最終話 青い空、白い雲
いつの間に屋上に来ていたのか。学校の屋上は広く、やっぱりこの場所でしか終わりを迎えられないんだと思う。
「やってごらんよ」
「…………」
「どうしたんだい?」
抵抗がある。ここまでやってこれたのは私がいたからであって、私自身が何かをした結果では無い。
「ふぅ……」
息を吐く。呼吸を整える。決めた。
「私は、あなたを殺さない」
「何でだい? 君は」
「私は! 私は…ただの高校生で、変わったところはあると思うけど、私は…普通に生きたいの」
決別する。今ここで。彼とはもう、会わない。過去に縛られるだけじゃ、何も出来ないんだ――
「この学校で、この場所で、私は変われた。それは、復讐の場所であっても。あなたが用意してくれたこの学校が、私の心を救ってくれた」
思いを語っていく。二人、彼と私。どちらにも伝わるように。
「僕は…」
「生徒会長になったのも! 私を蹴落としたかったのも! 全部全部、自分の為なんだよね? 分かるよ、私は」
一番になりたいという思い。それが彼の、矢野修弥の原動力だったんだ。
「あなたが罪を犯したことは私も知ってる。私も、大切な友達を二人殺した。香耶さんがどう思って、何をしようとしているのか。私も知りたい。だから出て来てよ、近くに居るんだよね?」
数秒後、ドアの近くから香耶さんが現れる。私を見る眼差しは冷たいが、そこに復讐の意思は感じられなかった。
「香耶さん…」
「舞さん、私、あなたのことが嫌いです。 ……でも、私、それでも……」
出来ないんだ。香耶さんも同じで、殺すなんて事。
「もう、戦う意思は無いよ」
ここに来る前に渡されていたナイフを床に落とす。
「君は甘いね。でも僕は……本当は、こういうのに憧れていたんだ」
自嘲気味に言う彼の背中は、どこか悲壮感を覚える。
「僕はね、いつも頂点にいなければいけなかった。それが家の望みであるから。でも君が現れてくれた事で、僕の人生は変わったんだ。無理しなくてもいいと思った」
そう言うと、肩の力が抜けたように座り込む。
「もう、苦労しないで済む……手は汚したけど、自分の心は汚せなかったよ……」
悩んでいたんだ。彼もまた。自分が完璧であるから。でも、もういい。
「ゲームじゃ仲間になるよね。こういう時」
「仲間……?」
許す。今までの私とは違う。自分を信じるのは、まだ勇気がいるけど。
「いいさ。君がその選択をしたんだ。僕も、君の手を握らせてくれるかい?」
どうして、こんな事になってしまったんだろう。
私は私を信じて、彼を許したのに。
でも―――――
皆から見た私は違っていて、化け物のように見えたのだろうか。
許したはずの男は、血だまりの中に沈んでいる。
まだ息はある。どうせ死ぬけれど。
信じられない、そんな様子で私の事を見ていた。
「はあ……」
深く、ため息をつく。
「私、壊れちゃったのかな? いや、元々だった」
「もう、どうでもよくなっちゃった。壊れればいいのにって、思ったから」
そして、私は―――――
「何の刺激も無い、こんな日常なんて」
そう言って、持っているナイフを、自分に突き立てた。
あれから、どれだけ過ぎただろう。
いや、そんなでもない。私は今病院に居る。一人寂しく本を読んでいる。
コンコンと、荒く、優しいノックの音が聞こえた。
「は――」
返事を待つまでもなく、勝手に部屋に入って来た。
「四宮さん、今そこでスイーツ食べ放題やってるよ!」
「そこって?」
「そこ!」
指差す場所には、たくさんの人。
「行ってきたら? 私、行かれないから」
「はーい!」
まるで嵐の様。この人が、私の言ってた……。
変わった私と、変わらない日常。
私は―――
こんな日々が
退屈でも
愛おしいと
感じる。
そう偽った
変わる彼女と日常と 誘惑のカラメル @asert
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