魔法使い

此糸桜樺

魔法使い

「私、魔法使いになる!」

 花菜かなは突然、キラキラとした目で興奮気味に叫んだ。

「そう、ガンバッテ」

 梨央りおはテレビを見ながら冷めた声で言った。

「今、心からの激励じゃなかったでしょ」

「そんなことないよ。くだらないなあ‪、なんて一切思ってないし」

「嘘だー!気持ちこもってなかったもん」

 花菜は不満そうに頬を膨らませた。

「……もう、当たり前でしょ。『魔法使い!?いいね、それ!』なんて誰が言うのよ」

「やっぱり!あれ……?今、私、梨央の考えていることが分かった……」

「ん?花菜、嫌な予感がするんだけど」

 梨央はゆっくりと花菜の方へ顔を向けた。

 花菜は、何か真剣に考え込んでいる。しばらくすると、パアッと顔を輝かせた。

「私って魔法使いかも!」

「やっぱりそういう考えになるか」

 梨央は、がくっとため息をついた。

「え、分かってたの?」

「そりゃあ、花菜が考えることっていったらその程度でしょ」

「もしかして、梨央も魔法使い?」

 花菜が嬉しそうに梨央の手を取ろうとする。

「馬鹿なの?」

「馬鹿と天才は紙一重!!」

「あんたが言うな」

「この才能を生かさなきゃ!」

「魔法じゃなくて?」

「地球は駄目だね」

「なんで?」

「頭の固い人が多い」

「頭のおかしい人も多い」

 すると、花菜は意気揚々と叫んだ。

「土星だ!」

「ガスの中に突っ込むのか」

「あ、駄目だ。―130度のアンモニア結晶でできた雲に突入することになるんだった」

「おお、そうなんだ……。よく知ってるね……」

 急に現実的だな……と梨央が困惑していると、再び花菜は意気揚々と叫んだ。

「太陽だ!」

「炎の中に突っ込むのか」

「あ、駄目だ。太陽は、核融合反応でエネルギーを作り出しているから表面温度6000度くらいあるんだった」

「おお、そうなんだ……。よく知ってるね……」

 再び梨央が困惑しながら言うと、またもや花菜は弾んだ声で叫んだ。

「月だ!」

「月にウサギはいないよ」

「え、まだそんなこと信じてるの?」

「花菜が言いそうだったから先に忠告しておいただけ」

「かぐや姫でしょ!」

「そっちかい!そして、急にメルヘンの世界に戻った」

 梨央は呆れながら腕を組む。

「よし決めた!」

「ようやく諦めた?」

「銀河系から出よう!もっと広い世界へ行くの!」

「どうやって出んのよ」

「銀河鉄道に乗るんでしょ!銀河鉄道の夜、読んだことないの?」

「読んだことはあるけど、そういう話じゃなくない?まあ、ご勝手にどうぞ」

「梨央も行くのよ!」

「断る」

 梨央に一緒に行くことを拒否され、花菜は不服そうに言った。

「なんでよ?」

「馬鹿と一緒にされたくない」

「馬鹿は伝播していく」

「最悪だね」

 すると、花菜は急にハッとした表情になった。

「あっ!」

「なに?」

「宇宙服!」

「もはやそれは、魔法使いじゃなくて、宇宙飛行士の考え方だな」

「莉央、持ってる?」

「何言ってんのよ」

「仕方がない。父上から借りよう」

「持ってんのかい!」

 花菜は仕方がなさそうにため息をついた。お父さんの宇宙服臭いんだよな、と小声でぼやく。すると、花菜はまたハッとした表情になった。

「あっ!」

「なに?」

「ロケット!」

「銀河鉄道はどうなったのよ」

「莉央、持ってる?」

「持ってる」

「え、持ってるの!?」

「持ってるよ」

「マジで!?」

「マジで」

「行けんじゃん!!」

「行けるね」

 梨央が平然と答えると、花菜は頬をピンク色にして喜びを爆発させた。

「やったあぁぁぁ!!」

 すると、花菜が突然、押し黙った。悲しそうにうつむき、眉をへの字に曲げ、明らかに困った顔をしている。

「どうしたの?」

 梨央が不思議そうに尋ねると、花菜が申し訳なさそうにおずおずと言った。

「……梨央。ごめんね。今の技術では、他の銀河へは遠すぎて辿り着けないの」

「うん、知ってた」

「だから……とても言いづらいんだけど……諦めて!」

「いや、分かってたから。ていうか、もともと行く気ないから」

「本当に申し訳ない!!」

「あのねえ……」

「だから、私、一人で行ってくる!!」

「は?」

「じゃあね!!」

「は?」

 スッ――――――――――――

「消えた!?」



 どうやら、花菜は本当に魔法使いだったようだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔法使い 此糸桜樺 @Kabazakura

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ