「おかえり!」

 函館旅行から帰ってきても、私たちの生活が大きく変わることは特になかった。というのも、お正月の三が日を除いて十二月から二月の中旬までの三ヶ月間、シェアハウス運営の準備で私と菜々ちゃんは忙殺されていたからだ。

 各部屋のクリーニングは、知り合いに頼んで手伝ってもらった。といっても築十年程度の物件で、ほとんど物置として使っていた部屋が大半なので、整理するのに時間もお金も思ったよりはかからなかった。

 肝心のシェアハウスのコンセプトはというと、女子大学生専用のシェアハウスとして売り出すことにした。残りの細かいルールは、初年度の様子を見て都度整備することにする。実際、どんな人がやってきて、どんなことに不便を感じるか、入居者に親身になってあげないと分からないことも多いだろうしね。

 西弘の周辺には弘前大学と弘前学院大学の二つの大学があるので、主にここの大学生が入居してくることになる。

 初年度の入居希望者は結局一人だった。

 今日は、我がシェアハウスの一期生がやってくる日だ。

「菜々ちゃん、緊張するね! それとも楽しみかな?」

 夕飯の材料を細かく砕きながら、私は時計を見る。午後の五時。残雪に夕陽が反射して、家の中は茜色に染まっていた。

「ビラは配った。大学生協の人にも新入生に紹介してもらった。私たち、できることは全部やったよね」

 ぶつ切りのイカを、小麦粉を溶いたタネに入れて、菜箸で混ぜる。

「それでも、初年度の入居者は一人かぁ」

 菜々ちゃんは、本当によく働いてくれた。ビラのデザインから各所への交渉、吹雪の中での手配りなんかも全部率先してやってくれた。だからこそ、突きつけられた結果に対して人一倍シビアなんだと思う。

「むしろ、一人でも来てくれるだけありがたいよ」

 私がフォローを入れると、菜々ちゃんは指の隙間からちらりとこちらを見て、唸った。

「そうだね~準備期間がギリギリだったのもあるけど、広告もまともに出来てなかったしね」

 うん、時間がないにしては頑張ったよ! また来年もあるし、ここから始めていけばいいんだよ。

「それに、弘前大学(ひろだい)生でしょ? 私たちの後輩じゃん! どんな子かな、楽しみ!」

「よーし、れいにゃん、めっちゃ可愛がろ? 私、力いっぱい豪華な歓迎会の準備するわ!」

 私は、そうね。と頷いた後、油を注いだ鍋を火にかけた。

 油が温まってきた。私がいがめんちのタネを作り終えて油に入れようとしたとき、玄関のチャイムが鳴った。

「来たよ! 菜々ちゃん、出迎えてあげて!」

「はーい! 今行きまーす!」

 玄関に向かって菜々ちゃんがかけていく。私は火を止めた後、彼女の後を追った。

「こんにちは。入居予定のものですけど」

 玄関の扉に小さな影が写っている。

「はいはい、今開けます!」

 私と菜々ちゃんは、揃って扉の前に立つ。

「お尋ねするのが遅れました。大雪で電車が止まってて、ごめんなさい」

 扉を開けると、私の頭一つ低い位置から声がした。目の前に、可愛い女の子がいた。

 女の子は、高校の制服の上に一回り大きなジャンパーを羽織り、マフラーをぐるぐる巻きにしている。茶髪ベースにところどころ黒いメッシュが入っていて、まるでキジトラの猫みたいな髪色だった。

「お名前は?」

 私は、口から心臓がまろび出るかと思った。菜々ちゃんは、彼女を見た瞬間、思いっきり抱きついていた。

 女の子は、照れくさそうに菜々ちゃんの抱擁ハグを受け止めていた。

石戸谷いしどやゆずです。ママ、菜々ちゃん、ただいま!」


 今年の入居者は0人だけど、

 これからも続く三人の生活。

 今日の夕飯は、いがめんち。


   了

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先日、未亡人の私(35)が猫と女子大生を拾ったんだが 鷹仁(たかひとし) @takahitoshi

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