第5話 心理戦・開始
ヨルタ自殺から三日後、『燕の巣』は彼の死を悔やむ間も無く再開された。
他クラスも事件による授業の遅延はせず、E組の名簿からヨルタの名義が剥がされ人数が一人減ったという事実だけが残った。
最高責任者である理事長は、
『これからはこの様な事件を未然に防ぐ為にも私たちの気を今以上に引き締めなければならない』
と発言するも、目立った行動はない。
『燕の巣』は時間経過を利用しヨルタの死を闇へ追いやった。
*
「おっはよ〜!皆んな!」
「「............................」」
一際静かな教室に活発な挨拶を入れたのは金髪に緑の瞳を持つ好青年、キハラ・コウジ。頭ひとつ抜きん出た身体能力と応用の効く心境機能を駆使し実質的なクラスの王に君臨する腕達者。
美しい素顔が繰り出す微笑みは好印象を否めないがその裏には狂気的な程の荒々しい気性が隠れている。
「どうしたの。そんな重い空気醸し出しちゃってさぁ... アッハハッ! 眠いのは分かるけど友達の前くらいシャキッとしなよ
_____こっちまで気分が悪くなる...」
「いやぁ!昨日のバラエティ番組メッチャ面白かったんだ!」
「そうそう!オカクラとヤセのやつだろ!最強だよなあのコンビ!ええぇと.....名前なんてんだっけ?」
「........ぅわっかんねぇ...!」
「そうだよな!ハハハ!」
「ねぇ!この間ネイル変えてみたの!可愛くない?」
「う、うん!メッチャかわいい!何処で買ったの?」
「大通り沿いにある『キャシー』って店だよ。次の今度の休日一緒に行こう....!」
「うん...!そうだね!」
苛立ちが垣間見えた脅しとも捉えられる発言にコウジの奴隷達は気づいたら口を動かしていた。
話題が無くなっても無理やり絞り込み、虚しくなるほどつまらない内容でも延々と話し続ける。これ以上騒げない場合は周囲に溶け込み笑って誤魔化す生徒もいた。
しかし、コウジは____
「....................なんか違うなぁ」
胸の中にひっそりと違和感を覚えていた。
たしかに自分はクラスの奴らにいつも通りを頼んだ。すると奴らはこの通り騒ぐ。面白くもない広がらない続かないゴミみたいな会話を口にして....これで此処の日常が完成した、と思っていたら_____
「ピースが足りてない感じだ」
ほんの少し何かが足りない。いや、少しなんてモンじゃない。
決定的ななにかが無い。つまらないだけ。
何かスパイスの様な刺激を貰えるもの.......スリルが感じられるもの.......。
心臓部分と言える彼の存在がここには無かった。
「アラ.........アラタアラタ、アラタは?何処?」
何処を探してもアラタの姿が見えない。彼の姿を探そうと辺りをクルクルと見回す。
それでもコウジの目にアラタが映ることはなかった。
「あれ?アラタ?アラタは?」
どこのグループに紛れてるのだろうか。それともお手洗いにでも行ってるだけ?
アラタはコウジを見張る為に朝早くから教室に来ていた。コウジが早くに登校し自分のいない間にいじめられるのを見逃さない為だ。
それはコウジも把握済みであり、今日までアラタがいないなど有り得なかった。
(あのアラタだ。どうせいるんだろう?)
「そうだよねっ!」
「___え、うわぁっ!!」
教室の後ろにいたクラスメート一人に目をつけズカズカと進むコウジ。名前も知らない男の胸ぐらを片手で掴むとコウジは自分の身長よりも高く限界まで持ち上げた。
コウジに持ち上げられたクラスメートは腕を振り解こうと抵抗するも、恐怖で力が入らずされるがままの状態だ。
「ほーらアラタぁ!正義感の強い君の事だろぉ!早くかかってきなよ!」
挑発的な態度でアラタを誘い出すコウジ。静まる教室。パニックの男子生徒。
『コウジ!もうやめろ、人を傷つけるな!』
あの時のアラタの表情や言葉全てが心地よい。
その場にいる全員が恐れるコウジにとって、アラタという存在は退屈を感じさせないお気に入りのオモチャと化していた。尤も、それはアラタのことなど対等とは思っていない訳だが。
「いない!いないんだよ!アラタはまだ来てない!」
「ん?」
上の方から声が聞こえた。コウジが片手で持ち上げたクラスメートだ。
「なに?どういうこと?」
「まだ来てないんだ...!ヨルタが死んでから....、この二日...!アラタは来てないんだよ!コウジくんは、昨日と一昨日来てないから分かんなかっただろうけど...」
「.......ふざけるなよ?」
「ひっ.... ほ、ほんとだよ!本当にアラタは来てないんだ!」
この男の言ったことが事実であれば、それはコウジにとっても信じられないモノだ。『善』という言葉が具現化した様な男が学校を休むとはとても考えられなかった。それも聞いた(詰問した)話ではアラタの欠席は無断で行われたらしい。
(欠席するはともかく連絡もなしに休むなんてアイツがするとは思えないな.....)
何か企むとも考えにくい。アラタは常にコウジを正面から挑んできたのだ。臆病になるのは今更だ。姑息な手段をするとも思えない。
「他には?何かアイツのことで知ってたりしない?」
「し、知らない!ただ....フルベ先生はアラタを咎める気はない感じだった.... あの人の中のアラタがどんな評価かは分からない....!けど____」
「オッケー、もういいや」
「え?」
コウジが男の胸ぐらを離す。
「____うぐっ!」
彼の背中から強い衝撃が伝わった。
だがそんなことはお構いなしにコウジは男に興味をなくし側にある椅子に腰掛けた。
「......................なんだよ....いないんじゃん。折角お膳立てまでしたってのに、無駄足か」
コウジは静かに落胆した。自分が作り出した空っぽの空間にはアイツがいない。
アラタはいつもコウジに立ち向かっていたたった一人の人間だった。
一端な正義面を見せつけて自分を何度も邪魔した奴だが、その度に、心のどこかでワクワクした自分がいた。
コウジはいつの間にかアラタを_____
「ん? なんだそれ.....僕はいつから
コウジは他人の影響で自分が変わることを許容しない。
対し、強者として弱者から自由を奪う己のアイデンティティが崩れるのを感じている。
今の状況を楽しめない自分の割合が段々と加害者である悪の自分を飲み込んでゆく。僕の正常が俺の狂気で染まる。
「なにを馬鹿な....自分が自分に飲まれるわけが......................俺は俺だ。僕が________アレ?」
僕?俺。どっちだ。
「おっとー........こりゃ、マズったな........」
(ああああーーーええええ.....と、自分がハッキリしないなぁ。どう呼んでたっけ、自分のこと.....んお、お?僕。いつもと同ぢにににににににによばしっててぇ貰える事のぉのぉあいがとうーーござおまう$%ちとマズイかも.....&ね俺が俺の俺に俺はオレオレ、、カ・フェ・オレぶくくく!ど!俺はぐききものノミめ#んぶってい*うか?お預かり施設ども情緒に自信のついて強うて生きるののの悪な5いよね?ぼおくのシ%...ナ大事い@いぃひぃいい?¥金ないないないないあないあないあない(あないあないナイアナイアナイア内内内(あ)内ない内けどBlake....
俺は!!!!!
____________ピキッ、
「...............ッ! なんだ?今の」
気がつくと、コウジは椅子に座っていた。
(あれは、暴走....?いや、暴走なんて制御機能が未発達の幼児に起きることだ。僕に限ってそんなことする筈がない.....精神破壊?ウツシゴにそんなの聞いた事.....)
身に覚えのない初めての感覚がコウジを襲った。
荒波に飲み込まれ深い海に沈んでいくというよりも、まるでミキサーに粉々にされた自分が飲み込まれ、ゆっくりと時間を掛け溶かされるような奇妙な感触。
最後には何かを思い出したような幸福感に包まれる寸前に。
「目が覚めた」
なんの前触れもなく始まったアレは一体なんなのだろう。
少なくとも自分が原因とは思えない。
ウツシゴは授かった心境機能によって得られる耐性がある。
1つ、自身の得られる能力に対しての耐性。いわゆる制御機能。
2つ、類似する系統の能力に対しての耐性。コウジに関しては精神攻撃耐性。精神侵食耐性、精神汚染耐性ともいう。
制御機能は体の成長と共に発達する。歳を重ねれば重ねるほど精度は上がり、十歳にもなれば、まず暴走や崩壊はなくなる。
対して、2つ目は自身の能力の強さに比例する。
コウジの能力は『
であれば、濃厚なのは他者からの攻撃か。
(けど、こん中に耐性のある僕に攻撃する奴なんているかな?)
コウジがそう考えたのは当然だった。コウジの心境機能は他の上級クラスと比較しても遜色ないほどに優れており、言い換えればE組のメンバーとは格が違うのだ。
欠陥ありきの能力、低威力の能力、デメリットを抱える能力、其れ故に脆く使い勝手の悪い。
(じゃあ......可能性があるとすれば他クラスからの攻撃か.....。面倒くさいな.....行きたくないし、そもそもどうやって見つけんだよ)
現状、コウジには相手を特定できない。『脳溶波』は超攻撃特化型の精神干渉系。相手の防御を無視して直接脳を攻撃するというものだが、探知などのサポート効果は皆無だ。
(認識した以上防御は確実にできるからいいんだけど、防戦一方は避けときたい)
こちらから探すことができないのであれば、コウジの対抗手段は存在しない。
それはコウジにとって詰みを意味する。
精神干渉系の心境機能保有者の多くは場所に縛られない。
相手が分かっていればその者の脳波やオーラを確認してマーキングや特徴を覚える。
脳波やオーラは個人個人が色や大きさが異なる。
探知というのはそれらを見つけ出し標的を捉える事だ。
しかしながら、精神干渉系が認識しない以外にそのオーラというのは視認できない。
それは攻撃側と被害者側の両方しか認識出来ないということ。他者の認識もなければ介入も有り得ない。
だから精神干渉系の保有者は場所に縛られないのだ。
逆にコウジは探知ができない。攻撃された相手を逆探知する事は出来てもコウジから相手を探知する事は出来ず場所を特定できない。
更に、コウジの『脳溶波』発動条件は手の平で相手に触れること。
この二つの事実を見ればコウジは必然的に先手を取られ、居場所を突き止めたとしても攻撃手段がない。その間にも油断できない精神干渉が彼の防御を確実に弱らせる。
正に袋の鼠。コウジがやられるのは時間の問題だった。
「これだから『同種』は嫌いだ....。やることが意地汚いんだよなぁ.......」
コウジは昔から自分の心境機能を嫌っていた。
単純に精神干渉系自体が気に入らないから。
現在は幾分かマシになってはいた。しかし、自己嫌悪の念が全く消えたわけではない。
アラタには便利だなんだと御託を抜かしながらも心の中には蟠りが絶えなかった。
「自分の能力と向き合う..........良い機会かもね....」
E組代行科 キハラ・コウジ。彼と正体不明の敵による『心理戦』の火蓋が静かに切られる。
「試合開始。楽しんでいこう」
コウジは席を立ち教室を出て行った。自分すら分からない目的地を目指して。
*
(さって.....これからどうするかなぁ)
本館の無駄に長い廊下を歩きながら今後の方針を建てるコウジ。
ざわざわ.......
「......見ろよ、キハラだ。キハラ・コウジ」
「アイツがか?クッハハ!E組にしては綺麗な顔立ちじゃないか....」
「代行科じゃなくホストにでもなればいいのに」
「もう、聞こえるって.....!」
「あはは....」
「ふふふ.......」
「.................」
歩く最中、すれ違う生徒の陰口が耳に入る。
ぬるい.....ここは退屈だ。
コウジのクラス階級を知っている者達は、彼の顔を見た瞬間に嘲笑い、見下していた。
コウジは知っている。その下品な目線と悪趣味な思考回路を。
他者に注目されたいという承認欲求を満たされたいが為に窮屈な言葉の幅の中から絞り出した文章をなんの捻りもなく口から放つ野蛮人。
口だけしか脳のないバカのことなど心底どうでもよかった。
言いたいだけ言わせておけばその内収まるだろう。
(とにかく今は相手がどこにいるか探さないと)
今のところコウジに攻撃を仕掛けた奴の主な情報はたった二つ。
系統はコウジと同じ精神干渉系、遠距離攻撃が可能な精神汚染型。それもかなりの使い手だ。
何より奴は一方的にコウジを知っている。
(だったら、相手は此処の関係者だよな。出力は......不意打ちとはいえ僕の防御を貫通したくらい。だとするとB組クラス、若しくはそれ以上.....)
(けど、相手が力をセーブしたとも考えられる。能力値は僕よりも高い.....てのも有り得る。不意を突いたのも能力値の差は関係ない。隙があれば利用するし、僕だってそうする。あと考えられるのは_____)
「ん?」
廊下の色が暗い。影だ。
ふと上を見ると、人がいた。コウジよりも一回り大きい肉体に雑に着こなした制服の上からでも分かる贅肉の乗ってない引き締まった筋肉。そしてブラウン系の髪から透けた大人びた顔立ち。
「レン君。おはよ」
男の名はクウガ・レン。アラタ、コウジとは同じ一年E組代行科の生徒であり___
「退いてくれるかな?僕これから行かなきゃならないところがあるんだ」
「........」
「え、えっと.....レン君?」
「コウジ.....、もうすぐでチャイムが鳴るから、用を足すなら手短にな」
「......う、うん.............分かった。善処するよ」
コウジが苦手とするただ一人の同級生である。
「おいコウジ!トイレはそこだ!」
「え!?」
「早く!」
「はい!」
*
「お、思わぬ災難だ......」
男子トイレの奥にある個室でどっ...と溜まった疲れを癒す。しかし、レン君の相手はとても神経を使う。
彼の汚れてない心は見ていて精神力を持っていかれそうだった。クラスでの僕の行いを知っていながらレン君はまるで無かったかのように接する。さっきもホームルームに間に合うか分からなそうな僕を心配していたし。
あの素直な性格は僕にとって毒以外の何物でもないというのに。
「やっぱり僕って捻くれてるよね....」
純粋な善意。これほど気を使うものはないと思う。自分が悪いと思ってるからこそ申し訳なく思うし、受け取れない場合が多い。
やっぱり僕は生粋の敵対者だ。
さて、今のところ二度目の攻撃はない。
逆探知狙いで沈黙を作ってみたけど、流石に相手のバカじゃない。場所を移した僕を警戒してるんだろう。
けれど、これ以上の情報を得られない分、僕にできる事は推察の域で終わる。事実には達せない。
しかしそれは相手も同じだ。時間が経てば僕の体力も回復するし、アッチの手札に決定打は存在しないはずだ。
まぁ、さっきのが最大出力だったらの話だけどね.....。
「少し、煽ってみようか.....」
僕はトイレを出て廊下に立つ。もちろんホームルーム開始直前なので僕以外の生徒はいない。
僕が反撃するには相手がもう一度、僕に精神汚染を掛けてこなければいけない。
狙うは一瞬、センサーは広範囲に感度は最大で。
その時、ホームルームのチャイムが鳴った。
大きい鐘の音が館内を巡ってゆく。スピーカーから流れ出た振動はやがて館内の空気を余す事なく満たしてゆく。
「見っけ!」
僕は障害物のない廊下を走り抜ける。獲物が尻尾を出してくれた。
逃がさないからな。
ヴォイドカウント 所長 @Haruki514
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