第十三話 決着

 駐屯地の上空。激しい攻防を繰り広げていたギルガーとガルマデル軍指揮官と指揮下の護衛部隊であったが、想像以上のギルガーの奮戦により護衛部隊は甚大な被害を受けていた。


《クッ……まさかここまでしてやられるとは》

《隊長!地上で交戦していた部隊はほぼ壊滅状態です!このままでは……》


 副官らしき男が現状を報告すると、ガルマデル軍指揮官は憎々しげに顔を歪ませる。


《あの新型メイルのこともあります。ここは一度撤退し、情報を持ち帰るべきかと》

《だが……》


 然し指揮官はこの状況にあっても撤退を渋っている。確かに地上部隊がほぼ壊滅しているとはいえ、空戦部隊は未だ健在。しかしそれも急襲の利を失い、更には武宮と桐山のグライツァーという想定外の戦力にかき乱された今、ここから盛り返すのは不可能に近い。


《とぉあっ!》

《ぐああっ!?》


 そしてまた、ギルガーの斬撃によりガルマデル軍のメイルが一領撃破され、更には武宮達の支援により各部隊が勢い付いたこともあって、戦況は確実にエルドシア軍側に傾いていく。

 ギルガーは敵指揮官へと向き直ると、剣の切っ先を向けながら言い放った。


《さあどうする?流れはこちらに向いている。もはや戦う意味はないだろう……もう一度言う、投降しろ》

《隊長、ご決断を!》


 ギルガーの警告と、副官の忠言により、敵指揮官は眉を顰めつつも固く閉じていた口を開いた。


《……全部隊に、撤退の指示を出せ》

《……痛み入ります》


 指揮官の指示を受けて、副官が部隊全体へと撤退の指示を出す。


《賢明な判断だ。こちらも追撃する程余力はないのでな。今回は見逃してやる》

《ぬかせ。あの新型さえなければ、我々の勝利は確実だった》


 敵指揮官の視線が、地上にいる武宮達の機体グライツァーへと向けられる。


《どうだろうな。俺一人に手古摺ったんだ、遅いが早いかだけの違いだろうよ》

《ふん、減らず口を。名を聞いておこう》

《ギルガー・フランケル》


 ギルガーの名乗りを聞いた敵指揮官は、少し驚いたように目を見開いた。


《ギルガー?エルドシアの猛獣が、こんな辺境の指揮を取っているとはな》

《中央の空気が合わなくてな》

《フンッ。いけ好かない奴だ》


 ギルガーと言葉の応酬を繰り返す敵指揮官のもとに、副官のメイルが近づくと、指揮官へと耳打ちした。


《隊長、まもなく全部隊戦闘域より離脱します》

《ご苦労。お前も早く行け》

《何を、なさるつもりです?》


 副官が問いかけるが、敵指揮官は携えたブロードソードを構える。


《今のガルマデルで、何の成果もなくむざむざと逃げ帰ったとあればどうなるか、貴様も分かっているだろう》

《まさか……相手はあの猛獣ですよ!》

《だからこそだ。このままでは隊長である俺は、敗北責任として極刑は免れん。奴の首でも土産にすれば、処刑だけは免れるだろう》

《ですが……!》


 指揮官の言葉に、副官はそれでも引き留めようとするが、手で制されてしまい、それ以上は何も言えなかった。


《国へ帰還するまでに俺が戻らなければ、俺の作戦ミスにより甚大な被害を受けたため撤退したと上に言っておけ。事実だしな。もしもの時は、オレアンダー将軍を頼るといい》

《隊長……》

《さあ行け。生き残った奴らを、何としてでも無事に帰還させろ》

《……御武運を》


 そう言い残し、副官は撤退中の部隊へと合流していき、残った敵指揮官は武器をギルガーへと向け。


《肝は座っているようだな》

《ここまでやられたのは俺の判断ミスだ。責任くらいはとらねば、それこそガルマデル軍人の面汚しというものだ》

《そうか。だが、この首は簡単には落ちんぞ》


 ギルガーも己の武器を一振りして言葉を返す。

 ギラリと、片手用に改造されたツーハンデッドソードの刀身が煌めく。


《万全の状態ならいざしらず、疲労した今の貴様であれば首を狩りとるのは容易かろうよ》

《大した自信だ。貴様、名は何だ?》

《ルード・クトゥル》

《覚えておこう》


 そこまで言って、二人は口を閉ざし、静かに武器を構える。

 暫しの静寂。僅かな身動ぎでメイルの装甲が擦れる音のみが、嫌に大きく聞こえた。

 ギルガーの部下であるエルドシア軍駐屯地の部隊も、この空気に当てられてか、乱入するような無粋な行動を取る者はいない。


《……》

《……》


 敵指揮官―――ルードの頬を、冷たい汗が伝う。ギルガーの僅かな隙を逃すまいと、全身を緊張させる。

 そしてゆっくりと、左腕に備えた盾を前に構える。先手を取られても、一撃なら耐えられると踏んでのことだろう。

 ギルガーも己の剣を肩に担ぐように構える。重量のあるツーハンデッドソードで最も威力が出るのが上段からの振り下ろし。初手の一撃に賭けるつもりというのが見て取れる。

 お互いに相手の隙を伺い、静かな時間だけが流れていく。いつ動くのか、今か、それともまだか。

 その時は突然訪れた。


 バササッ


《―――っ!?》

《―――っ!!》


 静寂を破り、森から飛び出た鳥の羽ばたきに合わせて二人は同時に動いた。

 あっという間に互いの射程圏内に入ると、ギルガーは渾身の力でツーハンデッドソードを振り下ろし、ルードはその軌道上に盾を構えて胴体目掛けブロードソードを突き出す。

 二人の剣撃が交差した直後、勝敗は決した。


《……ぐっ》


 一瞬、ギルガーのメイルがぐらつく。脇腹に当たる部位には、ブロードソードの切っ先が突き刺さっていた。

 それを目にしルードはニヤリとした笑みを浮かべ……。


《俺の……負けだな……猛獣》


 自身の敗北を告げた。


《言った筈だ。この首、簡単ではないと》

《ああ……そのようだな……》


 ルードのメイルは、構えた盾ごと腕を切り落とされ、胴体も肩から大きく切り裂かれていた。


《魔導炉心をやられたか……正しく、猛獣の一撃……だな》


 ルードの一撃も、悪いものではなかった。しかしギルガーのメイルは重量型。その装甲は厚く、ルードのメイルにはそれを貫くほどのパワーは無かった。

 ズ……とギルガーが、剣を引き抜くと、ルードのメイルから力が抜け、浮遊することもできなくなったのか地上へと落ちていき、その斬り口からは光が溢れ出ていた。

 そして、光が一層強くなった瞬間、大きな爆発が起こり、ルードはメイルごと空中で爆散した。


《炉心の魔力が暴走したか……今のガルマデルに何が起こっているか、気になるところではあるが……》


 ふと、ギルガーは周囲にいる部下達と、地上で奮闘していた部隊へと視線を向ける。

 被害は決して少なくはないが、健在な姿を見せる彼らに、安堵の溜息を漏らす。


《今は、無事に終わったことを喜ぶことにしよう》


 そう思い、ギルガーは地上で待つ駐屯地の仲間達の元へと降りていく。

 その姿を、部下達は歓声をもって迎えた。

 被害は決して少なくはない。だが今はただ、この勝利を喜んでいたい。それが全員の思いだった。

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