赤と緑の思いやり
───赤と緑、どっちにする?
聞かれた甥っ子たち、夫の姉夫婦、夫の弟夫婦、お義父さんまでが赤だの、緑だのと答えています。
私は何事が始まったのかと、夫の袖をひいて聞きます。俺は緑にすると答えたあと、教えてくれました。夫の実家では誰か体調が悪い人がいると、緑のたぬきか赤いきつねを食べるそうです。
「また誰か赤ちゃん出来たの?」
五歳になったばかりの甥っ子が言いました。
私は夫と顔を見合わせてから、確認を取り右手を小さく挙げました。本当は安定期に入ってからみんなに報告するつもりでいたからです。
「美奈子も、ともちゃんもつわりの時はこれだけは食べられたから、ハツミさんも食べられると思うよ。で、赤と緑、どっちにする?」
お義母さんには私が妊娠中だと分かっていたらしく、満面の笑みで聞いてくれました。私は赤ですと答え、みんなに拍手されながら、嫁ぎ先に受け入れてもらえた安心感を味わいました。
赤が六つ、緑が七つ並んだ食卓の光景を昨日の事のように覚えています。汁をたっぷり含んだお揚げが美味しいとか、サクサクした天ぷらが香ばしいとか、みんなの会話までも思い出せます。
お義母さんは、私と同じ赤いきつねのお揚げが大好きで、気が合うわねと言いました。
それから半年後、私は女の子を産みました。お義母さんは初めて女の子の孫が出来たと手を叩いて喜んでくれました。
🔴 🟢 🔴 🟢
「五分経ったよ。……そっちで食べる?」
夫がお盆に二つのカップ麺を乗せて運んで来てくれました。結婚して初めての上げ膳据え膳かもしれません。割り箸が添えられていたので、少し可笑しくなりました。
「ありがとう。ねえ、覚えている? お母さんもお揚げが好きだったよね」
私は汁に浸したお揚げを半分にして、夫のカップに入れながら聞きます。夫はうんとだけ言い、お揚げを一口で食べました。好きな物を食べるときの食べ方です。
「私ね、お母さんには感謝してるんだ。優しい人だったね」
お母さんの思い出話を涙無しに出来る様になったのは、お互い年を重ねたからでしょう。夫は優しい顔で母親を思い出しています。
「最期のお見舞いの時ね、お母さん全く食べられなかったでしょ。病院食じゃなくてこのお揚げを出してあげたかったね。温かいおうどんなら食べられたかな」
「……ふふ、どうだろう」
「お母さんね、自分が唯一食べられそうなゼリーをみっちゃんにくれたの」
初めての女の子だと可愛いがってくれた孫に、お母さんはたくさんの物をくれました。ゼリーも思いやりも、愛情もたくさんくれました。
私はしばらくスーパーで、同じゼリーや赤いきつねを見ると、お母さんの優しさが胸に迫って何度も涙をこぼしてしまいました。
嫁いでからたった八年は短すぎます。夫が請い求めるお袋の味をしっかりと教えて貰えばよかったと後悔しています。
「ごちそうさま。美味しかった」
夫はスープまで飲み干してから、手を合わせて言いました。おしゃべりしていた私のうどんは半分残っています。
「食べる?」
「ありがとう。今日は赤いきつねの気分だったんだ」
どちらも好きな夫。先に私に選ばせてくれたのは夫なりの思いやりでしょう。
───赤と緑、どっちにする?
私たち夫婦にとってこの言葉は、お母さんの思いやりを思い出し、お互いを労わりあう優しい愛言葉なんだなと思います。
暖かい春の風を感じながら、私はいいところに嫁いだのだとしみじみ思います。そしてずっと夫と穏やかに暮らせたらいいなって思います。
〈 了 〉
赤と緑の思いやり 星都ハナス @hanasu-hosito
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