第4話 相容れない

(あの言葉は...本当なのか...?)


____『強者を優遇し、弱者は死ぬ。それがこの高校の姿勢なのさ!』


フルベの激昂が頭からこびりついて離れない。


授業が終了した放課後、アラタは男女兼用の寮へ戻っていた。六畳程度の子部屋にベッド、テーブル、クローゼットなどの生活必需品が置かれた成人手前の若者にとっては十分な部屋が利用者に渡される。因みに部屋に設置された家具は全て学校側からの支給品である。


(代行士はガストから弱者を守るんだろ?蹴落としてどうすんだよ........やっつけるのは人じゃなんかじゃない、ガストだ。その思いに優劣なんて無いんだ。みんな同じ目標を持ってるのに、なんで.........)


傍にある真っ白なベッドに倒れ込むアラタは昼休みに緊急に開かれたホームルームという名の説教を思い出す。彼の放った無慈悲で突発的な発言がアラタの思考を掻き乱している。


..........今まで自分の正義を疑った事はなかった。

弱者を助け、強者に立ち向かう。鋼の心を持つありきたりなヒーロー像に憧れたアラタは幼少期から現在に至るまで、偶像とも言える背中を追った。犯罪、紛争、テロ、そして天獣ガストの蔓延る世界。


ウツシゴの力で貧民街を生き抜き、幸運にもEPB職員に保護され大国であるストライアへ移住したアラタは、その力を存分に奮った。『燕の巣』入学以前まで暮らしていたEPB管理下の施設では能力パラメータは施設内三位にまで上り詰めるまでに至る。小国ならばまだしも、王国内のウツシゴの人数はアラタの世代だけでも約200名以上。上下の世代を組み込めばその数は何倍にも膨れ上がる。加えて、王国のウツシゴは『燕の巣』への入学目的が大半を占めていた。世界でも難関校の一つとして数えられる『燕の巣』を受験するウツシゴは当然、自他ともに認められた実力が備わっている。数も有れば質も良い。ストライア王国は己の人生を賭けた者達が集うある種の闘技場コロシアム。欲望渦巻く超人の世界で生き残り、晴れて入学を果たしたウツシゴは他者からの賞賛を受けながら夢へ一歩近付くのだ。

当然の如くアラタも其の内の一人となる。配属先は底辺のE組ではあったが、これから先に仲間と共に高め合い、自分の求めた正義を掴もうと、そう、考えていた矢先の出来事だった。


中身を開けばどうだ。守る対象である弱者を自殺と結論付け、強者は起こした問題を学校側が揉み消すという優劣を見せつけんばかりの格差社会。


「オレのやり方が、間違っていたのか?______あんな奴が、正しい...?」


もし、学校側が望んだ世界があるとすれば、それはアラタが思い描く平等に夢を追う場所ではなく___あんな奴、キハラ・コウジの行った弱者からの搾取する地獄だろう。


「____っ有り得ない!!」


アラタは狭い部屋で一人、声を荒げる。このままではアラタの志は、巨大な意思によって潰される。此処で生き残る手段はある。だが、執行はアラタ自身の挫折を意味していた。

同級生の顔を殴り、脅迫し、最後は殺すコウジの姿。自分がそっち側に立つことなど考えられなかった。


「クソッ....

       これから、

             オレは........!」


アラタは是認しがたく苦悩が続いてゆく。

その天気は心情を表すがの如く、雲が空を包み込み、薄暗い闇が国全体をのみこんでいた。



   *



『燕の巣』本館二階、職員室にて___


「ふぁああ〜.....あぁぁ〜.....」


フルベの間抜けな欠伸が室内に響く。集中力を欠くような覇気のない吐息に彼以外ほぼ全ての教員が怒りの眼差しを向けることになるのだが......、肝心の本人は我関せずの表情を貫き椅子の背もたれに身を任せる。

ヨレヨレのシャツ、ボサボサの髪に目の下には薄らと通った隈。見た目の通りフルベの日常生活は到底生徒に見せられるものではない。中でも寝不足は日常茶飯事。フルベ本人ですら既に改善を諦めるレベルだ。何度喝を入れようとまたうっとりと視界がボヤけての無限連鎖。眠気を祓うことは、睡眠欲求を更に高めさせることに繋がる。


.....もうこのまま寝てしまおうか....


とゆっくり瞼を閉じた、その時___


「また寝てないのか。起きろ“フルベ”」

「ふぐっ!」


瞼の上から聞こえてくる男の声と一緒に放たれたチョップがフルベの脳天に炸裂する。やはり人間は認識の外からの攻撃に弱いのか、無敵だった眠気はいつの間にかどこかへ飛んでいってしまった。


やっと意識が覚醒したフルベは重い瞼を広げ..........



「.........................」

「.........................」


「.........................」

「.........................」


「.........................」

「.........................」


「眠い...」


フルベは自分の顔を覗く男に目もくれずまた瞼を閉じた。


「クドい!!いつまで寝てんだ!もう放課後だぞ!?」


若干、というか結構キレながらフルベに劣らず根気強く起こし続ける白髪若男。左眼に眼帯、左側頭部には10cm程度の痛々しい古傷が刻まれた顔に、捲られた袖からチラリと見えた腕は顔のモノと同じとはいかずとも年代ごとに重なった傷がクッキリと浮き出している。


A組___


『燕の巣』に於いて最強を手にした者であり世界の宝石。大国に集うウツシゴの頂点。世代から選ばれた男女20名は一つ下のB組ですら天と地ほどの差があるとされる。突然変異としか考えられない生物の域を超えた肉体を持ち、研ぎ澄まされた心境機能は人類の脅威を滅す可能性を秘めている。


彼らは世界の、人類の、希望の象徴たり得る存在なのだ。


そんな事はさて置き、癖者揃いのA組を手球に取り英雄へ近づく為の教育を施す者はどうだろう?力に自惚れ自尊心が肥大化する若者を更生させるにはどれだけの才能と研鑽が要るだろうか?どれだけの誇りと不屈の精神が必要だろうか?


求められるのは生徒以上の実力と実績、そして強い自己肯定。

当てはまる人間が居るとするなら、それはこの男だけでありこの男以外には有り得ない。

隊長として常に最前線を進み幾多の獣の命を借り続けた正真正銘の実力派。未だ現役だった頃と大差ない身体と心境機能を持ち、A組の生徒全員の信頼と憧れを勝ち取った人物。


ムカイ・ジューゾー 二十八歳

1年A組代行科担当教師である。


...................

.............

.......

..


場所は変わり、燕の巣、本館ロビー、休憩場にて_____


「...ほら」

「サンキュー」


ムカイは紙コップに注がれたコーヒーを両手に持ち片方をフルベに渡す。天下のA組教師が底辺のE組教師に。


「___最近どうだ...?お前のクラスは」

「別に何もねぇよ」


..........................。


暫くの沈黙が続く。

ムカイは直様重い空気を破った。


「.........そ、そうか...!良かったな...!ははっ....」

「___何が可笑しい?E組で何が起きようとお前にもお前のクラスにも何ら影響はない筈だが?」

「.......っ、ああ...そうだな...」

「..................」

「..................」

「........そういえば、出張先でお前の生徒だったノウトに会ったんだ.....!アイツも凄かったぞ?もう立派な代行士になってさ____」

「底辺のE組出身者相手にA組担任のお前がよく話しかけたな。気まずさは感じなかったか?」

「いや、俺はただ....」

「お前の口から俺の生徒の名前を出すな。反吐が出る」

「..........スマン」


ムカイが何度切り返そうが、段々と話が悪い方向へと進んでいった。


二人の会話は正に異質だ。フルベの顔色を窺うような低姿勢で落ち着かない様子のムカイに対してどんな話題を持ちかけられようとも話を切るだけでなく、寧ろ切り出したムカイを罵倒するフルベ。今の会話を『燕の巣』関係者に訊かれなどすれば大きな話題となるだろう。クラスの差は担当する教師にも影響するからだ。どんなに過去の成績や評価が低かろうと、自分と同じような人物が居ようと、A組の担任となれば上から実力を認めてもらえたという実績に繋がる。その者はA組を任せられるほどに『力』がある、という事だから。

逆にE組の担当を任された教師はどうだろう。才能もなく、努力もせず、ただの身の程知らずのガキを相手に己の精神とプライドを削り続けられ、仕事仲間からはバカされ無力のレッテルを貼られる。溜まった上司のストレスの掃き溜めとなるのはいつもE組の担任教師だ。フルベはムカイに頭が上がらないのが道理...............それが、今回ばかりは勝手が違った。


次はフルベが口を開いた。


「なあ、お前はどうして俺に謙る。お前は夢だった教師になった、それも今年は誉あるA組担任として。そうだろう?」

「....................」

「逆に、俺は単に上からの命令だった。言われるがままE組のゴミ屑共に熱意もなくただ教材の文と実体験を聴かせるだけだ」


するとムカイが上司に向ける様な目でフルベを申し訳なさそうに見つめる。尤もフルベにとってはムカイの言いたそうなことなど手にとる様に分かってしまう。


「そんな目で見んじゃねぇよ。言いたいことぐらい分かってるさ。俺がもっと生徒と向き合っていれば、情が湧く程度にはなる.....と、思いたい」


自分の事であるにも関わらずフルベは最後に『思いたい』と口にした。フルベは自らが志願して此処に来た訳ではない。命令され、同じ作業を繰り返す。代行士時代と何ら変わりはないと感じているのだ。生徒と長く触れ合えば、心の距離も自ずと短くなるというものだが......


フルベにその常識は通用しない。生徒と対話、談笑すら『仕事』という括りに収まる程度の価値としか考えてないから。


「____いい加減夢を見るのはヤメロ。お前の夢はもう叶ってるだろうに、そりゃあ高望みってモンだぜ」


それはムカイに対する案じ、フルベからの私情のない純粋な忠告。

理想の自分フルベはいないんだ、という知らせだ。


「俺はもう本部に行く気はないぜ。追い出された様なモンだしな」

「フルベ...!」


ぬくなったコーヒーを飲み干し休憩所を後にする_____その時、ムカイが今までとは異なる表情でフルベを呼び止めた。


「........他の先生から聞いたよ。お前の生徒、自殺したんだろ?

......今がチャンスなんだよ!俺が情報弄って上に伝えればお前はまたあの頃に戻れる!痕跡なんて残さないし、なにより願ってんのは皆んなだ!俺だけじゃないんだよ..............!」


なんと、必死と滑稽という二文字が似合う醜態だろう。A組の教師である事を忘れそうなくらいだ。


「.........ふっ、バカが。遅せぇんだよ、なにもかも。俺とお前は既に、。送られる側から送る側によ」


今度こそフルベは休憩所を去った。振り返りはしない。そうすれば、またムカイが呼び止めると知っているから。しつこく、頑なにあの『』へ連れ戻そうと。


(.........けど、俺の教育方針じゃあ長続きせんかもな)


フルベは歩き続ける。たとえ生徒を地獄へ送るのだと知りながら。

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