第16話
ⅩⅥ
その日は、そこでゆかりと別れた。
家に帰ってからも、次の日も、俺はゆかりの事ばかりを考えた。
どうやら俺は、完全にゆかりを気に入ってしまったらしい。
俺はゆかりの忍術にかかったのだろうか?
そう思うほど、ゆかりに惚れた。
―――それでもいい。
そうも思った。
ただゆかりの事が好きだった。
もう一度会いたかった。
だから、俺は翌日すぐにゆかりに連絡を取ると、ゆかりがいる時間を見計らって、ゆかりの祖母が経営している理髪店を訪ねた。
ゆかりの祖母も、俺を温かく迎えてくれた。
すぐにゆかりの祖母とも仲良くなり、また来ます、と言って店を出た。
また3日後、俺は髪を整えてもらうために店を訪れた。
その3日後には、ゆかりをデートに誘った。
ゆかりは迷わずOKしてくれた。
こうして俺とゆかりの2人の時間は過ぎ。
ひと月の後、俺はゆかりと結婚する事になった。
それはおかしな出会いだった。
うっかり家の中に迷い込むなどという出会いが、他に存在するだろうか。
いつだったか、俺はゆかりに尋ねてみた。
あの時はどう思ったのかと。
当時の俺自身の慌てふためいた様は、思い出すだけで顔から火が出る思いだ。
ゆかりは、俺がその話をあまり快く思っていないことを知っていたので、
「いいじゃない、その話は。」
そう言って、あまりそこには触れなかった。
だから俺も、その話は次第にしなくなった。
ふた月が経って、俺たちの間に子供が出来た。
あまりに短い時間で結婚する家庭は、それが壊れるのも早いと言う。
だが、それは俺たちの間に限っては、間違った通説だった。
幸せになろう。
そう言って結ばれた俺たちは、いつまでも変わらず純粋な気持ちで、幸せな家庭を築いた。
全てゆかりのおかげだった。
ゆかりの純粋さ、包容力に包まれ、守られて、いつまでも変わらぬ愛がそこにはあった。
ゆかりが真実、忍者の末裔だったのかどうかは知る由もない。
ゆかりの祖母の家は、忍者屋敷と俺が呼んだその家は、家主の死とともに取り壊され、今はもう無い。
後で知った話だが、その家の階段の角が丸いのも、折りたたみ式だったのも、落ちてくる人が怪我をしないための造りだったそうだ。
そしてもうひとつ。
俺が落ちたあの場所は、普通の廊下、普通の床板ではなく、柔らかい材質の木材を何重にも重ねた、いわばクッションのようなものだったそうだ。
10メートルの高さから落ちて俺が怪我をしなかったのも、別に運が良かったのではない、あの忍者屋敷が落ちてくる人のために考えて作られたものだったという事だ。
落ちてくる人のために作られた、もしそんな家があったなら。
あなたも一度、落ちてみると良い。
そこにひとつの出会いがあるかも知れないから。
寄り道 武藤勇城 @k-d-k-w-yoro
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