第15話 4人の帰路
送ってもらうのはいいのだが、結局私たちは彼らの目的を教えてもらっていない。しかし、それを悠長に聞いている時間もなかった。自転車を押しながらどうしたものかと思っていると、ふと、聞きなじみのある音が聞こえてきた。
「あっ、車……。さっきまで一台もいなかったのに」
聞こえてきたのは車が走る音。公園の入り口から少し進むと日常が戻ってきたかのように人や車が見えるようになった。……意味が分からない。それこそ、妖に化かされたとでもいうのだろうか。
「それはね、久弥の張った結界のせいよ」
知らぬ間に隣にいたゆきのさんが声を弾ませて私の疑問に答えた。
「結界、ですか?」
私の頭は驚きの連続でいい加減麻痺してきたようだ。それにここまで来たら、結界でも陰陽師でもなんでも来いって気分だった。
「そう、結界。久弥の結界はすごいでしょう?そのおかげで私たちの戦いも騒ぎにならずに済んだんだもの」
あの不気味な空間は結界によって成り立っていたようだ。原理も何もかも分からないが、本当に騒ぎにならなかったのだから東条さんの結界はすごいのだろう。
「褒めたってなにも出ないよ。いち佳さん、あの時俺が張った結界は空間の切り取りみたいなものなんだ。って言っても意味わかんないよね」
東条さんの言った通り意味は分からないが、思っていたよりもすごそうな結界だった。ゆきのさんが東条さんを褒めた理由も納得だ。それにしても――
――ゆきのさんってめちゃくちゃ美人なんだけど!それになんか近いし!
「ん?どうしたの?」
ゆきのさんがいたずらっ子のような顔で私に近づいてきた。ただでさえ距離が近かったのもあって、今、目に映っているのはゆきのさんだけだ。
「えっ、あっ、その……ゆきのさんってすごくきれいだなって」
耳まで真っ赤だった。これだけきれいだと女の私でも緊張してしまう。そう思うと、もっと恥ずかしくなってきた。自転車のハンドルを持つ手が湿ってきている。あぁ、早く帰りたい。私はあまりの恥ずかしさで今すぐ穴にでも入りたかったが、ゆきのさんはそんな私を見て満面の笑みを浮かべた。
「まあまあ、いい趣味してるじゃない、いち佳ちゃん!」
「ほんと、いい趣味だな」
ゆきのさんの嬉しそうな声に続いたのは、皮肉気な月風の声。月風の方は絶対に言葉通りの意味じゃないだろう。二人はそのまま険悪な雰囲気でにらみ合っている。
「いち佳さん、今日はもう遅いからまた後日でいいんだけど、君たちに聞きたいことがあるんだ。だから、また俺たちに会ってくれないかな?」
言い合う二人を見て苦笑していた私に、東条さんが声をかけてきた。聞きたいことがあるのは私たちも一緒だ。断る理由なんてないだろう。
「もちろん、大丈夫ですよ。今週の日曜日なんてどうですか?」
「わかった。今週の日曜日にまた会おう。それと連絡先を交換してもいいかな?……あっ、嫌なら別にいいんだけど」
東条さんは少しだけ焦ったように付け加えた。私だって普段なら知らない人に連絡先を聞かれても断る。けど、今は事情がある。東条さんたちは私たちの契約について、何か知っているかもしれない。どちらにせよ、私たちだけではもう手詰まりだ。どんな可能性にだってすがるしかない。
「嫌じゃないですよ。連絡先、交換した方が便利ですし」
ほっとしたような東条さんと連絡先を交換する。この繋がりはきっと私たちの契約を解除するための手掛かりになる。そう思えてならなかった。
一ノ瀬いち佳の恋奇譚 カラスノエンドウ @book_06
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