そのたびに自己嫌悪に陥ったり。
いっそのこと、いま、翼がここに来てくれたら。
「リク、どういうことだよ。なんでお前が会長と手を繋いでるんだ?」
「なんでって……」
幼馴染みだから生徒会に誘ったの?
いま、俺と手を繋いでいるのは幼馴染みだからなの?
葵姉にとって、俺は弟のような存在なの?
結局、俺も肝心なことは葵姉に聞けてない根性なしなんだ。
だから翼に葵姉へ告白しろなんて、俺からは口が裂けても言えないんだ。
瞬間、数発の花火が一斉に打ち上げられた。
毎年恒例のラストの連発花火だ。
轟音とともに、夜空がまるで夏の日差しのように明るくなった。
「ねえ、りっくん!」
隣の葵姉が、花火の音に負けないような大きい声で俺を呼んだ。
「なに?」
「…………!」
「え? なに?」
俺の尋ねる声と共に、また月あかりの夜空が戻ってきた。
「……花火、終わっちゃったね」
いつのまにか俺の手から葵姉の手は離れていた。
「そうだね……」
「みんなの所、戻ろうか。LINE、結構来てたよ」
「あ、ホントだ。俺のところにも」
生徒会のメンバーからどこにいるのかとLINEがいくつも来ていた。
翼からは、
「悪い! クラスの女子と喋ってたら花火に間に合わなかった!」
というLINEが届いていた。
アイツは死ねばいいと思った。
夢のような時間は終わった。
また俺たちは「りっくん」「葵姉」の関係から、会長と角田の関係に戻るんだ。
生徒会メンバーと合流する道すがら、会長から、
「角田くん。この夏祭りの花火のジンクスって知ってる?」
と聞かれた。
「……知ってます」
俺が答えると、
「わたし、地元の大学に進学するんだ」
会長が話の流れの読めないことを言う。
まあ、翼の質問要項に入っていたからな。
知ってる。
地元の県大で薬学部に進むんだよな。
「だから来年も、この夏祭り来れるの」
「……」
「来年、楽しみにしてるね」
会長はりんご飴の袋を取り、歩きながら少しそれを舐めた。
あと一年。
それまでに俺に、夏祭りのジンクスを活用する勇気は湧いてくれるのだろうか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
メイン連載の息抜きに、ふと短編のアイデアが生まれたので書いてみました。
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また、メインの連載もやっています。
現在、第5章の連載をしてますので、この短編を気に入っていただけた方は、連載の方もよければ読んでやってください。
「ぼっちの俺が死神からもらった催眠能力でやりたい放題‼……してないのにモテるようになった」
「花火の間に告白すると成功する」ってジンクスに頼って告白する友達を手助けする俺の話 太伴 公建 @kimitatsu
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