第9話 幼馴染と切り抜き動画を観よう
「最初こそ興味は無かったんだけど、星川さんに勧められてる内に暇な時は切り抜きとかいつの間にか観てるようになっちゃってさ。内容はゲーム実況とか日常的な話とか、特に何の変哲の無い話の割に面白いんだよなぁ」
「ふーん、惹き付けられる魅力がきっとあるんでしょうね。その"Vチューバー"っていうのは」
俺の前に座る美月の声に耳を傾けつつ、どの切り抜き動画を見せようかとアプリ内の動画サムネイルを選別していく。
俺が立ち上げたアプリは『
流石に投げ銭機能は使った事は無いのだが、勉強や暇潰しにもなるので毎日何かしらの動画を視聴している程。
そしてVチューバーとは主に『
「ねぇ紬、気になったんだけどこういう切り抜きって誰が投稿してるの?」
「たぶん視聴者かな」
「えぇ……それってなんだかズルくない? こういうのって広告料が入ってくるんでしょ?」
「まぁ確かにそうだな。でもそういう切り抜きのおかげでこれまで視聴していなかったVチューバーを注目するきっかけになるし、おまけに短い時間に纏められていたり字幕やイラスト付きの編集も入ってるときもあるから内容が分かりやすいんだ。それにアーカイブが残らない限定配信の場合だと結構ありがたかったりするぞ」
切り抜き投稿者の中には広告料目当ての漁夫の利を
へぇ、と美月は感心したかのように頷くと、次のように言葉を続けた。
「動画の切り抜きも一長一短なのね」
「おぉ四字熟語」
「な、なに驚いてるのよ……私が使っちゃ悪いの?」
「いやいや、四字熟語って普段日常生活であんまり使わないだろ? 美月の口からそれが飛び出るのは新鮮だと思って」
「……なにそれ」
きっと最初は俺に小馬鹿にされていると勘違いしたのだろう。羞恥心からおずおずとこちらを睨む美月だったが、俺の言葉を訊いてそれが事実ではないと分かると、ぷいと顔を背けて頬を染めながら小さくそう呟いた。
そんな彼女の仕草を見て、俺はしまったなと反省する。
様子を例える為に四字熟語を用いるのは別段おかしい訳ではない。俺自身滅多に使わないということもあり、美月から聞く言葉にしては物珍しい表現だったので思わず口に出してしまったのだが、おそらく言い方が悪かったのだろう。小馬鹿にされていると受け取っても仕方ない。
決して悪意があった訳ではないが、勘違いさせてしまった申し訳の無さが目立つ。かといってここで負けん気の強い美月に謝ってしまえば、勘違いをしてしまったという羞恥が美月の中で再び再燃してしまう可能性も否めない。
となれば、俺に出来ることは話を進めることだった。
「あー、それでさ。こんな切り抜き動画なんてどう?」
「『華麗なるドライビングテク(笑)! まぁちゃその開始十五秒で昇天する追突集』……?」
きょとんとした表情でタイトルを紡ぐ美月だが、案の定の反応といった具合である。
これはとあるVチューバーのゲーム配信動画の切り抜き。内容としては街を探索したり自分の自動車を運転したり強奪出来る普通のゲームなのだが、操作や発言が色々話題……物議を醸して本人が注目を浴びるきっかけとなった動画だ。
「つまり、どういう事……?」
「簡単に言えば、動物を
「メチャクチャ物騒な内容ね!?」
わかる、と俺は頷くが、案外見続けてるとこれが癖になる。
なにせ清楚風なキャラの美少女が道路を横断するライオンやシマウマなどといった動物を轢く間際に、ふわふわした口調で『動物愛護団体かかってこいやぁ~』などと口にして次々に動物を轢いていくのだ。
自信があると宣言していたドライビングテクも実は下手だということが判明して、開始十五秒で赤信号の十字路に突っ込んでトラックにぶつけられて大破&爆発。コメント欄では『草』とか『異世界転生RTA』とか『教習所からやり直し』といったツッコミが大量に湧いて、
俺も視聴した当初は面白いという感情よりまず
「とにかく見てみれば面白いよ……っと、その前に」
「?」
首を傾げる美月を余所に、俺は鞄に入れた小物入れの中からワイヤレスイヤホンを取り出す。スマホを操作して接続させると、片方のイヤホンを美月に渡した。
「はい、ワイヤレスイヤホン」
「…………え?」
「誰もいない廊下と教室はすごく静かだからイヤホンに繋がないと案外大きい音で響いちゃうんだよね。俺もいつもこうして聴いてるし」
「あー……そう、なんだ」
「? どうしたんだ美月?」
なんだか微妙そうな表情を浮かべる美月だが、もしかして他人のイヤホンを耳に入れるのは嫌だったのだろうか。
幼馴染として、そして仮とはいえ恋人として何気なく俺のイヤホンを手渡したのだが、美月の反応から察するにどうやら無神経だったらしい。
「あー、美月ごめんな? やっぱりイヤホンはしないで……」
「ちっ、違うの……! そっちじゃ……そうじゃ、なくて……っ」
次第に声が萎んでいく美月だが、どこか恥じらうように顔を赤くしながらもじもじと身体を揺らす。
綺麗な唇をギュッと真一文字に結んで何かに葛藤していたようだったが、暫くすると決心したかのように自らの制服のポケットに手を入れた。
「ね、ねぇ紬。イヤホンなんだけど……」
「お、おう」
「なんだったら、
そう言って取り出したのは淡いピンク色のワイヤー型イヤホンだった。彼女は結んであるそれを手の平に乗せると、上目遣いで俺を見つめる。
俺は視線を上下して思わず表情をきょとんとさせてしまうが、次の瞬間には美月が何を言いたいのか得心した。そっと顔を綻ばせる。
(つまり、これの方が
音楽を聴くにしろ動画を視聴するにしろ、一つのスマホを男女でシェアするには無線のワイヤレスイヤホンよりも有線のワイヤー型イヤホンの方がよっぽど風情がある。
そして俺達の現在の関係を鑑みるに、こっちで聴いた方が第三者からは
いずれにせよ、美月の頼みならば可能な限り叶えてやりたいという気持ちは変わらない。
「うん、わかった。それじゃあ一緒に観よっか」
「―――! んっ」
ぱぁぁ、っと一瞬だけ喜色の表情を浮かべる美月だがすぐさま元の顔に戻す。
俺はそんな微笑ましげな彼女の様子に目を細めながら、動画のサムネイルをタッチしたのだった。
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