5.砲火の代償。
ゴオライガーのコックピットからミノ・タルタロスの軍勢を見るカケルは、不愉快な気持ちでラムネをガリッと噛んだ。
「まるで星間戦争でもするみたいだな」
ツインラインのコックピットから樫太郎はカケルに言った。彼が言う星間戦争の単語が誇張ではないほどに、空に浮かぶミノ・タルタロスの軍勢は多い。カケルは空を埋め尽くす大艦隊を睨み、それから、青々とした田んぼの真ん中に突き刺さったアポイントメントを睨んだ。
「こんな戦争を回避するためのアポイントメント戦争じゃないのか?それにこんなところで戦闘をしたら、稲が駄目になってしまう」
見るからに怒りの表情を見せるカケルを、アリアーシラがモニター越しに同じく怒りの表情を隠しもせず見つめた。
「本来、最終局面でもない限り、恥ずかしくて出来ない行為です。最終局面であっても、高速戦闘するロボット同士の戦いの弊害にしかならない艦隊を、前面に出す行為は通常、しません。これは、明らかな威嚇行為です」
話を聞いていた鈴が、やり場のない怒りをその手に込めて、樫太郎をひっぱたく。
「もうこうなったら、グレートゴオライガーで全部ふっとばしちゃえば良いのよ!」
鈴が啖呵を切るのを聞きながら、伝は「ははっ」と笑った。
「確かにお鈴ちゃんの言う通りだ。カケル、グレートゴオライガーに合体だ!」
「待て!」
意外にも、それを止めたのはブッソ・ティオーンに乗るギックーだ。
「今、各国のEFと話し合った。先ず、戦闘開始と同時に、ティオーンとEF、そしてツインラインでテンダルローインをけん制、突破口を開く。ゴオライガーはその突破口を突き進み、轟雷覇斬で一気にアポイントメントを破壊するんだ」
それを聞いた樫太郎は、軽く舌打ちした。
「やれやれ、ツインラインはゴオライガーの引き立て役だな」
「そう言うな」ギックーが樫太郎をなだめる。「こんなバカげた茶番を、一刻も早く終わらせるには、これが最善なんだ」
「分かってますけどおー」
態度の悪い樫太郎を、再び鈴がひっぱたく。
「これだけ広い範囲の稲が駄目になったら、農家の人たち泣いちゃうよ? 被害も時間も最小限に、それで良いじゃない」
「その通りだ」ギックーはモニターに映るカケルたちを見る。「よろしく頼むぞ、カケル君、姫様、伝君」
三人は、強く、深く頷いた。
ずらりと並んだ、近隣各国及び国連地球防衛軍のEF、ブッソ・ティオーン、ツインライン。その後方に、ゴオライバズーカを構えたゴオライガーが陣取る。
「——戦闘開始」
アポイントメントから響く女性の声が戦いの始まりを告げる。
頭部の角を振り翳し、一斉に突進してくる十数機のテンダルローイン。
ギックーのブッソ・ティオーンの集中砲火が、テンダルローインを怯ませる。ティオーンから発せられる光弾が唸りを上げ、熱線が焼き、ミサイルが炸裂した。
それでも押し進もうとするテンダルローインを、各EFたちが迎え撃つ。あるEFは刀でテンダルローインを斬り裂き、あるEFは火炎放射の火柱で焼き払い、あるEFはカニバサミでテンダルローインの脚を挫く。
飛び出してきたテンダルローインの角を、ツインラインのシャイニングウィザードがへし折る。その勢いのまま、上空で錐揉み宙返りをしたツインラインは、他のテンダルローインの頭部をダイビングエルボーでかち割った。
戦場に走る、一本の光明。
迫りくるテンダルローインの軍勢に隙が出来、アポイントメントまでの空間が開き光の筋となるのを、カケルは見逃さなかった。
「今だ!」
推進力を全開にして、ゴオライガーが突き進む。
阻もうとするテンダルローイン数体に、ゴオライバズーカの実弾が突き刺さる。
角を突き上げて来たテンダルローインの頭部を踏みつけ、さらにゴオライガーは加速する。
その手にはすでに、轟雷剣が握られていた。
「「雷光! 轟雷覇斬!」」
カケル、アリアーシラ、伝の声と共に加速はさらに増し、最早、光のごときゴオライガー。最後に向かってきた2機のテンダルローインの手足を斬り飛ばしながら、アポイントメントへと迫る。
瞬間、閃光が煌めき、轟雷剣の斬撃によってアポイントメントは粉々に砕け散った。
○
「終わりです、『クロッド』」
戦艦の艦橋から見える地上の光景に愕然とし、膝から崩れたミノ・タルタロスの王、クロッド・ス・ペンサーロールに、王女ギアナは冷たく言い放つ。
「バカな! 我がミノ・タルタロスの精鋭だぞ! こんな辺境のロボットに、後れを取るとは!?」
「前にも言ったとおりよ。過去の栄光にすがりつくミノ・タルタロスが、宇宙怪獣を撃退するほどの戦闘力を持った星に勝てるはずがないわ」
「黙れ!」
クロッドはテーブルに並べられた酒器類を乱暴に腕で払った。ガラスのような材質のそれは、床に落ちて砕ける。勝利の美酒となるべきだった物の、無残な姿だった。
「まだだ! まだ諦めぬぞ! かくなる上は、この大艦隊で、地球を直接制圧してくれる!」
「止めて」
静かに言ったギアナは、胸の前にブラスターを構えていた。そっと、安全装置をセイフティから麻痺性のスタンに切り替える。そのブラスターに怯むことなく、クロッドは真顔をギアナに向けた。ギアナは、悲しそうな目をした。
「終わりにしましょう」
「我がミノ・タルタロスに終わりなどない」
そうクロッドが言ったとき、彼の側近が左右両側からギアナを押さえつける。彼女が落としたブラスターが、床をカラカラと滑った。
「残念だったなギアナ。お前はそこで見ていろ。アポイントメント戦争なる下らない遊びではない、本当の戦争というものをな!旗艦全砲門、あの船を狙え!反撃の狼煙だ!」
クロッドが指示したあの船とは、アポイントメント戦闘領域外の空中に浮かんでいたラインフォートレスであった。
クロッドの乗る旗艦に備え付けられた、主砲を始めとする全砲門が、不気味にゆっくりとラインフォートレスへと向けられる。
照準器を覗く砲撃手が、いつでも砲撃可能だと思ったところへ、それは現れた。
斜陽を背に、人型の物体が、まさに大の字にその四肢を開く。ラインフォートレスへの射線上に姿を現したのは、逆光で黒く塗りつぶされた、異形の姿を晒すゴオライガーであった。
砲撃手の背中を冷たいものが走る。
あれは、なんだ?この艦の砲撃を受け止めようというのか?
そんなバカなことが出来るはずがない。
だが、出来るのだとしたら?
——その報復は、どれほどのものか。
ゴオライガーの姿に恐れを抱いたのはクロッドも同じであった。そして、その恐れこそが、言葉を口走らせる。
「撃て! あのロボットごと消し去れ!」
クロッドの言葉が発せられる数秒前。クロッドの乗る戦艦とラインフォートレスを結ぶ直線状に、巨大な宇宙戦艦が亜空間から姿を現す。
「亜空間バリア展開!」
声の主、ゼオレーテが高らかに叫ぶと、戦艦の前にバリアが展開される。それは戦艦クラスの動力源を必要とする強力なバリアで、クロッドの戦艦が発した砲撃をすべて亜空間へと吸収、対消滅させた。
「全艦! 敵はミノ・タルタロスだ!」
ゼオレーテの声に、次々と亜空間より姿を現した戦艦が答える。ゼールズ火星支店の絶大なる戦力は、夕焼けの空に光の流星を無数に描き、ミノ・タルタロスの戦艦の兵装をことごとく無力化して行く。
「恥を知れ! クロッド・ス・ペンサーロール!」
オープン回線から聞こえるゼオレーテの声に、クロッドは歯噛みする。
「黙れ! 貴様らの如き負け犬がぁっ!」
そう吠えたところで、クロッドは強烈な寒気を感じた。
——何だ?
それはゼオレーテの乗る戦艦の背後から、ゆらりと姿を現した。
グレートゴオライガー。
神とも悪魔とも取れるシルエットは、一瞬で距離を詰めると、ゆっくりとクロッドの乗る戦艦の先端へと降り立つ。
クロッドは、怒れるカケルの鬼気に、はっきりと恐怖を感じた。
ズシン。
戦艦の先端、その装甲板を踏みしめ、グレートゴオライガーは艦橋に近づく。
ズシン。
クロッドは震え上がった。
何だ、この化け物は。
体を包む恐怖心が、クロッドの口を開かせた。
「3番艦、4番艦、体当たりだ! この艦に取りついたロボットをすり潰せ!」
バカげた命令であった。しかしそのバカげた命令通り、指示された戦艦がグレートゴオライガーのほうに向き直り、突進するべく推進力を上昇させる。
400メートル超の戦艦の動きなど、グレートゴオライガーが躱せぬものではない。それは容易いことだった。
だが、カケルの怒りは、それを真っ向から受け止めた。
眼前で腕を交差させたグレートゴオライガーは、それぞれ一本の腕で、たった一本の腕で、巨大な戦艦の先端を受け止めた。常軌を逸した光景の中、カケルの咆哮が響き渡る。
「うおおおおおっ!」
カケルの声に呼応し、その力を示すグレートゴオライガー。先端を掴まれた2隻の戦艦はグレートゴオライガーの腕に引かれ、すれすれで交差し、元いた位置とは逆の方向へと投げ飛ばされる。
ズシン。
再びグレートゴオライガーが艦橋へと歩みを進める。
ズシン。
歩み寄る恐怖の象徴に、クロッドの呼吸が荒くなる。震える彼の耳に、新たな艦影が現れたことを示す警戒音が聞こえた。亜空間航行から離脱してくる艦を示す音が鳴りやまない。いつまでたっても。
「待たせたな」
オープン回線から聞こえた声は、ファーストのものだった。彼の宇宙船ダンライオンの後方、いや全方位から、ミノ・タルタロスの軍勢を囲む宇宙連合機構の戦闘艦、その数は数千。
ファーストは警告した。
「クロッド・ス・ペンサーロール。てめえのやったことは宇宙連合法違反だ。これ以上やるなら、宇宙連合機構は武力を以っててめえらを駆逐する」
宇宙連合法、アポイントメント戦争規定違反に対する措置の強大さに、クロッドは打ちのめされた。こんな戦力差は、到底覆せるものではない。そして今、私を見下ろす地球のロボットの、目をガードする透明な素材からうっすらと覗く機械の瞳。その輝きを消す力など、私は持ち合わせていない。
膝が震える。喉が渇く。焦点が定まらない。
己の行動の重さを実感するクロッドを救ったのは、ギアナだった。
近衛兵の拘束が若干緩んだ瞬間を、ギアナは見逃さなかった。彼女は素早く床に落ちたブラスターに駆け寄ると、躊躇なくその引き金を引いた。
背中からスタン性の光弾を浴び、ふわりと崩れるクロッド。
倒れながら、涙の浮かぶ大きく見開いた目でギアナを見た彼は、「ありがとう」と小さく呟いた。
ギアナにはそれが、恐怖から解放してくれてのありがとうに聞こえた。
グレートゴオライガーの隣に、ギックーのブッソ・ティオーンが降り立つ。「そのくらいにしておくんだ」そう言いながらグレートゴオライガーの肩に触れようとしたティオーンの動きがそこで止まった。
「!」
艦橋にギアナの姿を見つけたギックーが、コックピットから飛び出す。
ギアナ・ス・ペンサーロール。
ギックーは、ミノ・タルタロスの王女の名前をそこで思い出した。
飛び出したギックーを、ギアナは艦橋から見つめる。彼の表情から、自分がミノ・タルタロスの王女だということは知られてしまったのだと、理解する。
二人は見つめ合った。
だが、どこか悲しい表情を浮かべた二人の距離は縮まらない。
ギアナは辛そうに、大きく深呼吸すると、オープン回線に向かって言った。
「クロッド・ス・ペンサーロールは倒れました。今より、ミノ・タルタロスの全権はこの、ギアナ・ス・ペンサーロールにあるものとします。私はここに、宣言します。ミノ・タルタロスの全面降伏を!」
彼女の顔は、女王だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます