第3話 いい家の日

「ほう。オレンジソースとな」

 相変わらず、怪訝な顔を浮かべるノノ。

 酸味と甘味が強いオレンジをソースにするというのはこっちにはない発想だったのかもしれない。

 だが、あえて俺はこれを提供した。

 オレンジにもうまみがある。

 肉を切り、ソースに絡めて口に運ぶノノ。

 その瞬間、口いっぱいに広がった甘みが、酸味で流されていく。残った塩気が肉の甘みを引き立てのどごし良く、食べ終える。

「ふう。ずいぶんと食べてしまったのう」

「なん、だと……! あれだけ量があったというのに……!」

 アックは驚きおののく。

「まだですよ。デザートが残っています」

 俺はキッチンに戻り、一緒に焼いていたものを取り出す。

「まだあるのか……。こんなに時間をかけたというのに」

 アックが言葉を失う。

「時間をかければいいものができるとは限らない。うまく作るのにも効率良く行わないとな」

 俺はアックにそう言い、デザートをノノに差し出す。

「こ、これは……!」

 スプーンを手にし、驚きを隠せないノノ。

「何という料理だ?」

「プリンと言います。その中でも焼きプリン。おいしいですよ」

 ぷるるんとしたプリンを掬うノノ。

 そして口に運ぶ。

 本当は生クリームを混ぜる方がなめらかになるのだが、そんな時間はなかった。故に生卵の新鮮さを活かした甘味の強いプリンになったのだ。

「う、うまい。口の中でほどけるような甘さ。これは売れる!」

 ノノは血走った目でこちらを睨む。

「い、いかがなさいました?」

 恐怖でおびえる俺。

「わたしと一緒に料理店を開かない!? もちろん売り場はこの屋敷で行うわ!」

「え。いいんですか?」

「もちろんよ! それでがっぽがっぽと稼いで……! にひひひ!」

 他には見せられないような顔を浮かべている。

「いや、しかし。勝負は?」

「もちろんガイの勝ちよ! アックには補助に回ってもらいたいわ!」

 満面の笑みに目をキラキラと輝かせるノノ。

 アックがうろたえる。

「し、しかし。おれにも料理人としての誇りが!」

「分かっていないようね。あなたも食べてみなさい。あなたの数倍おいしいわ!」

 興奮した様子のノノが、饒舌に声を荒げる。

「分かりました……」

 アックは渋々、俺の作った料理に口をつける。

「!! これは……!?」

 うまさで昇天しかけるアック。

「はっ!? お、おれは……!」

 魂がぱぁぁあと抜けていきそうになったのを、持ち直し、目を瞬くアック。

「アック、あなたはガイのもとで料理の勉強をするのです」

「……はい。分かりました」

 アックが渋面を浮かべ、首肯する。

「そして二人でお客をもてなすのだ。そうすればわたしの懐も温かくなるというもの」

 ノノはにしししと笑い、思案する。

「ふむ。この広間を改築してお客が食事できるようにするか。椅子と丸机を並べて」

「え。いいですか!?」

 他の人々にも料理が振る舞える。

 料理人としての血が騒ぐというもの。

 やはりいろんな人に食べてもらいたいと思うし、この地域の活性にもつながるはずだ。

「ガイ、頼むわね」

「はい。任せてください」

「アックも」

 にこりと笑うノノ。

「はっ。は!」

 戸惑いを覚えつつ従うアック。

「でも、さっきみたいな妨害は困るな~」

 俺はわざとらしくノノの前で打ち明ける。

「うっ。そ、それはしない。こんな貴重な人材を、おれは……」

 若干のショックと憧憬がその瞳には映っていた。

「なんだ。アック、見損なったぞ」

「す、すいません」

 深々と頭を下げるアック。

 そしてこちらに向き直る。

「おれにもうまい料理作れるようになりたいです!」

 アックはこちらに顔を向けて頭を深々と下げる。

「これからはよろしくお願いします!」

「いい。俺の助手になってくれ」

「はい! もちろんです!」

 アックは何度も頭を下げる。

 こちらの気持ちが萎えるのでやめてほしいな。

「じゃあ、明日の朝のメニューから考えようか?」

「分かりました」

 俺はアックの話を聞き、こちらの文化を知る。もともと開拓民であった彼らは力仕事、特に採掘がメインで働いていた。その中、高カロリー・高タンパクな食事を好むようになった。その中で味付けが濃くなっていたそうだ。

 だが、俺はあえてヘルシーな食べ物を提供する。

 今ではその味付けの名残だけが残り、今は労働と言えばブドウなどの食物、それからブドウ酒が有名なのだ。

 ブドウ酒があるということはそれなりに食物が安定してきた証拠。そうでなければ、今でも採掘を主軸にしていただろう。

 この山の段々畑も見られなかった。


 次の日から新築開店のために準備が始まった。

 まずは家の改築、と言っても長机を取り払い、丸机と椅子を並べていく。部屋には新たに扉がもうけられて、そちらからお客さんを出入りするようにする。洗濯物がよく乾く南向きだ。

 隣はキッチンになっており、できたてをすぐに振る舞える。

 改築が終わると今度は料理に必要な調理器具の買い出しと、食材の買い出しを行った。これは俺が主導になって行った。なにせ大さじもないのだから。

 おおよそ15mlをはかれるさじを見つけ大喜びする。

 他にも必要なものを買いそろえていくと、結構な荷物になった。ただそこは執事であるセバスチャンが手伝ってくれた。

 食材も多種多様なものを買い足していく。

 レタスに、タマネギ、キュウリ、ムール貝、小麦粉、チーズ、卵、パンくずなどなど。

 屋敷に戻ると、さっそくお客さんが来ていた。

「ここで美味しい料理が頂けると聴いたわ。さすがカーターさま」

「ええ。俺が振る舞いますよ」

「あら。楽しみだわ!」

 マダムに話しかけられ動揺してしまったが、俺はコミュ障ではない。単に人と話すのが苦手なだけだ。

 深くは考えていけない。

 ……失礼なことは言っていないだろうか? 俺の顔はどうだった? キモいと思われていないといいけど。

 そんな悩みを消し飛ばしてくれるのが料理だ。

 それだけに集中できる。

 マダムにも謝罪・感謝の気持ちを伝えるには料理しかない。

 俺は料理以外の何もできない。

 トントンと魚をおろしていく。魚の切り身を小麦粉につけて食用油で揚げる。

 つぎにレタスやキュウリ、タマネギなどで生サラダを作る。タマネギの辛味は水につけることでなくなる。

 小麦粉と水、塩を混ぜ、こねくり回し、生地にしていく。麺として切り分けると、その隣のかまどでニンニクをベースにオリーブオイルで炒めていく。ムール貝を投入し、先ほどの麺――パスタと混ぜる。味付けは塩こしょうのみ。

「それから……。これはどうだ?」

 爆弾の実。

 それはこちらの世界ではよく食されているとアックから聞いた。

 まん丸で大きさはメロンくらい。匂いはウリ科に似ている。

「しかし調理法が分からないな」

「なら、おれが調理します」

 アックがそう言い、爆弾の実を大胆に半分に切る。

 中からあふれ出てくる汁気。

 なるほど。あれを食べるのだな。

 アックは見事な手さばきで料理を完成させる。

 と言っても、カットして少し焼いただけだが。

 先ほどのマダムにムール貝のペペロンチーノ、生サラダ(マヨネーズつき)、魚の唐揚げ、そして爆弾の実。最後にプリンを提供する。

「あら。おいしいわ!」

 マダムに気に入って頂けたようでなにより。

 この家に来てからいいことばかりだ。前の世界ではパワハラがひどかった。

 精神論でなんとかなるって、本気で信じていたからな。

 この家に来て良かった。

 とてもいい家だ。

 ベッドは柔らかくふかふか。

 トイレも綺麗に片付いており、清潔感で溢れている。

 お風呂も大浴場になっており、露天風呂まである。

 キッチンはかまどが三つ。水道が二つ。まな板を置くスペースも広く、食材を横に置くのにも苦にならない。

 それに客室を利用した料理店。最高のおもてなしができる家。

 この家はいい家だ。

 俺はここから離れることはないだろう。

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異世界のメシはマズかったので、俺がおいしく調理してやるんだもん! 夕日ゆうや @PT03wing

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