いとこい

坂水

#


 夫となる藤崎ふじさき斗守ともりが、従姉妹いとこと付き合っていたと知らされたのは、駅近のバルで開催された女子会でのことだった。


「ほらほら、この子。高校が一緒でさ」


 普段、女子会にはあまり顔を出さない。録り溜めたアニメを消化するか、penciv巡回するか、推しのSSを書き進めるかで忙しいから。最近は式の準備もあり、多忙を極めていた。

 だのに、今日に限って参加したのは、不肖、私、日野ひのみさおの結婚祝いを兼ねていたからだ。

 そんないいよお、(私も含めて)皆忙しいでしょう、式に来てくれるだけ十分、とやんわり拒否すると、もうすぐヒトヅマになるんだから観念して三次元に照準合わせなさい、と中学来の友人であるたもっちゃんに叱られたのだった。

 化粧落として皮膚呼吸したい。スウェットに着替えてウエスト解放したい。録画したアニメを観ながらpenciv巡回して感想呟きたい──黒宮さんの発言は、内心そう思っていた私の目を覚まさせた。

 黒宮さんはスマホを隣に座るえっちゃんに渡した。えっちゃんはとっくり眺めてから右横のスガさんに回し、スガさんがサングリアを溢しておしぼりくださいと叫び、それから鞠さんに渡るけれどスリープした画面を解除するために一度黒宮さんに戻し、続いて手にしたレイが民放の女子アナっぽいと評し、七人の女が囲むテーブルを時計回りほぼ一周してようやく私の前に〝彼女〟は姿を現す。

 茶色いつやつやロングヘアに白いニット。集合写真を拡大してあるのか、ピントが甘いけれど、十分に美人だとわかるそれ。


藤崎ふじさきめぐみ。大学入ってからは別れたみたいだけど」


 黒宮さんは親切にも説明してくれる。

 写真に魅入る私の左横で、たもっちゃんが、ちょっと黒宮さんと尖った声を発した。

 今日は、高校の頃、漫画の回し読みをきっかけに仲良くなったメンツが集まっていた。以来十年、女子会や旅行や観劇で折にふれて会っている。

 私はプライベートではひきこもりがちで、半端なオタク(〝オタク〟とは、もはやある種の尊称で、胸を張って名乗り辛い)で、ぐうたらなのだけれども、この仲間のおかげで多少の社会性を保ててきた。感謝すべき、愛すべき仲間たちだ。

 けれど黒宮さんとはあまり接点がない。昔、皆で観劇の計画を立てた時、えっちゃんと鞠さんから同じ大学の子がどうしても観たいって言ってるんだけど一緒にいい? という打診があり、それが黒宮さんだった。

 他県での舞台で、車で乗り合わせで行く予定だったため、ガソリン代を浮かすには数は多い方が都合良く、皆、歓迎した。けれど、丸一日行動を共にした後、打ち解けるというより「ちょっと違うかな~」というのが本音で、えっちゃんと鞠さんはごめんねとごめんねと両手を合わせて謝り倒していた。


「登下校はいつも一緒で、藤崎君が荷物持ってあげていて、仲が良いっていうか、ベタ惚れって感じだったんだからー」

 

 だからー、と語尾が猫の尾のように上る。

 多分、今日黒宮さんがこの場にいるのは、観劇の時と同じような理由なのだろう。すなわち、割り勘額を下げるため。


「そんなの今日この場でみさおに言うこと!?」


 たもっちゃんはわりと本気で怒っていた。


「だってイトコだと結婚式来るじゃない? そこで初耳、初顔合わせは危険じゃない。式がめちゃくちゃになる前に知らせておこうと思って」


「あなたには関係ないことでしょ!」


 黒宮さんは式に招待していない。出席しない式の心配をしてくれるとは、いいひとだ。

 他の四人は目配せし始めた。たもっちゃんの怒りに乗っかるべきか、店員さんに叱られるよと嗜めるべきか、でも矛先を向けられるのはやだし、ってか、関係ないってブーメランだし、なんで当事者よりも怒るの、黒宮さんもおかしいけどたもっちゃんも大概──

 くるくる、ぐるぐる、あっちこっち、人の気持ちの糸が、むすび、ほどけ、まじわり、からまり、複雑な模様を描く。でも精緻というわけではなく、電話で話してる時に手慰みに描いてしまう落書きと同じ、お気の向くまま。

 オレンジ色の照明に沈む店内を見渡せば、結構な人たちが私たちのテーブルに視線を向けていた。カップルが、合コンが、打ち上げが、好奇心という糸を絡ませてくる。

 白シャツ細腰エプロンの若い男性店員も、ちらちらとこちらを窺っている。剣呑なフインキ──もとい、雰囲気に、注意しようか迷っているのかもしれない。

 ガタイの良い店員が汚れ物が載ったトレイを掲げて通りかかると、細腰店員は彼に話しかけた。どこか縋るような面持ちで、まだホールスタッフとしての経験が浅いのかもしれない。ガタイ氏は苦笑して、空いている方の手で、細腰氏の頭をポンポン叩く。安堵したように微笑む細腰氏──身の内から出た糸がくるくるが渦巻き、先がくるりん、ハートを描く……とは、妄想だけど。


「どうしてそんなにむきになるの。保田さんは藤崎君と知り合いだったっけ?」


 黒宮さんからたもっちゃんに含むような問いが投げられ、現実に引き戻された。

 斗守と知り合ったのは、たもっちゃん(本名保田やすだ)主催の異業種交流会のこと。そこでたもっちゃんが私と斗守を隣同士にしてさらにリボン結びにした。だから、当然、知っているはず。

 たもっちゃんは黙り込む。今日の彼女はシックな紺のワンピースに真珠のピアスでとても綺麗だ。だのに、表情は水が溢れそうなコップそのもの、今にも溢れる、あるいは砕ける、寸前。

 

「斗守のイトコさん紹介してくれないかな、黒宮さん?」


 私は天啓にも似た思いつきを口にした。 


 *


 すべり台、ブランコ、パンダとウサギの木馬(矛盾した感があるが、乗るとびよんびよん揺れるあれだ)、鉄棒、ジャングルジム。

 一月下旬の公園は待ち合わせには寒い。でも、頼んだのはこっちであり、指定されたなら否応なし。それに寒さはこたえたけれど、久しぶりにやってきた純然たる児童公園はなかなか新鮮だった。


「・・・・・・ヒノ、ミサオさん?」


 人気のない公園の入り口から声を掛けられて振り返る。

 ブラウンのハーフアップ、ライトグレイのコートにレザーのブーティ。想像していたより背が高い。男子にしては小柄な斗守と同じぐらい、つまりは私より少し高い。そしてスマホの画像よりずっと美人だった。

 曇天の公園に誰もいないのを良いことに、私はばたばたと駆け寄ってハジメマシテ、ホンジツハオヒガラモヨク、フツツカモノデスガヨロシクオネガイタシマス!と頭を下げる。瞬間、ふわりと良い匂いが鼻先をかすめた。美女は匂いまで美女。大きく吸い込もうとしたその時、大きなくしゃみが出た。はくしょん、はっくしょん、はっくしょーい、と連発してしまう。

 鼻水を啜り、モッズコードの袖で顔を拭うと、美女──藤崎愛は眉根を寄せて訊いてくる。

 

「もしかして、だいぶ、待っていた?」

「早めに着いたので三十分ぐらい。でも、カップリングごっごしていたので一瞬でした」

「カップリン・・・・・・なに?」

「有機物、無機物に限らず、二つ以上の対象を結びつけるイマジネーショントレーニングです」


 ──例えば、この公園ならば推しカプはブランコとジャングルジム。ブランコは漕げども進めず、ジャングルジムは身動きとれず、距離が縮まらない悲恋のふたり、的な──


 とまでは、さすがに初対面の相手に解説しなかったけれど。

 黒宮さんにお願いして二週間。私は斗守のイトコさんと相まみえてテンション天井知らずだった(ちなみに黒宮さんは、お礼として式に招待した。斗守の同僚のメーカー勤務男子の近くの席にねじ込んだのだ)。

 対照的にめぐみさんは冷ややかな口調で、ともかく、勘違いしないでほしいのよね、と言う。私は耳を疑った。

 黒宮にも言ったけど、と彼女は語気を強くし、


「確かに私と斗守は同級生で一緒にいることも多かったけど、付き合っていたわけじゃない」


 そして白い息と共に吠える。


「斗守なんか、私の下僕だったんだから!」


 すごい。二十七年生きて、初めて天然のツンデレと遭遇してしまった。

 感動にうち震える私に気付かず、それだけ訂正しておきたかったのよ、と愛さんはくるり踵を返す。

 慌てて彼女の首にざっくり巻かれた真っ白なストールの端をはしっと掴むと、彼女はぐえっとなって足を止めた。何するのと叫ぶ彼女に被せて、だったら、と私は続ける。


「教えてくれませんか。ふたりがどんなイトコ関係だったのか」


 *

 

 愛さんは本家の長女、斗守は分家の次男。同い年の二人は、小、中、高校と同じ学校だったという。


「単純に家が近かっただけよ」

「でも、高校は遠いじゃないですか」

 

 公立の小中は理解できる。けれど彼らが通っていた高校は県庁所在地であるN市の進学校だった。

 私の言葉に、愛さんは顔を顰めた。初対面であるけど、彼女の表情は遠慮なくお喋りだ。

 最寄り駅まで歩いて十五分、準急で三十五分、地下鉄に乗り換えて十分、駅からまた歩く。その結構な行程を辿る途中の会話だった。


「斗守と一緒じゃなきゃ駄目だったのよ」

「ラブい」

「私がじゃない。一人で電車通学するなんてとんでもないって両親と祖父母に猛反対されたの。でも、斗守と一緒ならって、しぶしぶ許可してもらって」 


 だから登下校はいつも一緒じゃなきゃいけなかった、彼女は不服げに言う。まあ、筋は通っていた。

 さんさん歩くと白い鉄筋コンクリートが見えてくる。 


「別にうちは由緒正しいお家柄ってわけじゃない。そりゃ土地持ちではあるけど。ただ、私はすこぶるかわいくて、親戚中のアイドルで、溺愛されていたから」 

 

 県立中里高校──毛筆体の銘板横の正門は閉ざされていた。今日は日曜で部活動もやっていないのか静かだ。

 校舎は真白く高校というよりも病院のようで、校庭は狭く赤と緑のゴムチップ舗装。私が思い浮かべる学校のイメージとは外れていたけれど、愛さんは懐かしそうに見上げる。

 美人は横顔も美人で、確かにこんな子がナカコーのチェックの制服でひとりで電車に乗っていたら、私でも舐めますように見てしまうだろう。


「斗守のおかげで高校時代、誰も私に告白してこなかった。せっかく都会マチに出たのに、灰色の高校時代だったわよ」


 かつての彼らを繋ぐ糸を想像する──つまりは〝姫君と騎士〟結び。

 〝ふたりがどんなイトコ関係だったのか〟──を探るために、私たちはふたりが通っていた高校までの道筋を辿っていた。愛さんは嫌がったが、あのまま公園で話し続けるのは凍えそうで、まだしも動いていた方がましだったのである。

 ベンチに座って焼き立ての大判焼きにかぶりつく。高校近くのお好み焼き屋さんで買ったもので、ナカコー御用達だそうだ(夏はカップかき氷に変わる)。

 はふはふとふっくら粒あんと格闘している美女は、わずかに表情を柔らかくしていた。変わらないわね、この味とうっすら微笑んで。


「これがお決まりのデートコースですか」

「デートじゃないって言っているでしょう。燃料補給よ」

「登下校以外はどこも行かなかったんですか? 寄り道とか」

 

 美女は唇の端にあんこを付けたまま固まった。それはほくろのように見えて、面白いやら可愛いやら色っぽいやら、もう大渋滞。


「・・・・・・どこに寄り道していたんですか?」


 重ねて尋ねれば、愛さんは露骨に視線を逸らす。なんて素直な人なのか。私はベンチから立ち上がり、彼女の前にはだかった。手を伸ばせば、びくりと肩を揺らす。

 ぎゅっと目を閉じ怯えたふうの彼女の口元に触れ、指先で唇のあんこを拭い取って。


「言わなければ、これ、食べちゃいますよ」


 みるみる顔を赤くして彼女は、やめてと私に飛び掛かってきた。教室で友達にじゃれつくみたいに。笑いながら愛さんの腕を躱しつつ、ふと思う。

 今、この瞬間、他人には、初対面の二人を繋ぐ糸はどんなふうに見えるのだろうと。


 *


 斗守はどっちかというともさい・・・

 どれくらいもさい・・・かといえば、私と同じくらい。だから、ぬるま湯につかる心地にも似て、安心して一緒にいられる。同じ濃度なら、浸透しても変わらない。でも、それは何のドラマもないということだ。

 漫画やアニメや舞台などの創作物──すなわちドラマとは対極。障害やら試練やら運命やらはない。でも、自分を棚上げして伴侶に求めるほど傲慢ではなく、平凡な道を歩み続けて二十七年、二次元と三次元は違うのだと理解している。

 推しは兄にならず、魔法少女にはスカウトされず、転校生が未来人だったこともない(私のクラスには転校生すらやってきたことがない)。

 そんな自分と同族であると思っていたはずの夫が、美人のイトコと付き合っていた。これだけで株爆上がりというもの、私はかなり斗守を見直していた。

 加えて、私とのデートは、もっぱらどちらかの自宅でそれぞれ本を読んだり、ネット配信を観たり、インドアなのに(そも、一緒に過ごすなら同棲して家賃節約、いっそ結婚が手っ取り早い、の流れだった)。

 だからこそ、やってきた水族館に、私は驚きを隠せなかった。


「祖父にねだって年パス買ってもらったのよ。お供斗守の分も。高校から地下鉄乗り換えで二駅、実質十五分ぐらいで行けるから」


 なるほど。N市には、港に面した日本屈指の水族館がある。特にシャチとウミガメが有名で、私も女子会の皆と来たことがあった。ちなみに斗守とはない。

 日曜である今日はさすがに激混みだった。それでも入り口正面にそそり立つイルカプール、右手のシャチプールで、飛ぶように泳ぐ姿は悠大で、のっけから来館者に歓声をあげさせる。


「あ、もうすぐイルカパフォーマンス始まる、シャチのトレーニングも見れるみたいですよ、」

 

 イベントスケジュールを見上げて、行きましょうよ、と白いストールを引っ張ろうとして、その手が空を切った。隣にいると思っていた彼女の背が、数歩先にある。

 その足取りは速かった。何かの糸に巻き取られているように。家族連れ、カップル、学生服の群れに時折ぶつかりながらも突き進む。


「え、ちょっと、待って──」


 つやつやのブラウンヘアーがざぶんと人波に呑まれて、慌てて掻き分けたその先に、美女の背は見えない。


「あれ?」


 私は愛さんを完全に見失ってしまった。

 本日が初対面であり、連絡先まだは交換していない。黒宮さんに繋いでもらう手もあったけれど、ちょっと面倒臭い。あとは迷子の館内放送ぐらい。

 私は時間を確認して、3Fのスタジアムプールへと急いだ。 


 イルカパフォーマンス、シャチの公開トレーニングは大迫力で、一番前の席で大いに水飛沫を浴びた。

 ベルーガプール、ケープペンギン広場、珊瑚礁大水槽、くらげりうむ、深海ギャラリー、オーストラリアの水辺、ウミガメ浜・・・・・・などなど、数年ぶりの水族館は見所満載だった。〝海辺の生き物おさわり体験〟なるコーナーでは、ナマコをふにふに、ウニをつんつんして、うひゃうひゃ笑ってしまった。

 この水族館はともかく広い。まず北館を制覇し、連絡通路を渡って南館へと赴く。上から下の階へと順に巡るけれど、生来の方向音痴も手伝い、何度か同じ模様のウミガメと挨拶を交わした。


 そうして、日本海をテーマとした巨大水槽に行き着く。アクリル壁は水槽というより水の世界とを仕切る境目。幻想と現実。相変わらず混んではいたけれど、薄暗くてシルエットとしか認識できず、人波すら額縁のようだった。

 彼女を見分けられたのは、少し離れて一人静かに薄青の世界と対峙していたからだろう。

 うっすら光のカーテンがたなびく中、巨大なマイワシの群れがひとつの生き物じみて泳いでいた。


「炭酸水の泡が流れていくみたいですね」


 驚かせるつもりはなかったけれど、愛さんははじかれたように振り返った。そして少しばつの悪そうな顔で、遅かったじゃないと睨んでくる。


「久しぶりの水族館だったので、堪能してしまいました」

「あなた、一人で回るの、恥ずかしくないの」


 全然と首を振れば、信じられないと漏らす。待っている間は愛さんもぼっちだったはずだけど、黙っておいた。

 多分、ここが斗守との思い出の場所なのだろう。放課後、人気の少ない水族館、巨大水槽の前。


「斗守と付き合ったキッカケって何?」


 魚影に視線を向けたまま、愛さんは問うてくる。


「たもっちゃん──中学からの友人が開いた異業種交流会で隣りになって、子どもの頃放送されていた〝魔法の妖精スウィーティメイ〟っていうアニメのスピンオフ漫画がWEBで連載されているって話で盛り上がりました」


「そんなことで」


 愛さんは呻く。私にとっては、二次元に理解があるのはかなり重要なのだけれど。


「あと、その友人にこんないい出物には二度と巡り会えないよって激推しされまして」


「・・・・・・お節介なオトモダチね。よっぽど、あなたが心配だったのかしら」


 え、と意味を捉えかねて聞き直そうとした時、彼女は今度は私に向き直り、また別の質問を投げてくる。


「あなた、異性のイトコいる?」

「いますよ、ひとり。二歳違いの」

「仲は良い?」

「昔よく一緒に遊んでいたけど、中学に上がった頃から全然相手にしてくれなくなりました」


 〝ゆうにい〟と呼び慕っていた父方の従兄を思い出す。ここ数年顔を合わせておらず、結婚式で久々の再会となるはずだった。


「そのイトコが思春期入って、あなたを異性として意識し始めたから、逆に素っ気無くなったとは考えられない?」


 きょとん、とした。夢にも思ったことがない。

 暗がりの中でも私の表情を読み取ったらしく、愛さんは苦笑する。


「普通、イトコとなんて、アリエナイわよね」


 呟いた彼女の脇を、ナイフのようにぴかぴか銀色に光る魚たちが一斉に横切った。

 


 同じ大学を受けたけど、落ちたの──

 

 日暮れ前、水族館を出て地下鉄に向かう道すがら、彼女は訥々と語る。


 斗守は理系で、下僕のくせに、いつのまにか私を置いてアメリカ留学までしちゃって──


 私は時折、相鎚を打ったり、くしゃみをしたりするだけで、聞き役に徹する。


 子どもの頃、斗守に〝スウィーティメイ〟を一緒に観るよう命じたのは私なのよ、なのに──


 遅まきながら、今日が彼女なりの供養・・であると理解したので。


 私たちはターミナル駅まで行き、その後の路線が違うため、地下通路で別れることにした。T字路で左右に別れる少し手前で愛さんは気まずげに切り出す。今日は、悪かったわと。

 

「待ち合わせに公園なんか指定するべきじゃなかった。さっきもくしゃみしてたでしょう」

「それはシャチとイルカの水飛沫浴びたせいもあるので自業自得の範疇かと」

 

 愛さんは私の言葉を無視し、


「冷静でいられる自信がなかったの」


 だから、人気のない場所を選んだ。言外にそう言う。


「でも、式を控えた人を寒空の下で待たすべきじゃなかった、ごめんなさい」


 なんらかの反応を返す前に、じゃあ、と愛さんはJR連絡通路へ折れる。咄嗟、その背に、式には来てくれますか、と投げかけた。

 普段は通勤者が忙しく行き交う、薄汚れたクリーム色のタイルが敷き詰められた地下通路は、今は寒々しく二人きり。古ぼけ、ひびの入ったプラスチックカバーから漏れる光は弱々しい。

 愛さんは肩越しに、花嫁が霞んでもいいなら、との一言だけを投げ返してきた。そうしてコツコツ足音を響かせて真っ直ぐに進む。

 特別な照明も、劇的な音楽も、用意された脚本もなく。けれど、どんなアニメや舞台や映画よりも、その後ろ姿はドラマチックに感じられた。


 *

 

 もしかしたら、〝マリッジブルー〟というやつだったのかもしれない。

 本当に結婚してもいいの、この人でいいの、今していいの、というあれだ。だから結婚祝いの女子会もあまり気が進まなかったのかも。罰当たりなことに。

 私にとって斗守は初彼であり、他を知らないからこその不安だったが、皮肉にも愛さんがそれを払拭してくれた。

 彼女との一日デート(?)の後、鬱々、嫌々、遅々としていて進まなかった結婚式や新居の準備も手際よく済ませ、斗守の両親への手紙も代筆したほどだ。

 そしていよいよ迎えたこの佳き日、前撮り、リハーサル、親族顔合わせの後、式は定刻通りに始まった。

 元々、私たち夫婦(婚姻届は先に出した)は、結婚式に思い入れがない。けれども親戚への挨拶回り、互いの知人への紹介、両親への感謝の言い表し、などなどを済まそうとすると、結局は式を挙げるのが一番効率良いと考えたのだ(二次創作の参考になるとも思ったけれど口には出さなかった)。

 専門式場であり、スタッフは男女ともに揃いのパンツとベスト、洗練された一分の隙も無い動きで、何より装着したインカムが格好良い。

 Aラインのウェディングドレスはシンプルでありながら、上半身に精緻な透かし模様が施され華やかだ。私史上、最高に美しく、比例してお金と手間と時間がかかっているのは疑いようがない。一方のタキシード姿の新郎はどちらかと言えば七五三めいていたけれど。

 式場内にあるチャペルのヴァージンロードを進む中、荘厳な音楽にまぎれて、盛大に鼻を啜る音が響く。ヴェールで煙る視界ではよくわからないけれど、多分、絶対、たもっちゃん。

 天窓から射し入る光、雨のように降るシャッター音、フラワーシャワーを一身に浴び、否応なしに昂った。

 そして披露宴会場に移動して、まさしく華燭の宴が始まる。

 スタッフがシャンパングラスに黄金色の液を注いで回る。その間に私は高砂から客席を眺め、その日初めて愛さんを見つけた。髪を編み込み、薄紫のカシュクールドレスを纏い、花嫁が霞んでもいいならとの豪語に相応しい姿だった。取り澄まして、目も合わせようとせず、そのツンっぷりに感服する。

 飲み物が行き渡り、乾杯が宣言される。続いてウエディングケーキ入刀が終わると、チャペルから引き連れてきた緊張感が拭われ、自然と口も表情も動きもほぐれてくる。

 料理が運ばれ、酒が注ぎ足され、カメラやスマホを手にした人がめまぐるしく動き回る。高砂にも次から次へと人がやってきて、私たち新米夫婦は御礼につぐ御礼を返した。

 

 その合間にも、私は招待客の様子を眺めた。ほとんどが和やかに歓談しているようだけど、泣いている人(たもっちゃんだ)、喧嘩している老夫婦、子を追う若夫婦、もう飲み過ぎたのか嘔吐寸前という顔色の人もいる。黒宮さんは、スマホをぶんぶか振っており、楽しそうで何よりだ。

 どの人たちにも、それぞれのドラマがあるのだろう。今まで気付かなかっただけで、二次元と同じく、もしかしたらそれ以上に。キャンドルサービスでテーブルを回り、柔らかな灯に照らされる人々の顔を見て、改めて思う。

 新郎親族席へ行くと、愛さんは結婚おめでとうと言うだけで、でもその一言に万感の想いが込められていることが表情からわかった。


 余興が始まり、宴は最高潮となった。

 斗守の同僚(全員男)が私たちの出会いの再現ドラマを演じ、笑いを誘う。でも、当の斗守はお酌される度に杯を空にしており朦朧としているようだった。そんなにお酒が好きではないはずだけど。後で録画を視聴させなくては。


「よお、ずいぶんきれいになっちまったな」


 私のたったひとりの従兄──〝ゆうにい〟がグラス片手に、高砂まで来る。

 久しぶりの再会に近況を報告し合う。ゆうにいは独身で、今は商社に勤めて、忙しくしているとのことだった。

 再現ドラマはプロポーズからのラブシーンとなり、私の同僚率いるビッグバンドの飛び入りで湧いた、その時。


「こんなことなら、ガキのうちに告白しとくんだった」


 従兄の呟きは、笑いと演奏で聞こえなかった、ことにもできた。


「ねえねえ、写真撮ろうよ」


 刹那、ゆうにいと繋がった視線が切れる。女子会のメンツがやってきて、一気にかしくましくなった。

 あれ、どちら様、従兄? 良かったら一緒に写真どうですか、あとでLINE交換しましょう、送りますよ、たもっちゃんいつまで泣いてんのー。

 座る私を挟むように左右にたもっちゃん、ゆうにいが立つ。と、テーブル下に置いた手に、重なる感触がある。

 私は斗守を好いているし、斗守以上に好きになった人はいない。でもそれはぬるま湯で。

 もしか、私にも劇的なドラマが始まる可能性があるのだとしたら。この感触に、新たな糸を絡めたなら。

 

 次の瞬間、誘惑の糸は裁ち切られた。

 

 唐突に会場の観音扉が百八十度開き、黒いドレスに振り乱された金髪の女が飛び込んでくる。眺めていた招待客の中にはまずいなかったと思うけど。

 

「TOMORI!」

 

 女は夫の名を叫んだ。

 ・・・・・・余興? 尋ねようと隣を見やると、半覚醒だったはずの夫が立ち上がる。そして黒いドレスの女へとふらつきながらも駆け寄った。女は転びかけた夫を寸前抱き止め、二人は手に手を取って、扉の向こうへと走り出す。

 反射的に愛さんを見れば、彼女もまたぽかんとして、二人が押し開けてまだ揺れが残る扉を見つめていた。

 拍手とざわめきが起こるが、『Sing, Sing, Sing 』の生演奏に掻き消される。

 余興なのか、事件なのか、計画なのか、何ひとつわからないけれど断言できることが一つ。取り残された高砂で思う。人生は、ドラマチック。

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いとこい 坂水 @sakamizu

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