今日、未亡人の私(36)が女子大生に拾われたんだが
菜々ちゃんの提案で、シェアハウスプロジェクトの決起集会を行うことになった。
私たちは一泊二日の弾丸で十二月二十四日から二十五日にかけて、
函館には、
「
周りに誰もいないのを見計らって、菜々ちゃんがこぶしを利かせる。風に、菜々ちゃんの美声が流れる。
「おっ、菜々ちゃん知ってるの?」
「
確かに、
「函館だったら、
サブちゃんは私の十八番だ。こちらも北に住む通な大学生がカラオケの選曲に入れるうちの一つである。
「ン~?」
しかし、曲名を聞いて、菜々ちゃんはピンと来ていないご様子。
私は、咳払い一つして、自慢の歌声を披露する。
「は~るばる来たぜ函館ぇ~♪」
「ああ、聞いたことがある」
有名なサビで、ようやく菜々ちゃんの眉間(みけん)からシワが消えた。
「おばあちゃんが歌ってた」
私は菜々ちゃんの言葉にずっこけた。
「そうよね~」
これがジェネレーションギャップか。思わず涙が出てくるわ。
「大丈夫だよ、れいにゃん! まだピチピチ!」
菜々ちゃんは私を気遣ってそう言った。
「本当? それじゃあ女子大生ともタメ張れる?」
「うふふ♪」
「も゛う゛!」
みなさん、これがバイトで培った営業スマイルで女子大生に軽くあしらわれる三十五歳です。
二人の漫才を終えて、私たちはフェリーの
次の日の朝、朝市で三色丼を食べた。ここでは朝採れた魚から好きなネタを三種類選んで丼に乗せてくれるらしい。函館の朝は、ものすごく
私は、サーモン、かに、マグロを選び、菜々ちゃんは、サーモン、いくら、かにを選んだ。二人共、あおさのお味噌汁も含めて、ひと目を気にせず夢中でかき込んだ。
午前中は朝市周辺の散策で時間を潰した。途中、気のいい兄ちゃんに呼び止められ、一杯分の価格で二杯の蟹と、おまけでホッケの干物をもらった。そしてどうやら私は断れない性格らしい。菜々ちゃんが間に入って止めてくれるまで、いくらやらホタテの貝柱やら昆布やらを、おだてられるままに買ってしまった。流石に手荷物が多くなってきたので、朝市で買った分は一括で家に郵送してもらった。
お昼はラッキーピエロでチーズバーガーを食べた。ここのラッキーピエロはローカルチェーンで、函館民のソウルフードらしく、ハンバーガー屋と言うよりはカレーやスパゲティまで売っているファミリーレストランのようなお店だった。
確かに、今までに食べたことがない新鮮さと素材の濃さで、北海道の旨味が凝縮したようなハンバーガーだった。この値段でこのクオリティのハンバーガーを食べるとなると、ここ以外ではまず食べられないのではないかと思った。
また函館に来たときにはラッキーピエロに来るぞと思った。
午後は函館の観光地を巡った。昨日の夜にリストアップした観光地の一つ、
「年末、実家に帰るの?」
長い一本道の途中で、私は菜々ちゃんに聞いた。
「ううん、ずっと弘前にいるよ。お母さんにも言ってあるし、帰るとしたら来年のお盆かな」
菜々ちゃんはそう応えた。それじゃあ、お正月のおせちとお雑煮を用意して、一緒に初詣も行けるなと思った。
私たちは赤レンガ倉庫でしばらくお土産を見た後、もう一度、函館市内を車でドライブした。
「楽しかった?」
「楽しかったよ」
私の問いかけに、菜々ちゃんは表面上素直に答えた。
「今日さ、菜々ちゃんあんまり喋んないけど、疲れちゃった?」
「ん? いや、疲れてないよ。大丈夫」
私の言葉に、菜々ちゃんはどこか上の空の感じがした。旅行に誘うの、いきなり過ぎたかな。もしかしたら体調が悪いのに無理して着いてきて、あまり楽しめなかったのかもしれない。
「そろそろフェリーの時間が近づいているけど、最後に行き忘れたところとかない?」
私がそう言うと、少しの間をおいて、菜々ちゃんが口を開いた。
「それじゃあ、さ、行きたいところがあるんだけどいい?」
私たちは、赤レンガ倉庫前から
「ギリギリだったね」
函館は、百万ドルの夜景で有名な観光地だ。
せっかく函館まで来て、夜景を見れないなんて悲しすぎる。駐車場からロープウェイまでの道を走って、真冬なのに服の中が汗ばんでしまった。
最終便に乗り、山頂まで三分ほどだった。私たちは、少しずつ遠くなっていく地上を見つめながら、何も話さずに時間を過ごした。
函館山の展望台に着くと、目の前には、函館の灯りが瞬(またた)いていた。頭上の銀河が足元にもあるようで、まるで星の光が鏡合わせだった。
「夜景が綺麗だね。来れてよかった。ね」
誰からも返事がない。菜々ちゃんをみると、こちらを向いて嬉しそうにしている。
「どうしたの?」
菜々ちゃんは手を後ろに隠して、いたずらっ子の顔をした。
「れいにゃん、今日は何の日だ!」
一瞬、頭の中が真っ白になる。私は、少しだけ考えた。
「何の日って、今日はクリスマス、あっ」
菜々ちゃんは隠した手を前に出す。手には、包装された小さな箱が握られていた。
「れいにゃん、お誕生日おめでとう!」
それは、シックな黒にシルクでできた数本の線が絡みついたようなデザインの、明らかに高そうな
私は言葉を失った。ああ、菜々ちゃんに言われるまで、すっかり忘れてたわ。
でも、久しぶりに思い出したわ。誕生日が嬉しい日だっていうこと。
「開けていい?」
菜々ちゃんが頷いた。
うやうやしく開けると、箱の中には可愛い猫のペンダントが入っていた。菜々ちゃんはペンダントを取り、私の首にかけてくれた。ペンダントは星の光に照らされ、薄く輝いていた。
「ありがとう! うれしい。あれ、菜々ちゃん知ってたんだ! 私の誕生日」
私がお礼を言うと、菜々ちゃんはまだいたずらっ子のような顔をしている。
「それ、誕生日の副賞だよ」
「副賞?」
ペンダントは、ロケットペンダントになっていて、猫のチャームが空けられるようになっていた。
こんなに素敵なプレゼントをもらっておいて、まだ素敵なものを用意してくれているのか。私は心臓が高鳴った。
「誕生日プレゼント、何を渡せばいいのか分からなかったんだ。だから一つだけ、れいにゃんのお願いを何でも叶えてあげる」
チャームを開けると、中には私と菜々ちゃん、そしてゆずの三人で撮った写真がしまわれていた。胸に、温かいものが溢れた。
「何でも、ねえ」
写真を見ていると、何だか今までの楽しかった時間は、全部菜々ちゃんにもらっていたんだって気付かされた。そうだよ、私が欲しいものって最初から決まっていたんじゃんか。私の願いは、ただ一つだ。
私は、菜々ちゃんの目を見た。
「それじゃあ、わがままを聞いてもらってもいい?」
私は、勇気を振り絞ってそう言った。こんな感情、何年ぶりだろうか。
「うん」
菜々ちゃんは、私がこれから言う言葉を待っているような気がした。
「私、菜々ちゃんのことが好き。だから、これからも一緒にいて欲しい」
菜々ちゃんは、優しく笑って頷いた。私はもう一人じゃなかった。
心の片隅に空いた穴は、もうどこにもなかった。
私たちはキスをした。
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