夏、青年

 雑踏。

 知らない人間たちが、忙しなく、つまらなそうに、そして無抵抗に階段を降りてゆく。

 僕はその急流に紛れて、なんとか自分のスペースを確保しつつ海への出口へ向かう。かざす。かざす。かざす。絶え間なく音は鳴る。僕の番が来た。ピ、という音の後に、僕はやっと、さっきよりはマシな動きで流れる海へ出た。

「暑いな…」

 駅から大学まで徒歩二十分。今の僕の気分からすると、その時間はまあまあ長い。バスを使おう。昨日からスマートリングを修理に出してしまっているので、受け取りの夕方までは現金を使わなければならない。僕は足をとめ鞄の中に手を突っ込み、横目で中を覗きながら財布を探しだした。中は黒い生地で作られているからか、なかなか財布が見つからない。まるでブラックホールだ。財布は、この小さなブラックホールに吸い込まれてしまったのだろうか。もしかすると、昨日の夜、無駄に詰め込みすぎたノートや研究資料も、一緒に消えて無くなってたりして…。そうだったらいいのにと、くだらない妄想をしているうちに財布を見つけた。それと同時に、バスが定刻通りにバス停に停車した。

 乗車して、席に座る。汗を拭いながら歩く高校生や、夏であるというのに平然とした顔で長袖のスーツを着て信号を待っている会社員を見て、快適な車内にいるのにも関わらず夏の鬱陶しさを感じとる。

 冬が恋しくなった。半年前、僕は何をしていただろう。そう思ったとき、彼女のことを思い出した。

 出会いは大きな地球の前だった。彼女は可憐だった。華奢な蝶のような、小さな笑顔をする女性であった。彼女の顔を思い浮かべると、その時の記憶が芋づる式に蘇ってくる。

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東京プラネタリウム 東京 @higurashi_24

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