第4話 終演

「今日はずいぶん帰りが遅かったじゃないの。今日はハンバーグにしたのに」

「具合が悪いから、今日はご飯いらない」「ちょっと、大丈夫なの?」

「大丈夫だから」

 冴子は母の静止も聞かずに階段を上がって自分の部屋へと閉じこもった。


 部屋に着くなり、冴子はベッドに転がり込むと布団を頭から被って震えた。

いつものように殺してしまった。でも、それは現実と空想がごっちゃになっているあの世界で行うから許される事だった。

 あの世界では身体を乗っ取られていたものを殺しても、乗っ取っている奴だけを殺すことができて、操られている人を救うことができると教えられていたから。現実世界で刺し殺してしまったということは、それは単なる人殺しということだった。

 冴子はその事実を考えれば考えるほど、視界がチカチカしてきて、寒くもないのに震えが止まらなくなっていく。あの真っ赤な血が、脳裏に蘇る。目をつぶっても、その景色は消えることがなく、むしろ瞑れば瞑るほど、より鮮明に浮かんでしまう。

「冴子、ごめんな」

 どこから現れたのか、暗闇の中で震える冴子には分からなかったが部屋にアカネが来たようだった。

「私、殺したの?」

 冴子はわらにもすがる思いでアカネに聞いた。何かの間違えであって欲しい。冴子は布団の中で必死に祈っていた。

「ああ、そうだな」

 アカネが残念そうに言った。布団の中から冴子のすすり泣く声が聞こえてくる。アカネはその声を黙って聞いていた。アカネは布団の中の冴子について考える。泣きじゃくったその顔を、その心の中を想像した。

 たまらなく、愛おしい。

 アカネはそう感じていた。冴子が布団の中からその泣き顔を出して、アカネにすがりつくようなことを言うことがあれば、彼女はその顔を見ることになっただろう。

 そのニヤついた顔を。

 アカネはまだ大事なことを口にしていなかった。彼女がいったい誰を殺してしまったかについてだ。そのことを冴子に伝えた時の反応を考えれば考えるほど、アカネはニヤつき、頬に涙を伝わせる。なんて悲しいのだろう。父親をその手であやめるなんて。なんて悲劇なのだろう。はやく抱きしめてやりたい。その血に塗られた手で、私を抱き返してほしい。私は必ず受け止めるから。

 考えれば考えるほど素晴らしい悲劇だった。しかし、人間は悲劇を喜劇と捉えることもできるらしい。他人の悲劇は所詮他人事で、側から見れば笑い話にさえできる。物語のどこに視点を置くのかが重要なんだ。

 そして、物語を見つめているのは他人ではない。私だ。

「冴子、お前に伝えなきゃいけないことがあるんだ」

 アカネは口を歪ませ、涙を伝わせ、声を震わせて伝える。

 お前は父を殺した。しかし、誰かがやらなければ死人が出ていたかもしれないんだ。お前は正しいことをしたんだと。

 アカネの言葉は冴子の啜り泣く声を一瞬止めることができたが、それが長く続くことはなかった。

 正論はけっして、彼女をなぐさめるものではなかったから。

 

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魔法少女 冴子ちゃん サトウ @satou1600

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