俺は俺の推し娘を生かす!

菜花

ラノベ「気高い聖女に捧げる詩」

 ある日、仲の悪い妹から「おにい、これ読んでみてよ。面白いからさ!」 と言われた。

 手渡されたのはライトノベル『気高い聖女に捧げる詩(うた)』 という本だった。

 妹の未央とは考え方が致命的に合わなくてなるべく関わらないようにしている。それは向こうも同じはずなのだが、こうしてお勧めしてくるからにはそれなりに良い内容なのだろうか。作者名を見ると、皮肉が利いた話が上手いとニッチな人気がある作者で、俺は「ハッピーエンドしか認めない未央がこの作者の話を読むとは」 と興味を覚えてページをめくった。果たしてその内容は……。


 ざっくり説明するとこういう話だった。




 剣と魔法の世界ハルルード王国。そこでは十年に一度、優秀な魔法士に国の今後を予言させるという風習があった。そしてその年、驚くべきことが予言される。

「近い未来、民間から一人の聖女が現れる。その聖女がこの国を守るだろう。年は十五、手の甲に花模様の痣のある少女」

 そして予言通りに花模様の痣のある少女が見つかった。――二名も。

 一人は農民の娘、メル。こげ茶の髪に黒い目をしたどこにでもいそうな娘、と地の文には書いてある。

 もう一人は村の村長の娘、エリデ。このラノベの主人公にしてヒロイン。ストロベリーブロンドの髪に青く輝く目をしている。


 正直この時点でやけに差異を感じてもやもやした気分になるのだが……。


 エリデは自分が聖女だなんてと最初は否定するのだが、国の危機が迫っているから呼ばれたのだと聞いて祖国を思う気持ちから王宮に留まる決意をする。

 しかしそこにはもう一人の聖女候補のメルがいた。

 華やかな場所にあわあわする自分と違い、その落ち着いた様子に貫禄を感じてメルに比べると自分は聖女らしくないと引け目を感じる。

 だがそこは少女向けのラノベ。第一王子やら騎士団長の息子やら宰相の息子やら王妃までもが「自分は女神のように美しいエリデこそ聖女のように思う」 と口々に誉めそやしエリデは自信を取り戻す。 


 やがて物語中盤、隣国が戦争を仕掛けてきた。前々から領土争いで揉めていたのだ。ハルルード国がこの数年不作続きだと知って兵士の覇気もあるまいと踏んでの侵攻だった。

 それを知ったエリデは居てもたってもいられず自ら甲冑をまとい馬に乗り剣を携えて前線に向かった。

「我に続け! 神のご加護は我らに!」

 とエリデは剣を振り下ろした。


 結果、ハルルード国の圧勝。


 もはや聖女がどちらかなど疑いようもなかった。

 同じころにメルはどうしていたのかというと、震える女子供達を教会に集めてひたすら祈っていたらしい。15ならそんなものだろうと思うが……。


 二人の行動を知った貴族も民衆も同じことを思った。

「身体を張って戦ってくださったエリデ様こそ聖女。奥で震えているだけだったメル殿には失望した」


 エリデはその功績を称えられて第一王子と結婚することになり、メルは偽者だったということで実家に帰されることになった。数か月ぶりに両親に会えると喜ぶメル。

 その後ろ姿をつけ狙う影があった。王家の雇った暗殺者だ。

「一度でも聖女候補であった事実がある以上、野心ある者に抱きこまれたり利用されたりすると面倒」 ということで処分を決めたらしい。


 銀の刃が一直線にメルに向かう描写のあと、エリデの幸せな結婚式の描写が続く。

 そして最後に、この一連の聖女騒動は五十年後の名も無い平民が祖父母達から伝え聞いて書き記したのだと言って物語は終わった。




「ねえおにい、どうだった? 面白いでしょ? 主人公のエリデもめちゃくちゃかっこいいよね! 私エリデみたいな意思の強い子大好き!」


 妹の未央がそう言って同意を求めてくる。だが俺の感想は未央とは真逆だ。


「エリデってまさかジャンヌダルクがモデルか? 本人は利用されるだけ利用されて最後は味方に裏切られて無残に死んだっていうのにこの話はご都合主義だな……。あとこのメルって子は何で登場したんだ? 登場する意味あったのか? あからさまにヒロインより可愛くなくて人望もなくて能力も無いって書かれてるし、最後は特別悪いことしてないのに死ぬし、作者の底意地の悪さを感じるぞ。エリデが容姿人望戦闘能力パーフェクト人間として書かれているぶん、余計にそんな引き立て役がいることでエリデが感情移入出来ないキャラになっているような気が……」


 未央は近くにあったクッションを兄に投げつけた。


「信じられない! 普通人の好きな本をファンの前でそんなメタクソにけなす!? 人の心がないんじゃないの!?」

「……それは、悪かったよ。まあパーフェクトウーマンだよな、エリデは」

「そうよそうよ。大体おにいってまさかメルが好きなの? 趣味わるっ。メルの存在は無能な女の子と有能な女の子の対比のためでしょ。凡人が一時でも王族と関われてよかったじゃない。良い夢見れたはずよ。エレナは危険も顧みず戦った。称賛されて当然。メルは国の危機に自分の無事しか考えられなかった。死んで当然。これは無能ざまぁのスッキリする話でしょ」


 その後、兄妹は喧嘩になった。両親に叱られて一旦休戦したものの、兄のほうは寝る時も苛立ちが収まらないでいた。


 血が繋がった妹ではあるが、未央とは本当に仲良くやれそうにない。人の好きな本をけなすなと言った口で、メルが好きなんだろう? 趣味が悪いとすかさず言える自己中心的な性格よ。あとこれは流石に喧嘩の最中も口にはしなかったが、以前貸した辞書を返してもらいに部屋に入った時に、机の上に未央の書いたオリジナル小説があった。とても書き込んである様子だったから勉強熱心だなと感心したのだが、一行読むだけで違うと分かった。

 それは妹によるシンデレラ改変小説だった。

 実はシンデレラは可哀想な身の上を利用する悪女で、その一番目の姉がその小説のヒロインだった。

 長年シンデレラは姉達に苛められていると吹聴して周りの同情を買ってチヤホヤされてきた。姉達は実母も実父もいないから寂しいのだろうとあえて止めはしなかった。

 だがヒロインのそんな姿は王子様に見初められた。「なんて優しい方だ。見かけだけのシンデレラなんかより貴方のほうが素晴らしい」

 シンデレラは自分が選ばれないうえに選ばれたのが自分より不細工な姉だっという事実に腹が立ち毒を盛ってヒロインを暗殺しようとするのだが計画が事前に発覚して投獄。

 晴れてヒロインと結ばれる王子。実はシンデレラがインパクトあるから目立たなかったけど、ヒロインのほうが百倍美人だった。着飾ってこの世の者とは思えないほど美しくなったヒロインと、普段から灰を被っててたまに落としたら普通の人以上に綺麗に見えるマジックを使っていたにすぎないシンデレラ。更にいうと実母も実父も生きていて、早くからシンデレラの性悪さを見抜いていたから関わりたくないと出て行っただけという。

 真の美少女ヒロインは王子と幸せになったのでした。


 人の性癖は、人に迷惑をかけない限りは自由だ。しかも俺が勝手に見ている状況だ。とやかく思う権利はない。そう自分を納得させたが、妹は何かおかしいのかもと思わないではいられなかった。

 その想像は外れていなかったようで、未央は中学の卒業文集を友達と制作したと自慢げに言ってきた。思い出を形にしようというのは良い考えだし、進んで雑事を引き受けるのは偉いと褒めたのだが、内容を見せて貰って驚愕した。「早死にしそうな人」 「ぶっちゃけブスだと思う子」 「嫌いな人」 などのランキングが書いてあるページがあったのだ。

 どういうことかと聞くと「え? 面白いじゃん。ランクインした子もこれを機に自分の在り方について考えてくれるでしょ」 と何が悪いのか分かっていない様子だった。

 記録に残るものにこんな事するのはもはや苛めだと言うと妹は大声で泣いた。「酷い! 妹が一生懸命に作ったものにケチしかつけないなんて!」


 ……そういうことが幾度もあったから、俺は妹と必要以上に関わらないようにした。関われば喧嘩になる。

 今回のラノベも正直言うと胸糞だった。あのメルという子が可哀想すぎる。突如王宮に聖女候補として呼ばれたのに、もう一人の候補は明らかに自分より美人で、周りもその子ばかりチヤホヤする。戦争が起きた時15の少女が弱い人を集めて頑丈な建物にこもり神に祈るのは愚かというより賢明な行動ではないだろうか。エリデが規格外だっただけで。最後は数カ月ぶりにやっと両親に会えると家路を急いでいたのに、ひと気の無い所で光るナイフ……。哀れだ。


 叶うならあの子を助けてやりたいと思ったのがいけなかったのか、良かったのか。

 起きたら転生していたのだ。


「ハルルードの第二王子・バルトロ。どうか健やかに育ってね……」


 そう語りかける人は実母であるようなのだが、赤ん坊の身体が目が上手く開かないうちに儚くなってしまったようだった。

 身体もろくに動かせない。トイレは垂れ流し。ただ耳から得た情報だけが全てだった。

 そして数年も経てば気づく。ここはあのラノベ「気高い聖女に捧げる詩」 の世界だと。国の名前、王の名前、月が楕円形なこと。この国にしか咲かない花の名前など。全てが一致したのだから。

 しかし第二王子なんていただろうか? 記憶にはないが、おそらく実母が使用人の身分のためにあえて隔離していたのではないかと推測された。ここまで理解した俺のやることは一つ。

 推しを、メルを生き残らせる。あんな胸糞ストーリーなんか変えてやる!


 人生十七年分の経験値は伊達じゃなかった。十歳にして家庭教師に神童と言われるまでにもてはやされるが、それは俺のゴールじゃない。

 予言のことについては徹底的に調べ上げた。すると分かったのは「百パーセントの的中率」 であることだけ。結局エリデが聖女なのかと諦めかけたが、専門書にはこう続いていた。「ただし、受け取る側が読み違えなければの話だ」

 ……そういえば、結局あの予言はメルのことを言っているのかエリデのことを言っているのか明言はしていない。本当にあれはエリデのことなのか? そもそも聖女の定義はなんだ? 教会に行き、司祭の見解を聞いたり実際に過去の聖女が現れた地を訪れたり、バルトロはとにかくメルを守れる材料を探していた。

 奔走するバルトロを見た家庭教師のビアージョは「バルトロ様はまるで生き急いでいるように見受けられます。何故そんなにも焦っているのですか?」 と聞いた。バルトロも出来るなら教えたかったが、「いずれ現れる偽者聖女のメルを守りたいからです」 なんて言ったら確実に頭のおかしい人扱いだろう。ただ、本当のことも盛り込んでそれとなく本心を語る。この家庭教師はバルトロによく尽くしてくれた。


「実母が早く亡くなった身です。もしかしたら長くないかもしれないと感じていて。 いずれ名も無い平民がこの国の歴史を書き残すでしょう。それがより良いものであるようにと思わずにいられないのです」

 これはラノベの最後の一文に書いてあった。前世から読書家だったバルトロとしては史記の司馬遷のように王族ではない人が描いたのだろうとそんなに違和感はなかったのだが……。ビアージョはしきりに首を捻っていた。

「平民が? この国の歴史を? 王が崩御された後にその治世を書き記す係がおりますのに? 平民が書くなんてまるで国が滅んだようじゃないですか」

「え?」



 結局、メルを助けられる材料になりそうなものは見つからないまま、老婆によって予言はなされ、予言の少女二人が王宮に現れる日を迎えた。いざとなれば王族権限で婚姻を申し込むことで命を助けるつもりだが、それは最終手段。

 天才王子としてその場に臨席を願い、見極めの手伝いが出来ればと理由をつけて二人に会うことにした。

 そう決めたものの、いざ二人が現れるとバルトロはひたすら好意を持っているメルだけを見ていた。原作では地味地味言われていたが、こうしてみると確かに華やかさではエリデに負けるがメルも充分に美しいではないか。そうメルを擁護する反面、バルトロはエリデは絶対に視界にいれようとはしなかった。自分が思うよりエリデが嫌いだったのかと自分でも驚く。「バルトロ様ですね。私、エリデと申します」 そう挨拶された時も目線は彼女の頭のつむじに置き、決して目を合わそうとしなかった。我ながら意地が悪いと思うが、どうせこのあとイケメンキャラが続々味方になるんだ、自分くらい好きじゃない人間がいたっていいじゃないかと屁理屈で無理矢理納得させる。

 だが、それが結果的には良かった。


 エリデと一度でも目を合わせた者の様子がおかしくなったのだ。兄である第一王子のコンスタンツォは一目見るなり心を奪われた様子でいつまでもエリデを見つめ続け、硬派と評判の高かった騎士団長の息子も、女嫌いと定評があった宰相の息子もエリデにうっとりしていた。

 ふと、予言のことを調べるついでに覚えた話を思い出した。

 一億人に一人生まれるか生まれないかの確率で、「魔眼」を持った人間が生まれると。その目に見つめられると誰もが言いなりになるのだと。読んだ時はまさかとは思っていたが……。


 エリデに見られないように隠れて彼女のことを調べると、疑いが確信に変わるようなことばかり集められた。

「私、お父さんに甘やかされて育ったから、スプーンより重いものなんて持ったことがないんです」

「へー……エリデってお姫様よりお姫様らしいんだね」

「嫌ですわ。王太子様ったら。私、これでも騎士に憧れがあるんですのよ」


 原作では、エリデは重い甲冑を着て戦場を剣を振り回していたはずだ。主人公補正とか実は才能があったとか無理矢理納得していたけど、魔眼を使えば目の前の相手は動けなくなる。そうすれば簡単に勝利できる。まさか……。


 バルトロはエリデを調べつつも、メルと積極的に会話をした。最初は人見知りなのか強張った顔をしていたが、それが徐々に取れてお互いたわいない話をするようになった。

「あれ、花が根元から折れてる。まだ蕾だというのに」

 中庭で二人で話をしていると、植えられた花の一つが可哀想なことになっていた。

「私にお任せください」

 メルはそう言うと、そっと花に触れる。するとたちまち折れた花が光を放ちながら再生していった。バルトロは目の前で何が起こったのかしばらく分からなかった。

「あ、あの……不気味でした?」

 怯えるメルにとんでもないと返し、一体どうしてこんな力をと聞くと、彼女は妖精の寵児なのだという。

「一族に生まれた長女は妖精をもてなす役割があるのです。もう百年くらいかな? 毎日妖精に絞り立てのミルクと焼き菓子を備えると、困った時に妖精が様々な力を貸してくれるのだそうで。この手の痣は妖精との契約の印なのです」

 そんな話は原作にはなかった。いや、エリデ視点だから語られなかったの間違いか? しかし聖女候補に選ばれたのに、こんな力を持っていながらどうしてそれを誰にも話さないなんて。

「私、話したんです……。そうしたら、『妖術使いなのか、気味が悪い』 と……」

 話を詳しく聞くと、それは先にエリデと話した男だった。のちにバルトロがどうしてあんな有用な能力を持った子を馬鹿にしたと聞くと、男は「エリデ様の立場が無くなると思うと許せなくて。でもあの時はどうしてそう憤ったのか、自分でもよく分からない」 と語った。


 ひたすら地味に書かれた原作のメル。同じ平民なのにやたらモテるエリデと無視されるメル。スプーンより重いものを持ったことがないのに剣を振るって戦場を無双するエリデ。メルの痣には明確な理由があるが、エリデの痣は確か赤ん坊の頃に誤って熱湯を被ったことによる火傷跡だった。

 そして何より、確か原作者は皮肉屋で知られる作者だったはず。まさか……。

 メルが妖精の声だけは聴けるというので、バルトロの目には見えないが妖精達に問いかけてみた。「エリデって女の子は君達の目から見てどうだい?」

 鈴の音が一斉に鳴り響いた。優しい音色とは程遠い、どう聞いても怒っているような音。

『あんな女の話をしないで! 最近は騎士団長の息子と剣の練習ばかりしてるけど、私達は人を斬ることをどうとも思わない人なんか聖女とは認めないわよ!』

『自分は一人でご飯は寂しいって言って王子達を侍らせて食べるくせに、同じ立場のメルがいつも一人でご飯食べてるのにはちっとも気づかない!』

『そのくせメルが一人でいると露骨にホッとしてる! 性格悪すぎ! あれを聖女だと思うニンゲンってどうかしてる!』



 その夜、バルトロは夢を見た。

 王宮が、いや、王都が火に包まれている夢を。既に兄の王太子も両親も殺され、剣の前で王太子妃となったエリデが震えながら命乞いをしていた。

『お願い、殺さないで』

 襲ってきた一団の中で最も地位が高いと思われる男が『その女の目を見るな。魔眼だ。問答無用で殺せ』 と言い、剣が振り下ろされて……。


 起きた時、あれは原作後の世界なのだろうとなんとなく思った。


 普通の少女だったメルには気の毒だが、原作通り隣国が攻めてきた時、無理を言ってメルを戦場に同行させた。原作のままでは駄目なのだ。

 そして兵士達が相対する草原でメルに妖精の力でこの戦いを止めてほしいと懇願する。

 メルは妖精のこと以外は普通の少女だった。だから、戦いそのものが苦手だった。妖精にこう祈った。「どうか全ての人を傷つかせないで」 と。

 すると戦場全体に膜が張ったように光に包まれ、攻撃はこちらも向こうも当たらず、それどころか兵士が攻撃しようとすると温かな光に囲まれて戦意喪失してしまう有り様だった。

 バルトロは予言を思い出す。

『近い未来、民間から一人の聖女が現れる。その聖女がこの国を守るだろう』

『守る』 国を救うでも敵国をやっつけるでもないのだ。『守る』 なのだ。

 あれは真実、メルのことを言っていた。この全ての人間を傷つかないように守る力のある少女こそが――。


 メルが聖女に確定した。すると今度はエリデの扱いに困るようになった。

 誰もがエリデを聖女だと思っていたがそうではなかった。

 あれ? どうしてエリデを聖女だと思っていたんだろう?

 そういえば目を合わせた瞬間から何も考えられなくなって……。

 バルトロの意向により他人の魔力を寄せ付けない魔術具が量産されて配られた。するとエリデをチヤホヤした人間は波が引くように彼女の周りから消えた。

 エリデは何故そうなっていくのか分からずぽかんとしていたが、無意識でも意識的でも王族を洗脳した罪は重い。まして聖女を危うく取り違えるところだったのだ。とはいえ……。

 原作と同じようにはしたくない。エリデには魔力を無効化する魔術具をつけさせ、護衛を何十人とつけて修道院に送ることにした。ここまできてふと思う。実は今まで少しだけ考えていたことがあったのだが、エリデが妹の未央だったら? と。無料小説によくある、相手もまた転生者だった的な。

 だが意気消沈するエリデは未央には見えない。それどころか自分の魅力でモテているのだと思っていたら洗脳というズルだったと発覚してこの世の終わりのように気落ちしていた。未央はこんな素直じゃない。

「エリデ。修道院に行っても、達者でな」

 旅立つエリデにそう声をかけると、彼女は力なく笑った。

「……最後に来てくれるのがバルトロ様だなんて。今まで一緒に居てくれた王太子様達は影も形も見ないのに」

 今回の件で誰が一番次の王に相応しいか、臣下達の間で彼らは随分評判を落としたらしい。その腹いせにこうしてエリデに冷たくあたっているようだが、それはそれで幼稚すぎやしないだろうか。

 いや、人のことは言えやしないか。自分こそ『エリデを徹底的に見ない』 という幼稚な八つ当たりで洗脳を回避しただけなんだから。

 そして洗脳はエリデには全く自覚のないことだったのだから。被害の無かった自分くらいは会いに来ないと後味が悪い。

「エリデ。こうなってしまったけれど、俺は君が君なりの方法で国を救おうとしていたのは知ってるから」

 なんの慰めにもならないかもしれないけれどそう伝えた。俺の知る原作では結局エリデは魔眼のことを知らずに死んだのだ。だから戦場に行って剣を振るったのは彼女の持つ勇気のなせるわざだというのは知っている。エリデは涙をぬぐって笑った。

「……ありがとうございます。でも、結婚を目前に控えた身で過剰に他の女に構うのはどうかと思いますよ?」

 エリデは薬指の指輪を見たのだろう。そう、バルトロはメルと正式に婚約した。誰が見ても聖女の結婚相手はメルを最初から信じていたバルトロ以外に考えられなかったのだ。

 軽口を言うエリデと笑い合い、見送った。無事についたという知らせも受けて、原作の終わりを感じる。

 ……そういえば、現実世界の未央や原作はどうなったのだろう。



 未央は兄が行方不明になったと聞いて喜んだ。元から不仲の兄だったのだ。クラスメートが「お兄さんのこと聞いたよ。大変だね」 と言うと未央は笑って「ぜーんぜん! だって私、性格の悪いおにいが大嫌いだったもん!」 と答える。家族が行方不明になったのにそれかとドン引きするクラスメートに、軽口なのにどうしたんだろう? ときょとんとするばかりの未央。そのズレを理解できる日は永久に来ない。

 部屋が広くなったと喜ぶ未央は、「気高い聖女に捧げる詩」 の続刊を兄のベッドに寝転がって読む。嫌いな兄の嫌いな本を兄の部屋で読んでやるぜという嫌がらせだ。

 きっと推しのエリデが華やかな逆ハーをしているのに違いないとわくわくしながら読み始めたが、その真逆だった。


 エリデは晴れて王太子妃になった。が、王太子妃になってからもの今までずっと周りが忖度してくれて当然、周りが皆そう言うのだから自分は特別な存在という環境で育ったものだから、その感覚が抜けきらずにいた。

 ある日、聖女の評判を信じて男爵令嬢が悩み事を相談した。「胸が大きいばかりに殿方から嫌らしい目で見られるのがつらい」 などと言った時は、貴族が大勢呼ばれたお茶会で「胸が大きいだけで男爵令嬢ちゃんを嫌らしい目で見るのはやめてあげて!」 と暴露。エリデ本人としては誰も彼も自分の言うことを聞くのだから、これで男爵令嬢の悩みは解消されるだろうと思っての事だった。

 実際は反対で、秘密にしたい話をよりにもよって聖女にばらされた男爵令嬢はおおいに傷ついた。貴族達はその場に居たものは素直にエリデに従い「胸が大きいことに悩んでいたのね。知らなかった」 「言われてみれば大きいわね」 「聖女に相談なんて普通なら自慢かと思うけど、貴方がそう言うならつらいことなんでしょう」 「男は大抵胸が大きい女性が好きなんだから悩むほうが間違いだよ」 と慰めているのか傷口をえぐっているのか分からない対応をした。男爵令嬢は領地に引きこもって二度と催しには出なくなった。

 また伯爵令息が自国民を守った聖女の評判を信じて「自分は容貌も良くなければ頭も悪い。家名を汚す存在です。弟に後継者を譲ったほうがいいんでしょうか」 と相談を言うとエリデは「それって自分が悪いんじゃないの? 良くなる努力は少しでもしたの? 貴族のくせにお金も余裕もないなんて言わせないわ。貴方のは甘えよ!」 と怒鳴った。悩みに罵倒で返された伯爵令息は思い悩んだ末に「聖女の言うことに間違いがあるはずない。全ては自分が存在する価値のない人間なのが悪い」 と断定し、自死を選んだ。 

 もしかしてエリデは他人の気持ちが分からない人間なのでは? という噂が貴族社会から庶民社会にまで流れる。それを聞いたエリデは怒り心頭で噂をした人間を投獄しまくった。貴族民衆関係なくとんでもない人間が王太子妃になったと亡命が相次ぐ。それにどういう訳か、天候不順でも水不足でもないのに前から続いていた不作はさらに酷くなる。なのに税金はどんどん上がる。

 隣国はその窮状を知ってここぞとばかりにまた攻めてきた。エリデはまた蹴散らそうとしたが隣国は前回の敗退から学んでいた。エリデを見た兵士によると「あの目に見つめられると何も考えられなくなる」 と聞いて、エリデが魔眼の持ち主だと看破した。巨大な盾で視界を覆って突撃する戦術を使われると前回の圧勝が嘘のようにボロ負けになった。敵兵士が「魔眼を見るな」 と叫んでいることでエリデの魔眼もハルルード国に知れ渡ることになる。そうするとこの大敗もあり、エリデが聖女というのは間違いではないかとなり、もう一人のメルこそが聖女だったと判明した。

 が、時は遅くメルは王家の影によって既に暗殺されていた。さらにまずいことに、死体を埋葬するでもなく面倒くさいからとそのまま野ざらしにしており、もしやこの死体はメルではないかと人づてに聞いて駆け付けたメルの両親達は、一部白骨化したメルを見てショックのあまりその場で自害してしまっていた。その知らせを聞いた親戚達も、王家の不興を買ったからそうなったというなら、底辺の自分達なぞ生きていたらどんな拷問されるか分かったものじゃないと次々死を選んだ。元から少なかった妖精を祀る一族はこれで絶えてしまった。不作は妖精達の復讐だったのだ。メルは死んでいる、その血族達も全員自害して協力は望めないと伝えられた王宮は万策尽きたと絶望した。そこで空気が読めなかったのがエリデだ。何しろ自分の発言で人がどう思うかなど今まで一切考えたことがなかった。「あのメルって子、ちゃんと死んでるのね? やったあじゃあ今まで通り私が聖女ってことで!」

 数少ないハルルードの記録によると、その場にいたエリデ以外の人間が「豚が喋った」 という顔をしていたという。それほど常人の理解の範疇を越えた発言だったのだろう。しかしエリデの願いどおり聖女は変わらなかった。いや、変えられなかった。その話し合いのすぐあと。怒涛の勢いで隣国が攻め込んで瞬く間に王宮まで乗り込んだのだから。「お願い、殺さないで」 この期に及んでもエリデは自分だけは助かると確信していた。今までずっとイージーモードで生きていたのだから。けれど「その女の目を見るな。魔眼だ。問答無用で殺せ」 と敵の大将軍が叱咤し、兵士達は巨大な盾で囲い込みつつ、その隙間から槍を突き出すという方法で魔眼の主を亡き者とした。エリデの魔眼で何とかしてもらおうとというもはや末期の方法でしかない最後の手段もこうして失われ、王族は次々に命を奪われていく。こうしてハルルード国は滅んだ。

 その五十年後、偽者聖女の話を聞いた一般人が祖国のために剣を振るった時は確かに聖女だっただろうにと哀れに思いその話をまとめたということだ。


 読み終わった未央は怒りのあまり本を床に叩きつけて何度も踏んだ。

 知らない。こんな無様なの私のエリデじゃない。エリデはこんなにみっともない女じゃない。

 ひとしきり暴れると手で顔を覆ってこう呟く。

「どうして私の好きになるキャラはいつもこうなるの?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

俺は俺の推し娘を生かす! 菜花 @rikuto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ