第2話 爪研ぎ

ッドォン......!!


ストライア王国国立能力育成高等学校『燕の巣』。大国が建ち上げた広大な敷地を持つ学び屋に、発砲音の様な重たい音が鳴る。


「はぁ...はぁ...はぁ...はぁ......うあああああああああああああ!!!」


一人の男子生徒がこの音が聞こえて最初に取った行動は伏臥位だった。荒々しく、身の危険を感じさせる轟音。映像の中で聴き慣れた発砲音と思われるものを『生』で聞いた心境は驚きと恐怖により呆然とならざるを得ない。

キョロキョロと辺りを見回し、そして彼がを目にした。

地上からおよそ60m。おそらく、が落ちたのは屋上からだろう。頭部が扁平し脳がアスファルトの いたるところに散らばる。身体の離断、断片化などの甚だしい所見がみられ、街路樹や花壇の色鮮やかな花々が鮮血に染まる。


素顔はギリギリ原型を保っているが彼の記憶にその顔と合致するものはない。それは彼が二年生、ソレは一年生だったからだ。また、年の入れ替わりからあまり期間が経ってない事もあるだろう。


「じ、自殺だーー!!」


窓側からの声がトリガーとなり、館内に居る生徒が興味本位で顔を出し始めた。はじめは十もない数だったが、ぽつぽつとその数を増やし始め、気が付けば百以上の生徒達が死体に釘付けになる。


「コウジ.......!!」


その中にはアラタの姿も混じっていた。

コウジへのどうしようもない怒りに歯を食いしばいながら人混みを突っ切り廊下を走って階段を降りる。最早タクヤからの逃走は頭から綺麗サッパリ抜けている。息を切らしながら外へ飛び出し転がる死体とそばで腰を抜かした生徒の方へと駆け寄った。


「.......はぁ.......はぁ、...........大丈夫ですか」


アラタは声を荒げず、冷静に、私情は挟まず、先輩の男子生徒に尋ねる。


「.................あ、ああ」

「とにかく、先ずは此処を離れましょう。皆んなが見てます」


本館の窓から伝わる無数の生徒の視線。しかしながら、その殆どは自分自身の欲求を満たす為の行為に他ならない。勿論、心配の目で見つめる者も中には存在するだろう。だが、この状況で第二、第三者を視野に入れる者が果たしてどれほど居るだろうか?


アラタは男子生徒に肩を貸し、そのまま本館内部にある保健室へと向かう。


「すみませんが、お名前は?」

「...........スズラギ・シュウだ」

「では、スズラギ先輩。後は保健室のベッドでゆっくり休んで下さい。多分、直ぐに先生達に事情を聞かされると思うので.....」


アラタはシュウを励ます為、軽い冗談を入れながら介抱する。そのアラタの様子を見て、シュウは微妙な違和感を感じた。


「オマエ、冗談言うんなら.......そんな顔すんじゃねぇぞ.......」

「はい?」

「今にもだ」




「そうですね。それで....いや、そっちの方がいいです」


振り向き様にチラリと、血に塗れる小さな体が彼の瞳に映った。

何度も見ていた。教室の隅でよく本を読む姿が印象に残る。いつも一人、他の連中と喋っていたような記憶もあまり無い。少なくとも自分と交流が無かったのは確かだ。

だが、少なくとも彼に寂しさを感じることはなかっただろう。彼の眼は本を読む時だけあんなに輝いていたんだから。ページを捲る度に、瞳の輝きはどんどん増していく気がした。栞を挟む時だけムッとしたり、授業中は何処となくソワソワしていた。ヨルタは、本が好きなだけだったんだ。どうしようも無い、他の連中なんて関係無いくらいに、真っ直ぐな、本好きだった。


それだけだ。


それだけだったのに__________


「_________........」



   *



「失礼します」


スライド式のドアを開け、中へと入る。場所は確かに保健室だ。

ベッドが二つ、白い棚には救急箱、包帯等の簡易的な医療器具がだだっ広い部屋に並んでいる。

しかし、本命の教師の姿が無い。


「留守か...?」

「いや、もし留守なら施錠されてる筈です。先輩は一旦、ベッドで休んでて下さい」

「あ、ああ....」


アラタはシュウの身をベッドに移し、そっと寝かせる。


「うう....」

「.................」


(相当窶れてる....早く診てもらわないと....)


この時のシュウは、死体を間近で目撃したストレスにより脳にはかなりの負担が掛かっていた。激しい頭痛に吐き気などの症状が一気に発症したことで、シュウの精神は不安定に陥っている。

早急に対処しなければ、何かしらの精神障害を抱えかねない。


シュウの様子を見て、足早に保健室を出ようとした、その時____


「あれ、閉め忘れたかな....」


ドアの向こう側から大人びた女性の声が聞こえる。既に開錠されたドアを開き、その姿を現した。


長いロングストレートの金髪、前髪を分け額を出し、後ろ髪はゴムで結ばれている。なにより特徴的なのは服装だ。保健の先生お決まりの白衣は無く、黒スーツに紅色のネクタイと、生徒の体調を管理する役に就く者としては些か疑問に思う格好だ。


「アラタじゃないか。いいのか?外に出なくて。今なら珍しいものが見られるぞ?」


クジョウ・スズカ

『燕の巣』に存在する五科目中の一つ、医療科の専門教師兼養護教諭を務める人物。七年前、燕の巣医療科第八十五代卒業生首席である彼女は多彩な才能と各地を転々とした際の数々の経験と功績を兼ね備えたウツシゴの中の天才。

また、アラタが毎回世話になっている人物でもある。


「今度はなんだ?打撲か、それとも骨折か?包帯なら棚の二段目に.........」

オレじゃありません」

「なに?」


スズカにとってアラタの発言はとても珍妙なものだった。なぜなら、アラタは入学当初から怪我をしてはスズカの治療を度々受けてもらっている常連だからだ。いつもコウジを止めていたアラタの肉体は殴られ、叩き付けられ、投げ飛ばされ、ウツシゴ故の脅威的な身体能力が振るう拡大された規模の暴力を一心に受けていた。また、コウジの中にはストッパーと呼べる機能が存在しない事も大きな理由だ。それを『怪我』と呼べるだけに留まっているのも、アラタ自身がコウジと同じレベルの天性の肉体を持つと証明している訳だが。


スズカはてっきり今回もアラタの治療をするのだと予想していたが、全く異なる用件で来たのはこれが初めての事だった。


「さっき、オレのクラスの奴が死にました。その時に先輩が居たんです.....」

「すいません.....勝手に、入って.....」


顔を青褪めながらも、なんとか口を動かすショウ。それを見たスズカの眼の色が変わった。


「........退け」

「え?」

「いいから退け」

「は、はい....」


いつもは見ないスズカの真剣な眼差しに男子であるアラタはたじろぎ、直ぐに道を開けた。

すると、スズカは棚にある紫の液体が入った缶からビニル手袋で覆った手で一粒の錠剤を取り出した。

僅かに紫に発光するなんとも怪しげな薬だ。


「コレ飲ませるんですか?」

「少なくとも飲まないよりはずっとマシだ。ほら、飲めるか?」


スズカは自らの手でショウの口へと薬を運ぶ。


すると、


「..........っ!」

(呼吸が安定してる....顔色も段々良くなってる....)


目を見張るほどのスピードでみるみるショウの容体が回復していった。アラタも何度か医療科の作成した薬品を見た事は有ったが、コレほどの効力と即効性を併せ持つ物は見たことが無い。


「何ですか?ソレ...」

「彼の体には外傷的な傷は見られなかったんでね。私特製の精神安定剤を飲んで貰った」

「この建物の中でも見たことないですよ」

「ま、上には内密で作ったからね。知ってるのは製作者である私と、此処にいる君だけさ」

「オレに知られて良かったんですか」

「常連だからね。それに君は口が固そうだ。問題ないと判断した」


確かにアラタは知ったところで他の教師に報告したり、それを悪用するなど考えてはいない。だが、何故自分はそこまで信頼されているのか彼女の心中が気になるばかりだ。


「...............」

「分からないって顔だな。だが、詮索は時に身を滅ぼす。誰だって秘密の一つや二つ持ち合わせるものだ。君もいずれ分かる」


ふぅ...と息を吐き、側にあった椅子に身体を預けるスズカ。彼女は何かを考える時、右手で何度も指鳴らしをする癖があった。一定のリズムで快音が繰り返される最中さなか、無情に、ただ時間が過ぎる。


「また何か考えてるんですか」

「少し、不可解な点があってな。アラタ、さっき君はクラスメートが死んだと言ったな。あれはやはり1年E組のオトノ・ヨルタで間違いはなかった、と」

「......」


ヨルタは死んだ。その現実を突きつけられたアラタは強く拳を握る。しかし今確認すべきことは、スズカの思う不可解な点だ。


「それで、不可解な点というのは.....」

「さっき、死体の状態を調べさせてもらってね。オトノ・ヨルタの身体には、殴られたような痣が見られた。それも一部にじゃない、全身にだ。あんな分かり易い傷、誰だって気付く筈だろうに目撃証言の一つや二つ出てこなかったのはおかしいぞ。それが他のクラスどころか、彼の所属するE組からの報告も無い。なにより___」



「デンテイが作動していない、ですか?」



「.....そうだ。カメラの死角があったとしても、そんな場所はごく僅かだ。しかもその全てが人も出入り出来ないような隙間だけの筈。可能だとすれば建物内部だが、教室ではデンテイの監視機能が働いている、廊下は....他のクラスにもバレてるはずだ。可能性は低い。他には.................」


スズカは他にも可能な限りの手段を模索するが、あらゆる面で矛盾が生じていた。しかし、アラタは知っている。主犯格であるコウジがどうやってヨルタを自殺まで追い込んだのか、その手段すらも明確に。おそらく、スズカがこのまま考察を続ければ、いずれ答に辿り着けるだろう。


しかし、たとえ彼女が正解を導いたとしてもコウジを断罪するとは思えなかった。

クジョウ・スズカは結果を重視する。だが、その結果がどのような事象を引き起こすのかは全くと言っていい程に興味を示さない。彼女の範囲はあくまで解明。ヨルタの自殺が起こした謎ですら、スズカにとってはただの遊戯だ。


ふと、時計を見る。


(もうこんな時間か...)


気づけば時刻は昼休み終了間近まで迫っていた。といっても、このまま平常に授業が行われるかどうかは定かではない。


(けど一応、戻った方がいいよな....)


「では、オレは行きます。スズラギ先輩のこと、お願いします」


アラタは浅く一礼し、ドアに手を掛けたその時、


「ああ、分かった。一年E組のキハラ・コウジか。彼ならやりかねんな」

「..........知っていたんですか」


スズカはコウジを既に把握していたのだ。元来、彼女が覚える人物は限定される。アラタのような顔馴染み、或いは彼女自身が気を惹かれる者のみ。中でもキハラ・コウジという人物はスズカにとっても悪い方向で気になる相手だった。


「もし、君がキハラ・コウジを相手にするというなら腹を括っといた方がいい。ソイツが主犯格だとしたら事実上、殺人犯よりもタチの悪い人間と戦うことになるからね」


コウジの力は強大だ。一年生ながらたった一月でクラスの中心に上り詰め、四ヶ月で人ひとりを自らの手を汚さずに殺めた。目撃証言が無いのも恐怖で支配し、口止めしていたからだろう。


そんな怪物にアラタは噛みつこうとしている。


「まぁ、頑張れ。治療はいくらでもしてやる」

「はい」


アラタは保健室を後に、教室へ戻った。

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