14.親知らず子知らず
「これより、開廷します――」
着け馴れた手枷を、じゃらり、周囲に聞こえない程度に一度鳴らす。
「被告人は証言台へ」
左足を先に着けた。じりじりと、体に小さな振動を感じる。
思わず笑いそうになりながら、右足も揃えて置き、何事もないように証言台に立った。
***
「出席者11名、欠席者1名――オガノ氏。規定の人数に達しているため、これより、定例会を開催いたします」
楕円、ダークウッドのテーブルに渋い顔をした人等が並ぶ。
「欠席者は、2名の誤りでは?」
タブレット端末の上で指を遊ばせながら、サヒナは訊ねた。
「ああ」
議長の男は面倒くさそうに咳払いして言い直す。
「欠席者2名。休養中のオガノ氏、もう1名は零(ゼロ)階層にて係争中の――」
出席者の何人かがサヒナを睨むように見たが、「何か問題でも?」というように愛想笑いを返した。
端末に、メッセージが入る。
〈OK とどいてる〉
今度は本当に笑って、飛び跳ねてしまいそうだった。
***
「ちょっと、整理していいですか」
ハルトはこめかみを押さえた。
「コロッケパン買ってきて」のノリで「証言台の下にスピーカー敷いて」とコクマに頼まれたのだった。
「ええっと。要するに、あなたが証言台に立つタイミング――次の法廷までに、あなただけ第一階層の定例会の音声が届くシステムを用意しておけと、そういうことですよね?」
「そうそう。あいつらわざと、法廷日と定例会の日にち合わせてきやがるだろ?」
コクマは知恵の輪をいじっている。
「証言台自体は法廷内の床と切り離されていません。あなたにだけ、音を届けるというのは、具体的にどういうあてがあって――」
じゃらり、知恵の輪が解けて落ちた。
「当日、俺しか身に着けないものがある」
コクマが空いた両手首を合わせてハルトにみせた。
「ここからうまく骨伝導できればいい。音質なんて荒くて構わない」
「……なるほど。でも、向こうの定例会を聞くことができたとして、あなたからは何も出来ないんですよ? 定例会の内容を知るだけであれば後日、佐雛から聞くことも可能なわけですし」
「いや、当日リアルタイムで意見できるようにする」
コクマは口をわっと開き、歯を見せた。
「これを、タイプライターにする」
「タイプ、ライター?」
「俺は歯が28本あるんだが――ああ、親知らずは生えてねえんだ。ま、それは置いといて。26本をアルファベットのA〜Z。残り4本を、数字入力、確定キー、スペース、バックスペースに割り当て、舌で打って信号化する。口内から手枷、スピーカー機器を経由して第一階層に送信する」
「まじですか……?」
「まじ。こっちは自分で創るよ。歯28本と舌を使った伝言"ゲーム"だ。裁判官や陪審員に気付かれないようにってとこが難関だね」
んべ、っと舌を出して無邪気に笑う。この状況を楽しんでさえ見える。
「わかりました。証言台と第一階層、佐雛との接続は任せてください」
「お、いつになく素直だな?」
「事が事ですので」
小蛾野の一件、彼に影響を受けた子ども達のことがハルトは気がかりだった。
***
――ゲーム内にガラスを再現。
泉を薄く伸ばしたような、見事なガラスが出来上がる。
――これを。
「……ふあっ! やっぱりダメだ!」
アラタはあぐらをかいたまま後ろに倒れた。
「何でも物質化できるってわけじゃないんだな。エンデとチル、それ以外は全部だめか?」
リオンがディスプレイを覗き込んで訊いた。
「うん。エンデと……チルも、僕が意図してこっちに連れてきたわけじゃないから、どうも仕組みが。僕がつくったからって全て思い通りにできるわけじゃないのかもしれない」
――チルにいたっては、誰がつくったのかさえわからないのだけれど。
「言われてみれば、俺の能力もムラがあるな。描いてからしばらく発動したままのものもあるし、ほとんど効力を発揮しないものもある」
リオンが指で字を書く仕草をした。
「あ」
「どうした?」
「ううん。何でも、ない」
――指。字。
アラタは自分の手のひらを見つめた。
――何だったっけ。何か、大切な――。
「おい、チル」
キッチンで、エンデはチルの肩を掴んだ。
「どうしたの?」
「アラタの傷、どうやった?」
「私は何も――」
「嘘を吐くなよ」
肩を掴む力が強くなる。
「どうやったのか、教えろ」
迫るエンデの顔を見て、チルは笑った。
「ふふっ」
「何が、おかしい?」
困惑したエンデがチルから手を離す。
「ごめんなさい。あの人に、とてもそっくりだったから」
チルは、笑いながら指で目尻を拭った。
「あの人? 何の話だ?」
ふうっと、チルが長く息を吐いた。
「"私たち"には関係のない話、よ」
ジ・エルエンド 白月木子 @musyozokuLady
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