赤信号はすでに変わっている
田山 凪
REDorGREEN
俺は小さいころから役者に憧れていた。きっかけは日曜の朝にやっていた特撮作品がきっかけだ。20歳くらいの役者になりたての人たちが画面の中で相棒と協力したりチームで戦ったりしている姿が輝いて見えた。ヒーローが好きだということもあるけど、子どもながら役者たちに目が奪われた。
だから、役者を目指すために大学には行かずにバイトをしながら専門学校に通いつつ様々なオーディンションを受けていたが、最終選考に残るのが関の山で一向に合格する気配はなかった。最終選考だってすごいとみんなは言ってくれるが、役者になりたい俺にとっては最終選考じゃ意味がない。合格と最終選考落ちではまったく違うのだ。
カウンターにいる俺の方へ家族連れの父親がやってきた。
「あの、レッドフォックスを探せっていうスタンプラリーの受付ってどこですか?」
「でしたらあちらを右にいきますとエスカレーターがありますので上がったら目の前ですよ」
そんな俺はいまショッピングモールのインフォメーションセンターで働いている。笑顔を作って綺麗な言葉を使い普段とは全く違う自分を演じることができるからこそ応募した。最近まで女性であることが応募資格だったが世の中の風潮の影響か男性も受けられるようになっていた。
まぁ、俺にとってそういった風潮は正直興味はなかったが、こういったところで恩恵を受けるとは何かの縁だろうか。
何人かの案内を済ませると一人の女性がこちらを凝視して近づくと襲る襲う訪ねてきた。
「あれ……、もしかして丸ちゃん?
緑色のカラコンに赤いギターケースを背負ったその姿に見覚えはなかった。しかし、俺の愛称とフルネームを知っていることから知人なのは確かなはずだがマジでわからない。とりあえずいつもの接客通りに話してみた。
「あの、どちら様でしょうか」
「えっ、もしかして忘れられてる!? 私だよ。小学生のころ女ガキ大将っていわれてたさ」
女ガキ大将という呼び名ですべてを思い出した。
「もしかして
「そうそう! 偶然だよね。まさかこんなとこで会うなんて何かの縁かな。てか男でもこういう仕事できるんだね」
「世間様の風潮さ」
「ふ~ん。そうだ、休憩いつ? 少し話そうよ」
タイミングよく休憩の時間だったので上着を一枚羽織り名札をとって近くのカフェで梅雨と昼食をとることにした。
梅雨とは中学まで一緒で高校から離れてしまったが高校卒業くらいまではメッセージのやりとりはあった。女ガキ大将と言われてた頃はふっくらしててパワー系だったのに、いまとなってはモデルのようなスタイルに派手なカラコン。本人に聞いてみるとどうやらは今はコスプレイヤー兼アマチュアバンドとして活動しているらしい。
「丸ちゃん全然変わってないね」
「そういうお前は変わりすぎだ」
「あははっ、みんなからそういわれるよ」
「なんだかうらやましいな」
「何が?」
「コスプレにバンドってやりたいことをしっかりできてる感じがしてさ」
すると、梅雨は少し苦笑いしつつ答えた。
「みんなそういうけどさ。目的に到達してないからまだまだ。みんなは就職してそれなりのとこ入っていい感じに収入を得てそれぞれの幸せを掴んでる。でも、私はまだ頑張らないとさ。ここまで来たんだから後戻りはできないよ」
なんとなく梅雨の言葉の意味を察した。
今思えば梅雨は中学のころから徐々に痩せ始めていた。華やかなモデルが載っている画像やマイナーバンドの曲をよく聴いていたのを覚えている。きっとあの時から梅雨の挑戦は始まったんだろう。
中学生くらいなら親だって夢を応援する。でも、高校生になって進学か就職かなんて時期になると夢を否定されたりするのが世の常だ。梅雨の家はそれなりにしっかりしている家庭だったからきっと一度は否定されたのだろう。でも、諦めなかった。
そして、今もまだ夢の途中なんだ。
「丸ちゃんはいまも役者目指してるんでしょ。今度大きなオーディションあるって聞いたけど挑戦するの?」
「……いや、俺あきらめようかなって」
その言葉を聞いた梅雨はわざとなのかそれとも気を使ってなのか大げさにリアクションした。
「な、なんで! あんなに夢について熱く語ってたじゃん!」
「俺もそろそろ25歳だ。夢見たヒーロー作品の主役はいつだって若い。俺はもうそれにはなれない」
「で、でもさ! 30過ぎて朝の特撮で主演やってた人もいたじゃんか」
「お前よく知ってるな。あれは経験があったからこそだ。それに今じゃほとんどテレビで見ない」
「で、でも……」
なぜここまで止めてくる。
いっそのことあきらめたことを賞賛してくれた方が楽だ。そうすれば素直に諦められるのに。
沈黙が続き息苦しい時間が流れる。
何かを言いたそうだった梅雨はあきらめたのかココアをゆっくりと飲んでいた。
久しぶりの再会だってのにこんな空気にしてしまったのは俺の責任だ。謝らないと。
「あのさ。なんかごめ――」
「だめだよ!」
ココアをテーブルに置いた梅雨が最初に言い放ったことはそれだった。だめだよ? 一体何がだめなんだ。
「やっぱ納得いかない。夢をあきらめて何かやるべきことややりたいことなんてあるの?」
「いや、別にまだないけど。適当に資格とってスキル付ければなんとか」
「それこそ甘えだよ。夢をあきらめて普通に就職? 社会はそんなに甘くないんだ。私は夢を追いかけると決めた時、こう思ったの。もうブレーキは使わないって。例え赤信号だろうと突っ切る覚悟がないといけないって」
「それはむちゃな話だろう」
「そうじゃないって。私は知ってるの。いつだって止まってる時は自分が赤信号にしてるの。本当は
なんて雑でわけのわからない言葉の羅列。きっと、頭にあることをなんとか頑張って表現したんだろう。でも、支離滅裂変な風になってしまってる。
でも、梅雨のこのまっすぐな思いは本物だ。俺の前に誰もいなかった。そんな気がしてたが、梅雨がいたんだ。俺は一人じゃ走れなかった。だけど、前に誰かいるなら、追い抜いて先に到達したい。
「俺に足りなかったのもがわかった気がする。それはライバルだ。後ろじゃなく前を行くものがほしかったんだ。これも他力本願かもしれない。だけど、今確かに見えた。赤が
俺の言葉に梅雨は笑顔になった。しかし、自分が周りを見ずに情熱的に語ってしまったことをいまさら知って恥ずかしなり背中をまるめて小さなくなった。
「あ、あのさ。こんな話したあとで変だけど、いまってパートナーとかいる?」
「彼女のことか? いや、高校の時の相手は専門入るときに分かれたよ」
「そ、そっか。あの子と別れたんだ……。――あの、急なんだけど今晩お邪魔してもいいかな。あ、いや。べ、別に深い意味はなくて再会を記念していもうちょっと話したいなって……。だめかな?」
さっきは俺にだめだといったのに立場が逆転してるじゃないか。
なんだか笑いさえこみ上げてくる。
答えは決まっていた。
「いいよ。終わったら連絡するから」
「よ、よし……。じゃ、何かお見上げ持ってくね!」
バイト終了後。
俺の家へと上がった梅雨は愕然としていた。まぁ、なんとなくそれは予想していたけど。
「な、なにこれ。ミニマリスト的なやつ? 寝具とテーブル以外ほぼないじゃん! てかちょっとまって。冷蔵庫どこ?」
「コンビニあるし別にいらないかなって」
「役者は肉体と精神が大事なんだよ。食べ物がちゃんとしてないと肉体も精神もいい状態にならないの! 役者魂燃やしなさいよ」
「き、気を付けます……」
さっきの情熱的な語り口から次は情熱的な監督みたいなことを言い始めた。
「ケトルがあるからお湯は作れるか。何か食べ物ないの?」
「あ、確かキッチンの下に」
しばらく開けてないが仕送りで日持ちする食品をいくつかもらっていた。母親は俺が好きなもの結構覚えていてこういう時に昔よく食べていたカップ麺を送ってくれる。半年くらいもつしとてもありがたい。
「そばとうどんなら」
「ほんと生活感なさすぎ……。まぁ、いいや。どっち選ぶの?」
「じゃあ、そば派だから緑のたぬきで」
「私はこっちね。赤いきつねなんて久しぶりかも。家がこういうのだめっていうタイプで丸ちゃんの家でしか食べたことないんだよね。」
再会を記念したお食事してはとても豪華と言える代物ではない。でも、学生時代に一人で、兄弟と。梅雨と一緒にちょいちょい食べていたこの味と寒い時期のカップ麺は心が温まる。
「やっぱ
そう言った途端梅雨がふきだしむせてしまった。
「い、いきなり何いってのんさ!」
「いや、普通だろ。いつだってこの汁はうまいだろ。それともうどん派閥とは相容れないってか」
「そ、そういうことね。驚いたぁ……。――そういや小学校の時同じようなことがあった気が……」
結局のところ梅雨のおかげで俺はまた走り出した。
この先どうなるかはわからない。
でも、どんな道でも精一杯がんばればどこかへたどり着けるかもしれない。
止まって悩む暇があるなら走らないとな。
「なんだか懐かしいね。昔の丸ちゃんを思い出すよ」
「昔の俺を超えるよ。――今日はありがとな」
「うん!」
。
この味は夢に一直線だったころの俺が食べていた味だ。
信号はすでに
赤信号はすでに変わっている 田山 凪 @RuNext
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