第60話 突撃! 浅野さんちの晩ごはん

 圧力釜で煮込んだビーフシチューは、牛肉がホロホロと柔らかくでき、お肉を一口味見すると、とろけるように身が崩れて我なら良い出来だと沙綾の頬が緩んだ。実際は、高性能のお高い圧力釜と、昴が購入したA5ランクの松阪牛の功績ではあるのだが、きっと昴ならば沙綾が料理したから特別に美味しくなったんだと言ってくれることだろう。

 レタスをちぎり、キュウリをスライスしてその上に昨日作っておいた牛蒡サラダをのせる。ご飯はあと十分で炊きあがるし、作り置きのトマトのマリネを小皿によそい、夕飯の準備は完璧だ。

 後は昴が帰ってくるのを待つだけ。さっき、ラインで仕事が終わったから帰るねと連絡がきたから、お風呂の準備も整っている。


 シチューとご飯以外はセッティングして一応ラップをふんわりかけ、沙綾はソファーに腰掛けて時計をチラチラ見た。あと五分くらいかな? と予測したところで、玄関のインターフォンがなった。昴は鍵を持っていても、沙綾に出迎えて欲しくていつもインターフォンをならす。


 沙綾は素早く立ち上がると、早足で玄関に向かった。昴だと思っているからモニターを確認することなくドアを開けた。


「お帰りな……」


 大きく開けた玄関の向こうには、大きく目を見開いた美和が立っており、思わず十秒くらいお互いに見つめ合ってしまった。


 なぜここに美和が……?


 きっと相手も同じことを考えているんだろう。驚きしかなかったその瞳が険しい色に置き換わるのはすぐだった。


「あなた、庶務課の……」


 一応指導係なのだが、名前は覚えてもらっていないようだ。


「神崎です。美和さん」

「そう、神崎……え? 神崎……いや、違うわね。どこにでもある名前だもの」


 美和の頭の中で、沙綾と神崎グループとの繋がりはありえないと抹殺されたらしい。改めてキッと睨んできた美和は、沙綾をわざとらしく頭から爪先までジロジロ見る。


「あなた、副業なんかしていいわけ」

「副業? 」

「ここ、昴の家の筈よ。あなた、ハウスキーパーも兼業なんでしょ」


 まぁ、否定はできない。最初はそうだったのだから。今は……恋人で、同居……同棲する間柄だが。


「あ、ちょっと、勝手に入らないで」


 沙綾を押しやって家に入ろうとする美和を慌てて止めようとするが、美和はポイポイとヒールを脱ぎ捨てて家に上がり込んでしまう。


「浅野さんにちゃんと確認しないと、家に上げるわけには」

「何よ、私と昴の間で別に確認なんかいらないわ」

「ダメですってば」


 勝手に家を見て回る美和をなんとか止めようと、沙綾は必死で美和の前に回り込む。なんとか昴や沙綾の私室


「これ、シチュー? やだ、ビーフシチューはホテルシャリアットのじゃなきゃ。手作りのなんか食べれたもんじゃないじゃない」

「いや、あの……」


 なんとか美和をブロックしていた時、インターフォンがなった。今度こそ昴で、何故か美和が嬉々として玄関へ突進してドアを開ける。


「昴〜ッ、お帰り〜」


 ハグしに行った美和を、素晴らしい反射神経でかわした昴は、素早く体勢を入れ替えて玄関に入ると、美和のハイヒールを蹴り出してドアを閉めて鍵を閉めた。ドアの外では「昴? 昴〜」とドアをドンドン叩く美和が。


「ただいま、沙綾」


 昴が両手を広げてハグ待ちをする。

 沙綾はソロソロと昴に近寄ると、その腕の中におさまった。


「お帰りなさい」

「あぁ、いい匂いだな。今日の夕飯は何? 」

「ビーフシチューです」

「やった。ビーフシチュー大好きなんだ」


 いまだにドンドン叩かれているドアを無視し、昴は沙綾の背中に手を当ててリビングダイニングに促す。


「あ……あの、いいんですか? 」

「うん? 先にお風呂にしようかな。沙綾も一緒に入る? 」

「いえ、私はお風呂掃除しながらシャワーしましたから。そうじゃなくて美和さ……」


 ドアを叩く音がなくなったと思ったら、今度はインターフォンが連打され、沙綾はビクッと身体をすくませた。


「インターフォンが故障したかな」


 昴は素早くインターフォンの電源を切ってしまう。完全に美和のことを無視するつもりらしい。


「インターフォンのことはコンシェルジュに連絡しておくから、沙綾は夕飯の準備をしていて。すぐにお風呂入っちゃうからさ」


 昴は見惚れてしまうような完璧な笑顔で、沙綾をグイグイとキッチンへ押しやる。あくまでもドアを開けるなということなんだろう。沙綾がキッチンに入ると、昴はスマホ片手にバスルームへ向かった。


 ビーフシチューを温め、ご飯を茶碗によそう。玄関の外ではまだドンドンギャーギャーしているようだが、昴がお風呂から出たくらいには静かになっていた。


「さっきの女、このマンションに越してきたらしい」

「え? 」


 まだ半乾きの髪が額に張り付き、色気がグンと増した昴が、大きなため息をつきながらダイニングテーブルについた。サラッとマルッと美和のことをないことにしようとした昴だが、さすがに同じマンションにストーカーのように自分に執着する女子が越してきたのでは無視もできないと判断したらしい。


「許可なくここまでこれたのは、マンションの住居者だったかららしい。コンシェルジュに確認した」


 たまたま昴のいたマンションに越してきたのか、昴がいるからこのマンションを選んだのか。まず後者だろう。

 見た目だけは純情可憐、身体はダイナマイト過ぎるワガママボディ、サンヨウの孫娘というハイブランド。性格面では難有りかもしれないが、昴の横にいてピッタリくる女子だ。地見でごくごく平均並みな自分なんかよりずっと……。


「沙綾? 」


 美和のことを考えて、自分とのあまりな差に沙綾はズンッと落ち込む。ついつい考え込んでしまった沙綾を心配した昴は、キッチンに回り込んで沙綾のことを後ろから抱き込んだ。


「……ごめんな。面倒に巻き込んで。過去の俺はどうにもできないけど、今は沙綾だけだから」

「……身体の相性抜群って言ってましたよ」


 昴が今まで沢山の女性と関係を持ってきたことは聞いていた。それも過去のことと受け入れたつもりでいた。でも、実際に昴と関係した女子と昴を目の前にして、堪えられない何がつい口から飛び出した。


「ちょっと意味がわからないな。全然普通だし。相性抜群というか、今まで生きてきた中で飛び抜けて気持ちいいのは沙綾とのセックスだけだよ。他は何ていうか……他人を使った自慰行為みたいなもんで、溜まったものを出す排泄行為ってだけだった」

「でも、美和さん凄い美人さんだし、スタイルも凄くいいし、正真正銘のお嬢様だし……」


 昴が沙綾をクルリと回転させ、正面から沙綾の顔を覗き込んだ。


「沙綾は可愛いよ。小さくて華奢で、全部が可愛い。控えめな性格とか、時間がかかっても丁寧に最後まで諦めない粘り強さとか、いつも家を居心地良く整えてくれて、俺の為に美味しい料理を作ってくれるとことか、沙綾の全部がマジで愛しい。沙綾が好き、沙綾しか好きになったことない」


 昴は屈んで沙綾を抱き上げると、そのささやかな胸に頭をグリグリ押し当てた。


「ヤキモチ妬いてくれたの? はぁ〜可愛い。可愛い過ぎてヤバイ。今すぐしたい。ほら、もう沙綾にしか反応しないというか、沙綾の匂い嗅いだだけでこんなんだよ。わかるでしょ」


 沙綾の足に昴の滾ったスバル君がゴリゴリ当たり、沙綾は真っ赤になってジタバタする。


「あ……ダメだよ。そんなにしたら暴発しちゃう」


 どうやら沙綾の暴れた足が昴のスバル君を刺激してしまったらしい。


「お夕飯! お夕飯できてますから」

「うーん、美味しそうな沙綾を先に食べたいんだけど」

「先にご飯です」

「先に……ね。じゃあ後でちゃんと沙綾を食べさせてね」


 昴はスンナリ沙綾を下ろしてくれ、軽く沙綾の唇にキスを落とした。

 いまだにキスにすら慣れない沙綾は、さらに全身赤くして俯いた。








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すみません、いたって普通の女です 由友ひろ @hta228

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