第10話 天使の心は曇りがち?




 それから緩やかに時間が過ぎ、俺はネットサーフィンをしていたスマホからゆっくりと顔を上げる。改めて教室を見渡すと少しずつではあるもののクラスメイトが教室に登校してきていた。


 まだ朝のホームルーム十分前ほど前だが、先程まで静かだった教室と比べて幾分か喧騒けんそうが目立つ。既に見慣れた顔なじみが並ぶ光景を目にしながら、俺は先程の様子を思い出してほっと胸を撫で下ろした。



(いやぁ、誰かが階段から上がってくる音が聞こえたから美月にその事を話してすぐさま距離をとって貰ったけど大正解だった……。いずればれるにせよ、なるべくなら一緒に居るとこは見られない方が良いだろうし)



 ひとしきり様々な動画を見終わったタイミングで、たんたんと階段を昇る複数人の音が聞こえたのだ。

 教室の扉は閉めていたので耳を澄まさないと聞こえるか聞こえないか程度の微かな音だったのだが、美月との動画視聴を楽しみつつ周囲を警戒していたのが功を奏したのだろう。


 慌てた俺はその事を美月へ伝えると「わ、わかったわよ……」と若干不服そうに素早く自分の席へと向かったが、丁度彼女が着席したタイミングで教室の扉が開かれたときは口から心臓が飛び出そうだった。


 入って来たクラスメイトの女子らが明るく美月に挨拶をするが、俺は内心冷や汗を掻いていた。美月は素知らぬ顔で「おはよう」と笑顔を浮かべてクラスメイトに挨拶を返していたが、きっと彼女も俺と同じ気持ちだろう。


 因みにだが美月と一緒に観たVチューバ―の切り抜き動画は好評だった。ころころと変わる表情が可愛いと思ったのは内緒である。


 それにしても、と俺は一つだけ気掛かりなことがあり、教室内のとある席へ視線を見遣る。



(星川さん、まだ登校してないな……。何かあったんだろうか?)



 いつもならば俺の次の順番に教室へやってくるのだが、何故か今日は未だ登校してきていない。


 俺は特に意味も無く何度もスマホの液晶画面をなぞる。きっと星川さんには珍しく寝坊でもしたのかもしれないが、なんだか彼女の元気な挨拶を聞かないと調子が狂う。


 ちらりと窓を一瞥した俺は、そこでふとある事に気が付く。



「……もしかして、体調悪いとか?」



 可能性としては十分にあり得る。


 これまで奇跡的に体調を崩したことが無い俺とは違い、普段から元気で明るいとしても星川さんは女の子だ。保険の授業で習ったが、女の子の日が非常に重い場合だってあるだろうし、話を聞く限り彼女は頻繁に夜更かしをするらしいので、その溜まった疲れが今日一気に襲い掛かった場合も考えられる。


 それに七月に突入したとはいえまだ夜は少し冷える。ふとした拍子に免疫力が低下して風邪を引くなんてこともあるみたいなので、それも視野に含めるべきか。


 いずれにせよ心配な事には変わりない。そう思い立った俺はすぐさまスマホのSNSトークアプリを開く。



(『おはよう、星川さん。いつもより教室に来るのが遅いので心配してます。体調とか大丈夫?』……よし、これで良いか)



 以前から何度もトークでの遣り取りをしていたので、特に緊張することも無くスムーズに文章を打ち込む。初めて星川さんにメッセージを送信したときは僅かに手が震えたが、今では既に慣れたものである。


 文章に変な部分が無いか見直すと送信ボタンを押す。あとは時間まで彼女の返信を待つだけだ。


 俺は今流行りのファンタジー系のネット小説でも読んで待ってようと、ふぅと小さく溜息をつく。改めてスマホに視線を落とすが、次の瞬間、教室の扉が開く音が聞こえた。


 もしかして星川さんか、と思い急いで顔を上げるも―――、



「おはよぉ」

「はよー!」



 教室に入って来たのは木ノ下さんと古見さんの二人だった。一瞬だけ教室が湧き立つも、その中に星川さんの姿は無い。


 彼女らはカースト上位グループの女子だとしても、ギャルなので人当たりが良くさらに容姿も優れている。たとえ彼氏がいても綺麗なのは変わりないので、きっと男子からの人気もあるのだろう。現に「おはよう!」「今日も綺麗だね!」「可愛い……!」という褒め称える声が二人に掛けられていた。

 中には合掌しながら涙を流している男子もいるが、少々大げさではなかろうか。


 女子からの評価は良く分からないが、昨日の美月が洩らしていた話によると本当は内心良く思ってない女子も居そうである。まぁ彼女らに対して「おはよー!」とか口々に挨拶を返している辺り、そう思っているのはおそらく一部だけなのだろうが。


 或いは一応クラスの中では上位グループなので表面上取り繕っているだけか。



(名探偵じゃあるまいし、分かる訳ないよなぁ……)



 当然人の心が読める訳でもない。そもそも美月がいたとしても幼馴染としては疎遠だったので、俺は上位グループに対してこれまで無関心だったのだ。


 美月から話を聞いて、昨日の出来事があったからこそこうして木ノ下さんらに警戒心を持って周囲からの反応を含めて観察することが出来ているが、たった一日ではクラスメイトからの評価を判断するのは難しい。



「………………」



 俺は幼馴染の様子が気になって、ちらりと前方の席へ目を向ける。すらりとした背中姿しか見えないので表情は分からないが、ゆっくりと肩を上下させながら深呼吸をしているらしく、どうやら美月も緊張感を抱いているようだ。


 とにかく教室に木ノ下さんらが登校してきたのだ。

 俺と美月の関係が恋人と思っている以上、相手の出方を伺いつつ、細心の注意を払う必要があるだろう。


 クラスメイトへ機嫌良く挨拶を返している二人だったが、ふと木ノ下さんの視線がこちらへと向く。



「――――――」

「っ」



 にやり、と彼女のアーモンドアイが俺を射抜くように細められていた。

 表情はクラスメイトに向けたような笑顔を浮かべたままなのだが、まるでそれは遊び甲斐のあるおもちゃを見つけたかのような嗜虐的しぎゃくてきな笑みに見えた。


 しかしそれも一瞬。彼女はパッと視線を違う方向に向けると、自分の席へ向かいながら美月へと話し掛ける。



「おはよぉ美月ー。元気してたぁ?」

「はよはよー!」

「…………ん、おはよう。二人とも」

「あれぇ、朱莉ってまだ来てないんだぁ。めっずらしぃ」

「あ、そ、そうね……」



 そうして彼女らはテレビや美容系雑誌の内容などの何気ない会話を交わす。先程の様子から木ノ下さんが美月との関係をいきなり教室で言い触らさないかと冷や冷やしたが、どうやら現在は少なくとも話す気はないようでほっと胸を撫で下ろした。


 美月も身構えていたのだろうが、声音から読み取るに肩透かしを食らったような感じだろう。しかし、そう簡単に安心は出来ない。



(さっきの木ノ下さんの表情……。いくら口に出さないとしても、まだ油断は出来ないよな)



 どこか他人を伺うような反応を示していた古見さんとは違い、きっと木ノ下さんは性格的に平然とした態度で物事を言うタイプなのだろう。

 それが例え相手が誰であろうとも―――物怖じもせずに、打算的な思考で、だ。


 俺がみたところ、カースト上位グループのトップは彼女。つまり、クラス内の影響力を持っているのも木ノ下さんということになる。見た目は完全にギャルだが、昨日の発現と先程の態度からそう判断せざるを得ない。


 さしずめ、『女王』という立ち位置か。


 そんな彼女が面白がって、ふと自然を装って俺と美月の関係をクラスメイトに洩らしでもすれば、大変なことになるかもしれない。



(木ノ下さんに直接直談判するか……? いやでも、恋人同士なの秘密にして貰えるようにってわざわざ言いに行くのもおかしいし、急に俺が教室内で話し掛けたら周囲のクラスメイトは変に―――)



 思う筈、と続けようとしたら、がららっと教室の扉が開く。


 視線を向けると、そこには星川さんが立っていた。彼女は笑みを浮かべると口を開く。



「お、おっはよ~! 間に合って良かったぁ~! ギリギリセーフっ!」

「おはよう、朱莉」

「朱莉、珍しくがっこー来るの遅かったじゃーん。なんかあったぁ?」

「心配したぞー!」

「あははー、ごめんごめんっ! ちょっと寝坊しちゃってー!」



 近くのクラスメイトに挨拶をされながら自分の席へ向かう星川さん。天使と呼ばれるほどの明るさを見せる彼女だったが、何処となく笑顔がぎこちないのは気のせいだろうか。


 心配になりながら星川さんを遠巻きに見つめていると、彼女の視線が一瞬だけこちらを向いた。



「あ…………」

「…………っ」



 思わず俺は声を漏らしてしまうが、彼女はすぐさま目を背けてどこか慌てたように自分の席へと座ってしまう。そんな珍しい様子に思わず戸惑ってしまう俺だったが、周囲には次々に星川さんに話し掛けるクラスメイトが居る。


 気になったとしても表だって星川さんに話し掛けに行くなんて行動力は、残念ながら俺には備わっていなかった。


 

(……ま、そういう日もあるか)



 体調が悪くないのならばなによりである。そう自分を納得させながらふと時計を見ると、もう少しで朝のホームルームが始まる頃合いだった。


 俺はモヤモヤを吐き出すように短く溜息をつく。

 スマホに視線を落として星川さんのトーク画面を覗くも、そこには既読のマークがついていなかった。












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お久しぶりです、ぽてさらです(/・ω・)/

何やら波乱が起きそうな雰囲気ですねぇ……。


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嘘から始まる恋人活動!~今まで疎遠になってたカースト上位の幼馴染が告白してきたけど断った結果~ 惚丸テサラ【旧ぽてさらくん。】 @potesara55

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