第3話 本質

アラタが教室に戻ると、生徒の多くが窓から下を覗いていた。

此処からでもヨルタの小さくなった死に体がよく見えるだろう。どうやらスズカ以外の医療科の教師が死体の状態を確認をしているらしい。


だが、アラタにとってはどうでもよい話だ。


窓から覗くわけでもなく、特に優先すべきなにかも持ち合わせていない。コウジはヨルタが生きていようが死んでいようが興味ないのは明確だった。薄っぺらい笑顔を浮かべるコウジの胸ぐらをアラタは強く掴む。


その瞬間、一気に教室の空気が重くなった。


「お帰りアラタ。結構早かったね」

「コウジ....お前...なぜそこまでしてヨルタを追い詰めたんだ....」


アラタの憤りとは裏腹にコウジの表情は親しい友人と接するかのような明るさ。罪悪感など微塵もなく、それを表に出すという倫理の欠如。さしずめ愉快犯と言っても間違いではない。コウジの笑顔は容赦なくアラタの神経を逆撫でする。


「なにがおかしい?」

「別に、これが普通さ」

「.......ああ、いつもヨルタを殴ってた時の顔だ.....人を弄ぶその顔がムカつくんだよ!」


溜めに溜めていた本音がついに爆発した。何度も見ていたヨルタの傷ついてゆく体、コウジが嬉々として暴力を繰り返す光景が脳内再生フラッシュバックされる。


なにも出来なかった自分にも心底腹が立つ。


「よかったぁ....やっぱり君もあるんだね!負の感情ってヤツ」

「.............................なに?」

「ずっ......と気持ちわるかった。溢れ出す正義感っていうの?なんかこう、うまく言えないもどかしさがあってさぁ...全っ然君とマッチしないんだよ。この際だから教えてあげる。君はこっち側の人間さ。側じゃ優等生っぽいこと抜かしてるけど中身が出た途端これだ」

「一緒にするなよ!」


「じゃあ、この手離してくれる?」

「は____グゥッッ!!」


見えない電撃。コウジがアラタの手に触れた瞬間、全身に激しい痺れの感覚に襲われる。アラタは激しい激痛により、胸ぐらを掴んでいた手を引いてしまう。


「..................」


(やっぱ見えねぇ....いや、見えないのも当然か....)



ウツシゴの真価は高い身体能力ではない。


それは人間と最も分かりやすい相違点であり、彼等でしか成し得ない芸当を創り出す、そしてEPBがウツシゴを管理下に置いた最大の所以。


心境機能しんきょうきのう

肉体や物質、時には概念や法則にすら干渉する、奇跡の能力。天獣ガストを相手取る代行士などの戦闘職はこの心境機能を用いて獣畜生では理解出来ない変則的且つ、一人一人が自身の能力を最適化させる為の独特な戦闘スタイルを編み出し、相手を殲滅する。


EPBはウツシゴの心境機能にいち早く目を付け、強大な力で世に大きな利益を齎したのだ。


脳溶波ダウンブレイン.....手の平から特殊な信号を送り、擬似的な感覚を相手に強制させる。対象は機械だろうが生きモンだろうが関係無い。.......お前は、教室を監視するデンテイに偽の映像を流して無力化。気兼ねなくヨルタをボコすことができた。そうだな?」

「この力、意外と便利でさ。信号には僕の意思が込められるから、やりたい事は結構なんでもやれちゃうんだよネ〜」


つくづく思う。何故コウジはE組などという小さな器に収まっているのか。脳溶波は手の平に触れなければ無力だ。だが、一度触れさえすれば生き物であれば脳が耐えられないほどの負荷をかけられ、絶命を免れない。


機械の類は更に相性が悪い。逆探知による捜索を行い、元となるマザーコンピュータを乗っとれば意のままに操る事ができる。


汎用性、殺傷生、どちらも一級品に近いコウジの能力は、明らかに上位クラスだ。


「ホント...なんでお前が此処に居るんだろうな...」

「学校側の意向だ。どうしようもないって言っちゃそれまでだけど、今は満足してるよ。寧ろ有難いとすら思う」


好き勝手やれるからね。コウジの考えてる事は言葉で表さずとも感じ取れる。忌々しいにやけ面がいい証拠だ。


「僕がヨルタ君にそうしたのは友達と話したり、恋人と過ごしたりするのと同じさ。今この時がずっと続けばいい。そんな一途な想いを君は無下にするのかい?」

「.........もういい。喋んな」


狂気とも思える眼差しは絢爛なる男を決して逃さない。硬く握り締められたアラタの拳が加速し、コウジの頬を目掛けてその距離を詰めてゆく。肉眼では捉えることすら困難な超スピードを生み出せるのは、彼が優れたウツシゴだからこそ可能な芸当だ。


「......優しいんだね。アラタは」


刹那の出来事。直撃を確信していたアラタの拳はコウジの頬に触れる事ができずに手首を掴まれ阻止される。


「コウジぃぃぃ....!」


「ナイスガッツ!」


「____________!!!!!!」


白目を向き、その場に崩れ落ちるアラタ。その姿にE組の生徒は一斉にどよめいていた。


これまでアラタはコウジの攻撃に怪我を負わせられたとしても、決して気を失う事はなかった。

そして、それ自体が異常なのだ。コウジの擬似電撃は、大型動物ですら確実に落とせる巨大出力。ウツシゴの強靭な肉体であっても、失神は間違いない。

だが、アラタの精神力は並の生徒の比ではなかった。それこそ、鉄のような。

この瞬間、コウジの実力が再認識されることになる。


「完全に伸びてるね。勝負アリかな....」


コウジが揺さぶってもアラタは一向に目を覚さない。意識は完全に遠のいたのだろう。


(やっと見れたアラタの本質...けど、まだまだガード堅いね...)


コウジは謎に包まれるカンバラ・アラタという一人の人間を解き明かせはした。

正義感が強く、弱者にも優しく接する。時には守り、時には助ける。友達でもないただのクラスメートにすら情が厚い優等生。

だが、アラタは初めてコウジに殴りかかってきた。自ら手を汚す事を選んだのだ。


アラタの本質は別にある。

根底は自分と同じだ。気に入らないものは壊れようが死のうがどうでもいい。溜まりに溜まった日々のストレスを吐き出すゴミだめとしか見えていない。


...彼の能力はどんなものなのだろう。


心境機能は心の鏡だ。能力こそ人の本質を明確に表す。コウジはおろか、クラスの全員がアラタの心境機能を知る者はいない。

今回も、あの状況ですら格上と知ったコウジを前に体一つで立ち向かった。


一体何故隠し続けるのか、知りたい。アラタの真価を確かめたい。


「けど、今日はお開きだ。楽しかったよアラ______」


突然コウジの首が絞まり、体が浮いた。理解し難い。いや、元は目の前にある。おかしいおかしいおかしいおかしいおかしいって!!!

アラタが立ち上がり、いつの間に自分の首を絞めていたなど。


「凄いなアラタ...!」

「コウジィィィ...!」


起きた瞬間、内臓が煮え繰り返るような怒りが、ぐつぐつと湧き上がった。このままコウジの首を折れば収まるだろうが、そのような愚行は許されない。それでも時が経とうがこの怒りが鎮火する訳でもない。


「どうやって起きたのか教えてくれる?」

「知らねぇよ。お前の出力が弱かったんだろ」

「そんな事はない。失神並のインパクトは起こしたはずだよ。現に君は気を失ったじゃないか」


アラタの覚醒は本来では考えられないスピードで行われた。時間にして僅か十秒程度。コウジがイメージしたものは積乱雲の繰り出す雷撃だ。人程度、容易に殺害可能な威力を持つ。


それでもアラタ不屈の精神力には意味を成さない。コウジは踏み込んではならない領域へ既に踏み込んでいたのだ。


「僕の負けだ。気が済むまでやるといい」

「夢ん中でヨルタに詫びろ」

「謝罪は蘇生術か何かかい?」

「______死ね....!」


殺意の一撃がコウジを破壊する



   *



_________かに思えた。


「あぁ...?」

「フルベさん邪魔しないでよ〜」


アラタの拳を受け止めた腕はとても細く脆そうだった。成人男性の腕の重さは約3kg。それが音速並のスピードで向かってくるところを片手で防いだ。勿論ただの人間に出来るとは言わない。であれば、その者の正体も自ずと判明しよう。


「フルベさんじゃねぇ。フルベ先生だろ」


細身で長身の肉体に一枚のワイシャツと緩く絞めたネクタイ、ジーンズを着込み、漆黒の黒髪をたらした眼には隈がうっすらと見えている。


名をフルベ・ロウ。

アラタ達の一年E組の担任を務めるウツシゴの教師だ。


「全員座れ。説教の時間だ」



   *



「お前ら、もう分かってると思うが昼休みにこのクラスのオトベ・ヨルタが自殺を謀った。死因は屋上からの落ちたことによる転落死だそうだ」


『..................』


曲線を描く講義机に座るアラタを含んだ十九名の生徒達。彼等は聖地管理局EPB直属天獣対策部隊『代行士』を志す者達が集った、代行科である。


選ばれるウツシゴの多くは、受験時に送信される生徒の情報が記載されたパラメータの数値が極めて高いエリート集団だ。


志願した約五百名の内、上位百名がその狭き門を潜り抜け、更にA〜Eの五段階に配分される。


つまり、ここに居る生徒E組はエリートであり劣等生である矛盾の存在。自身の能力も測り切れず身の丈に合わない夢を持った倨傲きょうごうの集なのだ。


「出来損ないのお前らに俺は何度も注意したよな」

『.................』


フルベは教師らしからぬ威圧的な態度でアラタ達の前に立つ。だが、担任である教師の言葉を真正面から食らっても彼等の瞳はフルベを写さない。


この悲惨な有り様にフルベは思わず深い溜め息を吐いた。


「なぁ、百人の生徒がなんで五段階に分けられるか知ってるか?を失くす為だ。だから燕の巣はイジメが起きた記録なんて殆ど無いってのに....」


フルベは呆れを通り越して逆に感心していた。


___今から数十年前、燕の巣が創設された当初に遡る。


百名の生徒達は二十人ずつの一組から五組という数字で割り当てていた。その選出条件には能力の大小は関わっておらず、入学した新入生徒はこれから楽しく学校生活を送る筈だった。


しかし、創設から五年。


代行科の生徒が実践訓練として模擬戦を行ったところ、対戦中に一人が死亡。

原因は能力の格差で起きたイジメだった。


「身辺調査を行ったところ、死んだ男子の対戦相手がイジメの主犯格に殺せと脅された事が判明している。主犯格の生徒は言葉の綾だったとでも言ったんだろうな。コイツに課せられた罰は担任からの指導のみだった.....」


生徒は相も変わらずフルベに興味を示さない。


しかし、それはフルベにとっても同様だ。


「死者が出たのにも関わらず加害者側に相応の罰は降らない。どう思う?おかしいと、お前らは思うか?」


正しい答えは『間違っていると思います。不平等などこの世にあってはいけない。罰は正しく降ろされるべきだ』


と、正義感の強弱関係無く正常な倫理観を保った人間ならばそう答えるだろう。行動には責任が伴い、同じく業には罰を、闇には光を以って浄化される。人の社会が法の下で成り立つのはその為だ。


「たしかに、この事件は理不尽の塊だ。それを承知の上で問う。コウジ、お前はどう思う」

「う〜ん....先生」

「なんだ」


コウジの顔はいつもの気に食わない笑顔ではない。とても真面目で芯のあるような面持ちだ。


「話聞いてなかったんでもっかいお願いします」

「...................」

『.....................』

(馬鹿......)


コウジは鋭いゲンコツをお見舞いされた。


「いいかお前ら。不条理だとか理不尽だとか思ってる奴は、今すぐこっから出てけ」

「な、何を言ってるんだ先生!」

「そうです!そんなのおかしいって!」

「なんで加害者の味方すんだよ!」


先程までの沈黙が嘘のように消えたと思えば、逆に教室を支配したのは、ヨルタの死体に群がりコウジの圧力に怯え、只々自分の保身に精一杯な生徒共の反論だった。


____________うるせぇ!!!!


『.................』


「いい機会だから教えといてやる。お前らの夢は『代行士』に入ること。この科を選んだから反論は無い筈だ。で、代行士の奴等が何を相手してるか知ってるか?」

天獣ガストです...!」


E組の生徒、ツダ・トオルがそう答える。


「正解....と言いたいところだが、50点」

「な、なんで...!」

「おそらく殆んどの奴がそう思ってる。別に間違いって訳じゃないぞ。トオル、お前は勇気を出して自分の意見を言った。感謝する」


トオルは自分の答えの何が間違っているのか聴けないまま礼を言われ、頷くしか出来なかった。


「コミュニケーション!友情!協力!大いに結構!ただし、であれば、な」


代行士はあくまで戦闘職。死と隣り合わせの現場で自分の目の前にいる19名の生徒がどのように向き合うつもりなのか、フルベは考えていた。肉体の最盛期から五年は経った今、未来の代行士を育てる立場に落ち着いたフルベは世間からのイメージからではなく当事者からの視点として学校生活を送る彼らを観察していた。


しかし、彼等から見えたのは代行士候補生としての崇高な志ではなかった。友と笑い合う平和、恋人と愛し合う平和、趣味に没頭する平和、日常を楽しむ平和、平和平和平和平和平和平和平和平和平和平和平和平和平和平和平和平和平和平和平和平和平和平............


お前らは平和を楽しむ側ではなく、守る側だということを忘れていた。


能力の高かろうと弱かろうと彼等は同じ立場として過ごしていたのだ。


「答えは全て。目に見える者全員だ。

他人を蹴落とせ!自分を高めろ!ここはわかりやすい実力主義だ。強者を優遇し、弱者は死ぬ。それがこの高校の姿勢なのさ!」


E組は敗者の集まり。能力値の低い者達の集う鳥籠だ。だが、フルベの瞳には既に映っている。才能ある原石が、未知数の化け物がたった四人。

必ずそうなる。笑うのはコイツらだけだ。


「十九名の生徒諸君!これが君達の学舎。燕の巣の本質だ!」

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