特効薬
速水ケン
特効薬
A国の大手製薬会社であるH社が、新薬を発売した。
頭痛の特効薬として華々しく世に出たその薬は、『頭痛を治す』薬では無く『頭痛を快楽へと変える』薬だった。
頭が痛むときにその薬を飲むと、たちまち柔らかな快楽に包まれる。どんな人間でも笑顔になり、効果が切れるまでは非常に温厚な気分にさせた。
この薬は大変な話題となり、誰もが試してみたがった。そして一度その快楽を味わった人間は、再び薬を飲むのを心待ちにするようになった。
こうして、H社の頭痛薬はA国中に広まった。あくまで『頭痛薬』であるため、症状を抱えていない状態で飲んでも効果は得られない。そして人々は薬を飲むために、今か今かと頭痛を待ち望むようになった。
やがて頭痛を得るために、多くのA国民は目を酷使するようになった。もっとも手軽な頭痛の原因として、眼精疲労が話題となったためである。暗い中でのスマートフォンやPC操作、長時間の動画視聴等、A国民は熱心に眼精疲労を目指した。
これを見逃さなかったのがエンターテインメント業界である。なにせ、A国民の動画やゲームの視聴時間が格段に増大したのだ。業界各社は巨額の投資を行い、より自社コンテンツを強化した。その他の業界もこの一大ブームを逃さぬよう、各社工夫を行った。
次に利益を得たのが、眼科医や眼鏡、コンタクトレンズを扱う企業である。眼精疲労からの頭痛はH社薬で対応するが、同時に視力の低下は避けられない。皆こぞって眼鏡やコンタクトを着用するようになった。特に爆発的な利益を得たのが、M社である。M社が新しく発売したコンタクトレンズは長時間着用しても不快感は無く、眼精疲労のみを効率的に蓄積することができると大きく話題になった。製品は急激に改良が進められ、長時間着用し続けることが可能となった。
この薬を服用すると温和になることから、時には暴力的な囚人等への投与も行われた。至近距離で長時間動画コンテンツを視聴させたりゲームをプレイさせた後、H社薬を服用させる。これにより、粗暴な対象者も非常に扱いやすくなった。この取り組みに世間からは人権侵害を訴える声も出たが、そう主張する彼らもH社薬による快楽を知っている。動画コンテンツ等は本人の好みに合わせたものが与えられる上に、一連の行動による苦しみは一切無い。むしろ快楽を得るために自ら投与を望む人間も多く、反対の主張は次第に聞こえなくなった。
そして、A国は発展した。エンターテインメントが栄え、あらゆる暴動が激減した。みな思い思いのコンテンツを楽しみ、H社薬で快楽に包まれる。日々の生活への満足度は飛躍的に上昇した。A国民の平均的な視力は大幅に下がったものの、M社のコンタクトレンズがあれば日常生活に不便は無かった。もはや裸眼で過ごしているA国民は、乳幼児期のわずかな人々だけと思われた。
そんなある日、A国に宇宙船がやってきた。A国の中心部にほど近い場所に着陸した円盤から、宇宙人と見られる複数の姿が現れた。
B星人を名乗る彼らは、A国の支配にやってきた、と表明した。当然A国側はこれを拒絶し、徹底抗戦の姿勢を示した。しかしその返答はB星の予想通りだったらしく、彼らは顔色を一切変えずに、ではこの国で最も重要なものを破壊する、と申し送ってきた。
A国民はこれに動揺した。A国で最も重要なものと言えば、H社に決まっている。もしH社やその工場が破壊されればあの薬の流通が止まり、手に入らなくなってしまう。もはや日常生活に無くてはならないものとなっていたH社薬を取り上げられることは、A国民にとって強い恐怖だった。
そして、A国民は一丸となってH社の防御に取り組んだ。あらゆる武力をH社近辺に集結させ、鉄壁の守りを築き上げた。B星人が陸から攻めてこようが空から攻撃してこようが、もはやH社に手を出すのは不可能だった。A国民は安堵し、政府は自信を持って再度B星人の要求を拒絶した。
B星人はM社工場を破壊し、A国は全面降伏した。
特効薬 速水ケン @hayami248
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