第59話 逆玉美人がここにいますが、性格に難がありそうです
身体の相性……、確かに昴は凄まじく夜のアレやコレや(いわゆる性技)に長けている。初心者の沙綾が太刀打ちできる筈もなく、毎晩メロメロ(クタクタ?)だ。限りなくインドアで体力のない沙綾が、ジムに通うことなく最近体力がついてきた気がするのは、ひとえに昴のおかげ(せい)である。
沙綾はもちろん昴しか知らないが、あの容姿でスペックも高い昴だ、昴の過去を考えると、沙綾が想像を絶するくらい経験豊富なんだろう(大正解)。過去のことだと割り切るにはかなりモヤモヤしないでもないが、しょうがないことだとはわかっている。いや、わかっているつもりになっていた。
実際に目の前に昴と関係があったと豪語する女性、しかも凄まじくナイスボディーの美人がいて、二人の過去を想像するだけで胃がギュッと掴まれたような痛みを感じた。
ちょっと性格に難がありそうだけれどサンヨウのご令嬢ならば、前に聞いた昴の逆玉狙いにぴったりな相手ではないんだろうか?
サイズが合わない制服を胸に抱えた沙綾は、上着を着直して更衣室から出ていこうとする美和に慌てて声をかける。
「山田さん、スリーサイズを……」
美和は立ち止まってギロッと沙綾を睨みつける。
「名字で呼ばないで! 」
「……やま……美和……ちゃん? 」
「誰が馴れ馴れしくちゃん付けしろって言ったのよ」
「美和……さん」
「ふん、まぁいいわ。私はそんなダサい服は着ないから。それよりもさっさと営業に案内しなさいよ。あなた、見た目通りドンクサイわね。もういいわよ、勝手に行くから」
「……待っ」
手に持っていた制服をとりあえずしまおうとしていた間に、美和はさっさと更衣室を出て行ってしまった。慌てて後を追った沙綾だったが、一歩間に合わず目の前で美和の乗ったエレベーターが閉まってしまう。
エレベーターは三基あるが全部違う階におり、なかなか更衣室のある地下一階にはきそうにない。かといって、とてもじゃないけれど営業のある七階まで階段を使う気にもならず、沙綾はオロオロしながらエレベーターの階数表示を見上げた。
★★★
その頃、庶務課同期の田中にラインを送ったものの心配になった昴は庶務課に足を向けていた。
「あれ、何やってんの? 」
こっそり庶務課を覗いていた昴に、痩せぎすな男が声をかけてきた。まさに平凡を体現したようこの男が沙綾の上司で、昴の同期の田中だ。就業時間中ほぼ沙綾と一緒にいるのかと思うと、かなり羨ましい存在だ。
「さ……神崎さんは? 」
「あぁ、インターンの娘の案内してるのかな。今はいないね」
「インターンって……山田美和」
「そうそう、山田さん。なに、知り合い? 」
「知り合いっていうか、よくは知らないんだけど……」
何回かは覚えてないが、数回……からもう少し多めに関係を持ったかもしれない相手。でも、名前すら朧げだったし顔だってあまり記憶にないが、知っているかと言われれば知らない相手ではないとしか言えない。
最低だな自分と思わなくもないが、正直、沙綾か沙綾じゃない女という括りの不特定多数の一人でしかない。
「少しだけ昔……ちょっと。知り合いってほども知らない相手で」
「うん、なんとなくわかった」
口ごもる昴に、色々と察した田中が昴の肩を叩く。
「サンヨウのお嬢さんなんだろ? 部長が神崎さんに丸投げしてたぜ。面倒見ろって」
「マジか」
「お嬢さんお嬢さんした楚々とした美人じゃないか。おまえ、ずいぶんストライクゾーン広いな」
それでは沙綾が楚々とした美人ではないと言っているよいなものだ。美和など、昴からしたら沙綾じゃない女でしかないというのに。
「俺のストライクゾーンは無茶苦茶狭いよ。さ……神崎さん一択だから」
「ちょっとした昔のアレコレと一択の彼女が接触して、慌ててやってきたってとこか。悪さがバレたら大変だもんな」
「昔のアレコレはどうでもいいんだよ。セフレがいたことは、さ……神崎さんにも言ってあるし。今は無関係なんだからどうでもいい。ただあの女は俺に執着してるみたいで、さ……神崎さんに絶対に嫌がらせすると思うんだ」
「もう、沙綾でいいんじゃない? みんなおまえらが付き合ってるの知ってるんだし。無理して名字呼びしなくてもさ」
「田中が沙綾を名前で呼ぶな」
「ウワッ、おまえってそんなキャラだっけ? 」
昴が沙綾への執着顕に眉間に皺を寄せると、田中が「ひくわー」と唇の端をひくつかせた。
「おまえ、会社では爽やかキャラだったのに、外では若い清楚系美人をセフレにして、なおかつ彼女には執着増々って、キャラ変というかキャラ崩壊してね? 」
「セフレは過去の遺物だから」
「ウワーッ、過去の遺物扱いされた山田さん、可哀想過ぎる。あんなに清純そうなお嬢様なのに」
「あいつがどんなふうに擬態してるかわからないけど、実際のあいつは清楚系とは真逆だからな。年齢も詐称してたし、見た目や化粧まで別人。男だって……、いやそれは別にどうでもいい。問題はあの性格だよ。」
「お淑やかな大和撫子っぽいけど」
「キッツイ女王様気質」
昴が美和に振り回されることはなかったが、かなり傍若無人に男を振り回し、女友達は皆自分の手下みたいに扱き使っていたようだ。他人が自分の言う事をきくのが当たり前、少しでも反抗したら口も手もでていたとか。美和のセフレの中には㋳のつく職業の人がいるようで、美和の機嫌を損ねるとどんな目にあわされるかわからない……なんて噂もあった。昴が被害にあったことはないのでそれが真実であるかはわからないが、「あいつ嫌いだからなんとかして」と平気で㋳な人に頼みそうな性格はしている。
「とにかく、仕事中は沙綾に付き添えないから、ちょっと……いやかなり気にしてくれるとありがたい。なんかあったらすぐに俺に連絡してほしい。社長に連絡もありだな」
「はぁ? 一社員の俺が、社長に直に連絡なんか無理だろ」
「全然大丈夫。あの人なら、沙綾の危機を救ったって、金一封くらい出すかもだしな」
「マジか……。まぁとにかく、気をつけて見とけばいいんだろ。わかったよ」
「頼む」
昴は深々と田中に頭を下げると、エレベーターに乗って営業に戻っていった。
昴の乗ったエレベーターが営業フロアについた時、庶務課のフロアについたエレベーターが開いた。下りてきたのは、朝の挨拶の時のままのスーツの美和と、そんな美和のお付きのようについて歩く沙綾だった。
「あれ、庶務課の制服はなかったの?」
美和がジッと田中の顔を見る。そのあまりの不躾な視線に、沙綾が慌てて田中の紹介をする。
「田中さん……です。庶務課の係長代理です」
「代理? 」
「あぁ、係長の畑さんが産休中だからね」
田中が細い目をさらに細めて笑顔で答えると、美和は興味なさそうにプイと顔を背けてしまう。その態度どうなのよ?! と思うが、人見知りの激しい沙綾は相手が年下と言えども注意ができない。
「制服はサイズが合わなくて……。ね、美和さん」
「あ、名前呼びするくらい親しくなったんだ」
「いえ。私、名字で呼ばれたくないんです。それだけですから。あと、こんなダサイ制服は着たくないです。私に全然、これっぽっちも似合いませんから」
「あ……あ、うん、了解です」
「私の席、どこですか」
「とりあえず……神崎さんの隣? 空いてるよね? 」
「はい」
どこよと視線だけで問う美和に、沙綾は慌てて席を指し示す。ズンズン歩いて行く美和は、指定された自分の机に座ると鞄から色々出して引き出しにしまいだした。ネイルグッズや化粧品、スマホの充電器やらなにやら……。メモ帳やボールペンなど、仕事に関係する物は一つも見当たらなかった。
「なんか、見た目とギャップがありそうなお嬢様だね」
コソコソと田中が沙綾に囁き、沙綾は不安いっぱいで美和を見てため息をついた。
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