第5話 新天地への到着

〈スピードウェル開拓団の皆様にお知らせします。本船は間もなく歪曲空間泡ディストーション・バブルを解除、通常空間へと復帰いたします――〉

 

 若い女性を模した合成音声が船内に響き渡る。展望室に集まった非番の団員たちの間に、押し殺したような緊張が高まり満ちた。

 体感で約半年。四三〇〇時間ほどに及ぶ長い長い宇宙の旅が、ようやく終わりを告げようとしているのだ。

 

 原地球オリジン・アースから彼らの母星「アザー・エデン」まで世代宇宙船ジェネレーション・シップで這い進んだ、祖先の苦労に比べればどうということはない――この半年、団員たちの間で繰り返し言い交わされた祈りにも似た言葉が、改めて彼らの胸に沸き起こった。

 

 ナガン・スタンウェイ社がその命運をかけて送り出した植民船、ロアノーク号が採用する「歪曲空間泡ディストーション・バブル航法ナビゲーション」は、ブラックホール由来の歪曲空間を船の周囲に展開することで、乗組員の肉体の上に経過する時間を極限まで切り詰め、世代交代も冷凍睡眠も必要とせずに深宇宙への進出を可能にした。

 

 だが、それは超光速宇宙航法への手掛かりを求めて時間と空間の構造を探り続けた人類が、その過程でどうにか掴んだ極々不完全な手がかりでしかない。バブルなしのロアノーク号は、所詮どうあがいても光速にはあと一歩追いつけない、亜光速宇宙船なのだ。

 

 ロアノーク号の出発以来、船外の通常空間で経過した時間は三百年。

 社会、親族、仕事、友人――彼らが後に置いて来た一切のものは既にこの世から朽ち果てて消え失せ、もはや追憶の中にしかなかった。

 

 

 ――通常空間復帰まで、あと十秒――八……七……六……


 ――三……二……一……空間泡バブル、解除。

 

 船全体が、途方もなく巨大な鐘を撞いたように腹に響く唸りを上げ、減速に伴う逆Gが中和装置を作動させてなお、団員たちの胃袋を無気味に締め上げた。

 だが、彼らの目は次の瞬間には、スクリーンに現れたものに釘付けになった。

 

 画面いっぱいを埋め尽くすような、光り輝く円盤。辺縁にあわく輝く大気の層をまとい、その表面の半分以上を青い海に覆われた、貴重この上もない宇宙の宝石――地球型惑星アースライク・ワールドがそこにあった。


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惑星開拓ロボ(仮題)設定検討編 冴吹稔 @seabuki

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