第十二話 共闘

 桐山が大立ち回りを演じていた頃、武宮は危機的状況に立たされていた。


『クソっ!?離せこの野郎っ!』


 敵メイルにパイルバンカーを突き刺したはいいが、仕留めきれずに機体を掴まれて動きを封じられ、しかも武宮の機体目掛けて他の敵メイルが今まさに突撃してきている。その手には鋭いランスを構えており、喰らえばいくらグライツァーといえどもひとたまりもないことは想像に難くない。


『くっ!?離せっつの!!』


 掴まれたまま、再度パイルバンカーを打ち込む。今度は急所を撃ち抜いたようで、敵メイルから力は抜けたが、突撃してくる敵メイルはもうすぐそこまで接近していた。


『―――っ!?』

《もらったっ!!》


 そして今まさに敵のランスが武宮の機体に突き刺さろうとした。その瞬間!


《させるかっ!!》

《ぐおっ?!》


 上空から降下してきたエルドシア軍のメイルが、突撃してきた敵メイルへと飛び蹴りを喰らわせた。

 そのメイルは武宮の機体近くに着地すると、視線をそのままに呼び掛ける。


《危ないところだったな。これで借りは返したぜ》

『お前……誰だっけ?』


 パイルバンカーを引き抜きながらそう返すと、そのメイルは肩透かしを食らったかのようにずっこけた。


《カイルだっ!!いい加減覚えろ!?》

『お前だったのか。悪い、助かった』

《ふんっ!リリアの借りを返しただけだ。それより、まだ敵はわんさかいるぜ?》


 二人の視線の先には、未だ多くの敵メイルが構えた武器を向けている。


『分かってる。俺が突っ込んで撹乱するから、残ったのを仕留めろ』

《正気かよ?さっきみたいに捕まるのがオチだぜ》

『策はある。行くぞ』

《あっ!?おい!?》


 カイルの静止する声も虚しく、武宮は自身の機体を敵部隊に向けて進ませた。


《バカめっ。性懲りもなくまた突っ込んできたか》

《囲んで叩き潰せっ!》


 それと同時に、敵部隊も動き出し武宮を取り囲むように展開する。

 敵部隊との距離が近づいていく中、武宮は至って冷静にパネルを操作していた。


『多勢無勢とはいえ、性能差があるから大丈夫だと思っていたが、間違いだったな』


 狭いコックピットの中で、目を伏せて一人反省をする。再び視線を敵部隊に向けたとき、その眼には驕りや油断などは一切消し去っていた。


『こっからは加減無しだ。スキルシステム、起動!』


 その言葉を受け、メインディスプレイの表記が切り替わり、連動しているHMDに半透明のポップアップが浮かび上がる。


《もらったっ!》


 接近していた敵メイルが両刃斧を振りかざして接近してくるが、武宮は冷静にシステムの入力を続ける。


蜘蛛の狩り場ハント・スパイダー!!』


 音声認識によりスキルが発動した瞬間、HMDに投影されている情報が一変した。


《死ねえっ!!》


 両刃斧が振り下ろされるが、その刃は空を切る結果となった。


《何―――ぐあっ!?》

『まず一機』


 敵の攻撃を回避し、返す刀でショットガン・フォルテを放った武宮は、振り返ることなく背後から切りかかってきた他の敵メイルの攻撃を最小限の動きで躱すとそのメイルにもフォルテショットガンを撃つ。

 56mmのショットシェルに詰め込まれた無数の対装甲ベアリング弾を叩き込まれた敵メイルは、一瞬で蜂の巣へと姿を変えて地面へと倒れ伏した。


《ひ、怯むな!複数で同時に仕掛けるんだ!》

《たかが一領。仕留められなくては、ガルマデル軍の恥だぞ!》


 あっという間に二領のメイルが倒されたのを見て、今度は三領の敵メイルが武宮へと襲い掛かった。

 三方向からの連続攻撃には、流石に対応できないだろうと考えてのことだったが、目の前の機体は彼らの予想を超えていた。


『フッ』


 武宮は至って冷静にペダルを操作し、それにより流れるような動きで機体は敵メイル達の攻撃を掻い潜った。

 そしてそのまま後方で待機していたメイルに肉薄すると、反撃の隙も与えずにパイルバンカーで貫いた。


《な、何だコイツは!?後ろに目でも付いているのか!?》

《信じられん……奴はバケモノか……!》


 敵部隊は目の前の機体の動きに舌を打つが、それも無理のないことだ。

 武宮の機体グライツァーは、クリスタル・メタルという会社が開発した汎用型グライツァー【ゼファー】。桐山の【流星】とは違い、前衛機として開発されたこの機体は、脚部に強靭なサスペンションを搭載し、更に特殊構造のライディングホイールにより高い運動性能を誇る。

 加えて先程発動させたスキル、『蜘蛛の狩り場ハント・スパイダー』は機体のセンサー及びカメラの視野角と関節部の反応速度を限定的に向上させる。

 それにより、常に周囲の状況の把握と機体重量を感じさせない機動戦闘を可能にし、敵部隊に得たいの知れない印象を与えていた。


《す、すげぇ……俺だって!》


 出遅れたカイルも、武宮の戦いに暫し呆気にとられていたが、負けてなるものかと気合を入れると、自身のメイルを敵に向けて駆け出させた。

 そして手近な敵メイルに狙いを定めると跳躍し、重量を乗せた一撃を叩き込む。


《喰らえっ!》

《ぬおっ!?》


 直撃とはいかず、敵の持つグレイブの柄で防がれるが、流石に勢いまで殺しきれずに体勢を崩す。そこにすかさず蹴りを打ち込んだことで敵メイルは完全に地面へと倒れ込み、続く止めの一撃で頭部を切り落とされた。


《はあ、はあ……よしっ!一領倒しっ―――うおっ!?》


 しかし喜んだのも束の間、強い衝撃がカイルを襲い、それにより姿勢を崩し倒れてしまう。

 なんとか視線を向けた先には、自分に向けてランスを構える別の敵メイルの姿があった。


《こんのっ!?》


 咄嗟に盾で弾き、下から蹴り飛ばすことで距離をとる。

 反撃にたたらを踏む敵メイルだったが、いつの間にか接近していた武宮に後ろからパイルバンカーで胴体を貫かれ、完全に沈黙した。

 武宮はパイルバンカーを抜きながら機体をターンさせると、カイルの側で機体を停止させた。


『大丈夫か?戦場で気抜くんじゃねえよ』

《うるせえ。あれくらい何とかできたっつの。ま、礼は言っとくよ》

『大口叩けるんなら心配ねえな。行けるか?』

《舐めんなよ。俺だってそこそこ場数踏んでんだ》


 カイルは立ち上がると再び武器を構え、武宮もまた、視線を敵部隊へと戻す。


『行くぞ!』

《おうっ!》


 瞬間、武宮はペダルを一気に踏み込み、カイルも自身の魔力をメイルへと流し込む。

 ライディングホイールと魔導推進機の駆動音が鳴り響き、一機と一領は敵部隊へと肉薄していく。

 先手を打ったのは武宮。手近な敵に向けてショットガンを撃ち隙を作ると、それを逃さずカイルが飛び掛かり、蹴りからの斬撃で止めを刺す。


《よしっ!》

『油断すんな』

《分かってらぁっ!》


 パイルバンカーを打ち込みながら、武宮が注意を促す。

 カイルは強気に返すと、接近してきた敵メイルの攻撃を盾を使って防ぐと、お返しにそのままタックルで押し飛ばす。

 衝撃によろめく敵メイルに、武宮が背後からショットガンを撃ち無数の風穴を穿ける。


『次!』


 そして続け様に機体を動かし、流れるように次の敵メイルへと照準を向け、引き金を引く。

 射出された散弾は拡散しつつ敵メイルへと向かうが、盾で防がれたことで胴体への直撃はせず、仕留めることはできなかった。


 《おらっ!》


 だが今度はカイルが、武宮の作った隙を逃さず飛び掛かり、馬乗りになるとすかさず頭部を切り落とす。

 着実に敵の数は減っているが、それでも依然として多勢に無勢である。


『敵の残りは……まだ結構いやがるな。桐山、そっちはどうだ?!』


 このままでは埒が明かないと、武宮はショットガンのマガジンをリロードしながら、桐山へと通信を繋いだ。


『こっちは片付いたが、COMとターレットの冷却中だ。支援ならあと10秒待ってくれ!』

『分かった。マーカーを共有する、準備でき次第やってくれ!』

『OK、巻き込まれんなよ!』


 桐山との通信を切ると、10秒後にタイマーをセットし、HMDに表示されているスキルの残り時間に視線を向ける。


蜘蛛の狩り場ハント・スパイダーの残り時間は5秒。カイル!4秒後に包囲に穴を空ける、離脱する準備をしておけ!』

 《いきなりどうしたんだ!?んなこと言っても、そんな余裕は―――》

『黙って着いてこい!行くぞ、4っ!』


 外部スピーカーでカイルへと呼び掛けると、武宮はカメラとセンサーをフル活用し、包囲の薄い箇所を見つけマーキングする。


『3っ!』


 目の前にいた敵メイルへとショットガンを撃ち、隙を作ると同時にローラーダッシュで機体を目標地点へ向け加速させる。


 《ああ、おい!?待てっつの!》


 それを見たカイルも、鍔迫合っていた敵メイルを前蹴りで蹴り飛ばすと魔導推進機を起動させ、武宮の後を追う。


『2っ!』

 《がっ……!?》


 すれ違いざまにパイルバンカーを突き刺した敵メイルを、駆け抜ける勢いで持ち上げ、そのまま進路上にいる敵へと投げつける。


 《なあっ―――グォあ!?》

 《うわっ!?》

『1っ!』


 バランスを崩した敵にショットガンで追撃し、並んでいたもう一領の敵メイルをショルダータックルで吹き飛ばす。


『0っ!今だっ!』

 《おうっ!》


 合図に従い、追従してきたカイルは空いた包囲の穴へと向けて自身のメイルを飛び込ませる。

 続けて武宮も、ペダルを思いっきり踏み込んで機体を一気に加速させる。強烈なGが武宮を襲うが、そこは鍛えられた軍人、ブラックアウトせず機体を制御して方位から脱出する。


〘TIME OVER〙

『くッ!』


 武宮が包囲を抜けてすぐ、COMがスキルシステムの終了終了を告げ、直後に武宮の機体の動きが鈍る。


『緊急冷却が始まったか……あと5秒、持ってくれよ』


 スキルシステムは、時間制限付きで機体のリミッターを解除する事でグライツァーの性能を底上げするが、当然ながらデメリットも存在する。

 リミッターを解除するという事は、それだけ高い負荷を掛けてしまうという事であり、スキルシステムの終了後は機体やCOM、装備の冷却の為、機体の性能に制限を掛けてしまう。

 今回で言えば、広域化したセンサーとカメラの情報を処理するCOM、そして反応速度を上げた関節部を冷却する為、機体の動きと処理性能に制限が掛けられる。

 それにより、ライディングホイールのモーターが停止し、残った慣性で少しだけ進んでローラーダッシュが完全に停止した。


《奴の動きが鈍ったぞ。好機だ!討ち取れ!》

『チィッ!』


 これ幸いと敵部隊が武宮へと殺到し、それをショットガンで迎撃するが、性能を制限された今の状態では満足に狙いをつけることもできず、徐々に接近される。

 タイマーの残り時間はあと4秒。


《タケミヤっ!?》

『来るな!俺は大丈夫だから、早く離れろ!』


 異常に気付いたカイルが助けに入ろうとするが、武宮はそれを制し、退避するよう促す。

 あと3秒。


《ぐうっ!?》

《焦るな!盾を構えて、確実に詰めるんだ!》

『そうだ。そのままこっちを警戒していろ』


 武宮の抵抗に敵部隊は警戒し、防御を固めて堅実に接近する作戦に切り替えたようだが、進行速度は落ちており、今の武宮にとっては都合がいい。

 2秒。


《無理すんじゃねえ!明らかにさっきより動きが悪いじゃねえか》

『だから心配無ぇっての!いいから下がれ!』

《ならお前もだ!動けねえってんなら、俺が引っ張っていく!》


 武宮の忠告も聞かず、カイルは武宮の機体を掴み、牽引していこうとする。


《しめた。奴らが揉めているうちに、一気に仕留めるぞ!》


 それを好機と見るや、敵部隊が接近速度を早め、武宮達との距離が詰まっていく。

 1秒。


《ヤベっ!?おい、いいから行くぞ!!》

『チィっ!……だから心配無いって言ってんだろ』


 カイルがメイルを操作して武宮を引っ張っていこうとするが、重量差もあり思うようにいかない。多数の敵メイルが接近してくる危機的状況に、カイルの額を嫌な汗が伝う。

 しかし、焦るカイルとは反対に武宮は至って冷静で、チラと視線を有る方向に向けると、ショットガンの銃口を下げる。

 タイマーのカウントが0を刻む。

 その直後、鋼鉄の豪雨が敵部隊を包んだ。


 ヴイイィィィイッ!!


 甲高いモーター音が鳴り響き、同時に敵部隊が蜂の巣に変えられていく。

 そして僅か数秒。武宮達の目の前には只の鉄塊のみが転がっていた。


『な……あ?』

『ふぅ。何とか間に合ったか』


 突然の出来事に呆然とするカイル。武宮は視線を有る方向に向けると、通信を繋ぐ。


『無事か?』

『ああ。助かった』


 視線を向けた先、コックピットのモニターにはこちらに向かってくる桐山の機体グライツァーの姿が映っていた。


『全く、無理すんなよな。お前の機体は俺と違って対多数戦闘には向いてないんだからよ』

『そりゃそうだが、コイツゼファーの機動力ならなんとかなると思ってな。実際ダメージはそんなにないぜ?』


 桐山の心配も何のその。実際武宮の機体にはダメージらしいものはなく、機体の冷却中だということ以外に不調もない。


《な、なあ。さっきのって、そっちのがやったんだよな?一体何をしたんだ?》

『ん?誰だコイツ?』

『さあ?』

《カイルだ!つか、お前はさっきまで覚えてただろうが!!》


 カイルが問い掛けるが、二人のとぼけるような返答につい声を荒げてしまう。

 先程まで危機的状況だったとは思えない空気だが、ある程度落ち着ける状況になった証拠である。


『ああそうだった。んでさっきのだが、説明は後ででいいか?』

《ああ?何でだよ?》

『説明自体は簡単なんだが……』


 桐山の言葉にカイルが訝しんでいると、武宮と桐山は上空に視線を向け、カイルも釣られて視線を向ける。


『もうすぐケリがつくみたいだしな』


 そう言った桐山の視線の先、駐屯地上空では敵の指揮官と思われるメイルとエルドシアの国章をつけた重厚感のあるメイルが対峙していた。

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