第14話 陰陽師

「陰陽師って、ほんとにいるんですね……」


 正直、顔が引きつっている気がする。妖怪の次は陰陽師、私の常識が音を立てて崩れていくのがわかった。


「普通に考えたらいないと思うよね。けど、実際にいるんだ。今、君の目の前にいる俺みたいにね」


 東条さんは、わかるよと言って頷いてくれる。だが、『目の前にいる俺』とは言っても、東条さんは格好が着物だとかそんなことのない普通の男の人だ。


 ――でも、この人は月風のことが見えてる。


 月風が前に言っていたように、妖を見ることができる人間は妖と契約したか妖力が高いかのどちらかだ。どちらにせよ、東条さんが陰陽師である確率は非常に高い。……認めるしかないのだろう。


「今は、信じます。東条さんが陰陽師だってこと。だけど、どうして陰陽師である東条さんたちが私たちを攻撃してきたんですか?」


 ゆきのさんの方を一瞥しながら、一番疑問に思っていたことを聞いてみた。彼はこの街を守っているようなことを言っていたが、私たちがそのために攻撃される理由なんて皆目見当がつかない。


「そのことについては本当に申し訳ない。俺たちの仕事で厄介なことが起きていてね、それで彼女もピリピリしていたんだ」


 東条さんはそう言ってゆきのさんの方を振り返った。しかし、ゆきのさんはじっと月風のことを見ていた。まさか、仕留め損ねたから月風のことを狙っているのだろうか。


「でも、久弥。先に仕掛けてきたのは天狗の坊やよ」


 ゆきのさんが面白くなさそうにそう告げた。あの戦いが始まったところを私は見ていない。本当に月風が先に攻撃を仕掛けたというのなら非はこちらにある。ハッとして隣の月風を見るが、彼は皮肉気に笑っていた。


「どの口が言うんだよ。あんなに殺気立ってたくせに。どうせ俺から仕掛けなくても、お前は手を出してきただろ?」


 挑発するような発言だ。相手の神経を逆なででもしたらどうするつもりなんだ、こいつは。ひやひやしながらゆきのさんの反応を待っていたが、東条さんの方が口を開いた。


「月風の言う通りだ。明らかに妖力が強いゆきのが殺気なんて放っていたら不意を突こうとするのは当然だ。まして、彼は近くに自分の契約者がいたんだ。ゆきの、今回は君の不手際だよ」


 東条さんは諭すような口調だった。ゆきのさんはそんな東条さんを見て溜息をつくと、私たちに向き直った。


「悪かったわ。特に、いち佳ちゃんには怖い思いさせちゃったわね。あっでも、流石にいち佳ちゃんが前に出てきたときは攻撃をやめたからね。そこは心配しなくても大丈夫だったから」


 ゆきのさんはやけに私に謝ってきた。私よりも月風の方が迷惑を被っていたと思うんだけど……。それにしても、やっとあの違和感の正体を掴めた。私が月風を庇った時、いつまで経っても攻撃されなかったのは東条さんが声をかけたからだと思っていたが、あれはゆきのさんが自主的に攻撃の手を止めたからだった。確かに東条さんが声をかけてきたタイミングでは手遅れだっただろう。


「それで、ゆきのが単独行動で攻撃してきたのは分かったが、お前らは一体何をそんなに焦ってるんだ?」


 核心を突く質問だ。東条さんとゆきのさんは顔を見合わせている。しかし突然、私たち以外、人も車もいないこの不気味な空間に電子音が響いた。


「わっ!す、すいません。親から電話かかってきちゃったので、ちょっと失礼しますね」


 音の正体は私のスマホにかかってきた電話だった。東条さんたちに頭を下げて慌ててスマホを取り出す。画面を見ればもう二十時を過ぎていた。お母さんからの電話の内容も察しが付く時刻だ。


「もしもし?お母さん?」

『いち佳、いつ帰ってくるの?もう八時過ぎてるのよ』

「ごめん。えーと、あー、ちょっと取り込み中で……」

『は?何言ってるの?まさか、知らない人と一緒なの?』

「えっ、いや、うーんと」

『大丈夫なの?お母さん、迎えに行った方がいい?それとも――』

「いやいや!大丈夫!大丈夫だから!そうっ、今から帰るから!それじゃっ」


 大事になる前にお母さんに帰ると告げて電話を切った。辺りには気まずい沈黙が流れている。とにかく、東条さんたちの身の潔白のためにも一刻も早く家に帰らなければならない。


「あの、聞こえちゃいましたか?」

「あぁ、ごめんね。俺としたことがうっかりしてた。高校生を引き留めていい時間じゃなかったね。近くまで送るよ」


 気まずい沈黙は気まずい雰囲気に変わった。結局、私たちはこの雰囲気のまま帰路に就くことになってしまった。

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