6.二人の距離。
ミノ・タルタロスの起こしたアポイントメント戦争違反は、宇宙中の話題となった。だがそれ以上に、撃退した地球・ゼールズ火星支店連合の戦力と、違反に対して本気の対処を見せた宇宙連合機構の戦力の大きさが、宇宙を震撼させた。
非難を浴びることとなったミノ・タルタロスだったが、その非難は思いのほか小さいもので収まった。
先に語った、撃退した側の戦力があまりに印象に残る絶大さだったせいもあったが、それ以外にも、クロッド先王とギアナ女王の交代劇が見事だったためである。
クロッド先王の問題を払拭するかのようなギアナ女王の誕生。そしてその戴冠式が、行われようとしていた。
ギックーをこの式に連れて来たことを、ゼオレーテは少し後悔していた。
話は全てギックーから聞いていた。
その上で、気持ちの整理を付けたいと言うギックーを、ゼオレーテは戴冠式のお供として連れて来た。だが、真顔で式を見つめるギックーに、その、内心穏やかではないだろうことを表に表さないギックーに、ゼオレーテの心は痛んだ。
終始、ギックーは式から目を逸らさない。
時折、ギックーの瞳は、ギアナの瞳と交差しているように感じた。
しかし、実際の距離以上に大きく開いた二人の立場は、近づく気配も見せなかったのである。
式も終盤に差しかかった頃、ギアナは側近に耳打ちする。ギアナの申し出に側近は頷くと、口を開いた。
「この中に、ギアナ王女に質問のある方はいらっしゃいますか?」
列席者からちらほらと手が上がる。その手の中には、ギックーの手もあった。
ギアナが再び側近に耳打ちすると、側近は、「そちらの方」とギックーを掌で指し示した。
ギックーは声が上ずらないように注意しながら聞いた。
「女王陛下は、遊園地はお好きですか?」
質問の内容に、列席者がざわめく。ざわめきを制するように、ギアナは答えた。
「今後、ミノ・タルタロスは他の星への侵略行為を主とせず、牧畜と農耕、及び開拓に重点を置いて行きたいと思います。戦闘主体からの転身、私はそれを推し進めて参ります。——そうですね、私は遊園地は大好きです。ミノ・タルタロスの民が笑顔で遊園地を楽しめる、そんな未来を作って行きたいです」
言葉に詰まることなくギアナはそう告げた。その表情は、ほんの少しだけ辛そうな影を見せはしたが、誰もがそれに気が付くことは無かった。
ただ一人、同じく感情を押し殺すギックーを除いて。
○
何をやっているんだろう。
地球の映画館の前で一人立つギックーは、賑やかな雑踏をぼんやり見ながら、皮肉交じりに笑みを浮かべた。
こんなことをしていても、何にもならない。
遊園地でギアナと交わした約束の場所に、待ち合わせの一時間も前からギックーは立っていた。
彼女がここに来ることはないのだ。
携帯端末の中のギアナの笑顔は動かない。
あれから、彼女の小説のページは更新されることは無かった。連絡もなかったし、出来なかった。
「さらばやさしき文字よ——」
ギックーは声になるかならないかの大きさで、そっと呟いた。
今日、ここにギアナの姿が現れることがなかったら、ギックーは、これで終わりにしようと思っていた。今の彼女の立場を考えれば、この先が無いのは解っていたから。
一時間は長いと思っていた。
だが、ここに立ってみると、時は残酷なまでに早足で過ぎていく。
待ち合わせの時間までもう、あと十分しかない。
終わりを告げようとする自分の心に、もう一つの自分の心が悲鳴を上げた。
あの楽しかったやり取りを。
あの楽しかった思い出を。
あの楽しかった遊園地を。
触れた手のぬくもりを。
柔らかい唇を。
もう終わりにはしたくない。
ううっと、嗚咽が漏れた。肩が震えた。胸のポケットに入れた映画のチケットを、この息の詰まる感情ごと抱きしめた。
そのときだった。
すっと、ギックーの目の前に、見覚えのあるハンカチが差し出される。
顔を上げたギックーの目から涙があふれた。
そこには、同じく涙を湛えて微笑む、ギアナの姿があった。
二人が書いた文字が書籍化されるのは、まだちょっと先の話である。
雷神合体 ゴオライガー 赤城ラムネ @akagiramune
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