完
仕事が終わり、夕暮れを眺めながらいつものチェーン店でコーヒーを飲む。相変わらず苦い。
月日の流れは早く、老いは止まらず、歳は三十目前となり、日々の生活に変化を感じる。何気なく過ぎていった四季に情緒を覚えるようになったのは心に豊かな色彩が表れていたからかもしれない。
「こんにちは。そちら、お仕事どうですか」
そう言って対面に座るのはあの日出会った子供であった。今年中学に上がった彼は、あの日と比べ、背丈が大きく伸びている。
「普通さ。そういう君こそ学校はどうだい」
聞き返してみると、子供は「普通です」と報復とも取れる一言を述べる。生意気なものだ。
「先日、姉とお食事に行かれたそうですね。またよろしくと言っていました」
「分かったと伝えておいてほしい」
「分かりました」
彼の姉とも依然付き合いがある。この数年の間に三度男女交際を経験したそうだが、未だに愛に不足しているらしく離別を繰り返しては俺に愚痴を言ってきていた。どうにも定着しないものである。
「姉もいい加減結婚したらいいのにと思います。不純な付き合いは感心できません」
子供はさも自然な会話の流れの中、ついでのように、おもむろにコーヒーが入ったカップを卓に置いたのだが、やはり生来の大根は改善しておらず、その仕草が意図したものである事は明白だった。どうやら彼は、コーヒーに注目してほしいようだった。
「それとですね。今日は、コーヒーを注文してみました」
「ブラックかい」
「はい。ミルクもシュガーもない、純粋なコーヒーです」
「そうかい」
コーヒーを飲む子供を観察してみると、口に含んだ瞬間眉間に皺を寄せ、「苦い」と呟いたものだから、俺は笑ってしまった。
「駄目ですね。ちっとも美味しくないです」
「いずれ、美味しく感じるさ」
「本当でしょうか」
「本当さ」
夕陽が眩しく、世は騒がしく、時が流れていく。彼がブラックコーヒーを飲めるようになる日はそう遠くないだろう。その時まで、俺は、彼とこうして話ができたらいいなと思う。
「ところで、今日なんですけども」
いつもの調子で話がはじまる。さぁ今日も、彼と話そう。時間いっぱい、飽きるまで。
ミルクもシュガーもいれないで 白川津 中々 @taka1212384
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