とある釣り人の話
メラニー
とある釣り人の話
とあるところに釣り人がいました。
太公望を決め込んで、四六時中なんにも無い水面に糸を垂れている。
「釣りが好きなのか?」と人は聞く。
「いや。好きなのかもしれないし、好きではないのかもしれない。しかし、そうするしかないから糸を垂れるのだ」と答えた。
何のことやらさっぱりだ。
「そんな魚がいなさそうな場所に糸を投げないで、もっとあっちに行けばいいじゃないか」と指をさす。
釣り人は水面は凪ぎ、生命の気配を感じない寂しい場所で糸を垂れている。
それに比べ、指さす方角の上空には鳥が飛び交い、時折大きな魚影が飛び跳ねていた。
きっと大きなナブラが渦を巻いているのだろう。魚たちが集まっている証拠だ。
そこをめがけて船を出している釣り人も多い。
きっと入れ食いなのだ。
しかし釣り人は首を振る。
「あそこはダメだ」
「どうして」
「あそこの魚は、ほとんどが気が付いていないだけでお腹がいっぱいなのだ。それに時折凶暴化して釣り人を傷つける」
「じゃぁ、餌は?もっと魚が寄ってきそうな最新の餌に変えたらいい」
「最新の餌は足が速い。鮮度がすぐに落ちて悪臭がするし、飽きられる」
「すぐに使えばよいのでは」
「自分で練り込んだこの餌で釣りたいから、ここで糸を垂れている。ホイホイと買ってきたり人をまねた餌で釣り上げても意味が無い」
その時、何の前触れも無く釣り竿が揺れた。
「お、かかったんじゃないないか。がんばれ、勝負所だぞ」
釣り人は無言のまま、はやる気持ちを抑えて、冷静に釣り糸を巻く。
ぐいぐいと釣り竿がしなり引っ張られ、左右に振れた。
その瞬間……
「あー……、バレたな。残念だったな」
バレると言うのは魚が針にかかり切らなくて逃げられたという事だ。
さぞがっかりしているだろうと釣り人を見ると、すこし嬉しそうにタダ食いされ裸になった針を眺めていた。
そしてまた自分で練り上げて作ったという餌を針につけ、糸を垂らす。
「餌ばっかりとられて。そんな事では、いつまでも釣れないぞ」
「餌が美味しかったらまた来てくれる」
「いつになるやら……」
「それでもやるしかない」
「のん気なもんだね」
「のん気では無いさ、お前さんにはわからんよ」
「撒き餌はしないのか」
「しているさ。ただ、撒き餌をしても魚がいるところに届かん」
「苦しくないのか?」
「もちろん苦しい。地獄だ」
「地獄ならやめればいいじゃないか、苦しい事をする必要ない。他に楽しい事なんていっぱいある」
「やるしかないから、どうしようもないのだ。呪いだ」
「そんなもんかね、」
「そんなもんだよ、」
こんな
だから誰も釣り人の涙も孤独も知らない。
そんなありふれた釣り人のお話。
理解されることのない釣り人の話。
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こちらは、私が毎日更新しているエッセイ「茶うさぎから白うさぎへの手紙」2021.11.15の文章のシングルカットです。
とある釣り人の話 メラニー @meraniy
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