可愛いが世界を滅ぼした日
京都坂 届
全編
誰でも、簡単に、大いなる美貌を手に入れる方法が確立されてしまったのだ。俺は青春を、自分の人生のすべてをかけた研究の末、とうとう見つけてしまった。
「自分でも信じられない。まさか、たったこれだけで、誰でもヒエラルキーの頂点に立つことができるとは」
十年と少しの研究の末、論文としてそれは成立し、完成に至った。その方法はたった一つ。対象に向かって、可愛いという言葉を投げかけるだけで良い。
ただし、言葉を投げかけるタイミングと、言い方には注意を払わなければならない。だが、別段難しいわけでもない。俺のまとめた要点にさえ目を通しておけば、きっと小学生でも容易くこなせるはずだ。
発表の前に、少しだけ、独占して甘い蜜を吸っておこうと思った。これだけの時間と労力を払ったのだから、このくらいのことをしてもバチは当たるまい。
俺は道行く普通の顔の女に話しかけ、喫茶店に誘った。件の通り、論文で証明した通りの手順で、ただ可愛いという言葉だけを放った。すると、その女は少しだが、美女へと変貌した。
やはり俺の研究に狂いはなかったのだ。その女は喜び、もっとやってくれと言ってきた。俺もかなり調子が良かったので、彼女の言うままにした。
それを見たほかの人間も、「私も、私も」と集まってきたので、俺は更に気分が良くなって、絶世の美女を量産した。
この話は海の向こうにまで響き渡り、俺が国家を築くのに容易い富を積み上げた時には、全ての女が、絶世の美女へと変身していた。
「ねえ、私可愛いでしょう?」
誰も否定することはできない。実際にすべての女は様々な言語でそう口にし、実際に皆が世界一、宇宙一可愛いのだから。
だから、男は非常に困ったのだ。全ての男は、かわいいに対する耐性を一切持たない。女の言うわがままもすべて笑顔で許してしまう。俺が論文で書いた唯一の欠点というのが、この方法が広まってしまうと、男が生きていけなくなるという点だった。
このままでは人権運動もクソもないまま、とんでもない大奥が始まってしまう。俺は最後の手段に出た。最高の可愛いに囲まれ、自我を失いかける中、自分の映る鏡に、飛び切り良いシチュエーションの可愛いを、投げかけに投げかけまくった。
すると、俺は絶世の美女へと変貌した。自我を失いかける他の男にも同じようにした。倣って、全ての男がそうした。
そうして、全ての人類は、最も可愛い者となってしまった。このようにして、人類は次のステップへと駆け上がった。誰とも比べない、争わない世界へ。だが、全ての人間が女となってしまった今、人類は数を増やす術を持たなかった。
だから、人類は結託して、宇宙へ進出した。完全に結託した人類は、集合生命体として完璧だった。科学技術は従来の三百倍早く発達としたと言われ、目的であった宇宙人の捜索も、難なく遂行できた。
「あなた、とても可愛いわね」
人類の編み出した方法で、どんなへんてこな生き物でもどんどんと、絶世の美女へと変わっていく。そうして人類は、生殖を行うことなく、ただただ存在する生命体を美女へと代えていった。しまいには、すべての生き物を美女にして、宇宙を統一するに至った。
そうして少しして、美女は死んでしまった。可愛いが世界を滅ぼした。結局、生物として上のステップとしては進んだのかもしれないが、滅びるのは最も早くなってしまうという、本末転倒な結果となってしまった。
俺がもう一つ進めていた、世界の再構築の研究が進んでなければ、二回目の宇宙は無かったので、これはいい保険になった。この一件は俺しか知らないことだから、皆に教訓として伝えておく。可愛いって言ってもらえて可愛くなったからと言って、高望みしすぎるのは良くない。可愛いと本心から述べてくれるその人を大事にして、自分の内面を更に磨き、身を滅ぼすことが無いように努めてほしい。じゃないと、きっと人類はまた滅びてしまうだろうから。
可愛いが世界を滅ぼした日 京都坂 届 @siranzamu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます