第58話 ただならぬ関係って、ただのセフレですから
目の前には、色気溢れるイケオジ……もといKANZAKIのトップがにこやかな笑顔を浮かべて座っていた。神崎正、もうすぐ五十に手が届く筈なのに、引き締まった身体に爽やかな笑顔、もちろんフサフサの髪の毛は地毛だろう。
「ところで浅野君、うちの沙綾とはどう? 」
完璧にオフモードの正は、いつもの食えないイケオジ社長ではなく、ただの姪に甘々な親戚のおじさんの顔をしていた。就業時間中で、しかも社長室ではあるのだが。わざわざ呼び出されたから仕事の話かと思いきや、どうやら沙綾の近況を聞きたかったらしい。
「よくしてもらってます。家のことも任せっきりで申し訳ないとは思うんですが、沙綾さんの料理は美味しいし、片付けなんかも凄く丁寧で、心配りが半端ないんです。彼女のおかげで、生活に彩りが出ました。何より、家に帰った時に、沙綾さんにお帰りなさいって言ってもらえると、仕事の疲れが完全に吹っ飛びますね。こんな幸せが世の中にあったのかって、沙綾さんと知り合う前に自分がどうやって息を吸っていたのかすら不思議に思います」
昴にとっての真実であるから、照れることもなく惚気を吐き出す。正もウンウンと頷いて聞きながら、伯父馬鹿を炸裂させた。ノートPCを開き、沙綾の写真コレクションを昴に披露し、過去の沙綾の可愛さを惚気ける。
新旧イケメンが頬を上気させ、頭を寄せ合ってノートPCを覗き込む様は、ちょっと危ない世界を連想させるが、そこには沙綾愛しか存在していない。
「いやぁ、うちの親族や沙綾の母方の親族以外で、沙綾の可愛さをここまで理解してくれるのは浅野君だけだよ」
「万人にバレたら嫌なので、ここだけの話でお願いします」
二人共デレデレして沙綾の子供時代の写真を見ているが、実際写真に写っているのは、三編み眼鏡のどこにでもいそうな地味な子供である。
痘痕も靨。
正も昴も自分の顔面偏差値がマックス振り切っている為、見た目の美しさには全く拘りはないのである。
昴が沙綾と同棲し始めてから、月一ペースで正は昴を呼び出しては沙綾の近況をゲットし、昴は正から沙綾の生まれてからの軌跡を教えてもらっていた。
「ところで浅野君、この彼女のことは知っているかい? 」
正はPCを操作して一枚の履歴書を画面に出すと、その写真を画面いっぱいに映し出した。個人情報の保護はどうなった? と思いながら、昴はその写真に目を向けた。
「……誰ですか、これ? 」
まぁ、一般的に見て清楚系美人と評されるだろう女性がそこにいた。昴が過去に関係した女性にはいないタイプだし、もし万が一関係していたとしても全員を覚えている訳じゃないから、知らないとしか答えられない。
「いやね、取引先……君も知っている取引先のご令嬢でね、ぜひにうちでインターンシップを受けさせて欲しいと言われて引き受けたんだが……」
インターンシップの学生は営業にも一人来ているが、それは男子だった。
「そうなんですね。で、彼女は何科に? 」
「とりあえず総務部を回らせようってことで、今は庶務課にいるんだけど、つい先日突撃を受けてね」
突撃?
「アポなくいきなりここに来て、部所替えしてくれと言われたよ」
「は? 」
あまりに無謀なその行為に、昴は理解不能とポカンとしてしまう。
今はこうして昴と沙綾談義をしている正だが、実際は分単位のスケジュールで動いている。アポイントメントなくインターンの学生が会える人間ではないのだ。正も怒るというより呆れが強いらしく、ただただ苦笑している。
「庶務課じゃなく営業一課に行きたいそうだ」
「そんな非常識なご令嬢じゃ、全ての取引をぶっ壊されそうですね」
「だな。いくら山田さんのお孫さんでも、さすがにちょっとな。彼女曰く、営業一課には自分の婚約者候補がいるからだそうだ」
山田……どこにでもある名前だが、昴も知る取引先の会社令嬢と聞き、一人の女が脳裏に浮かぶ。
山田……なんだっけ? 美香? 未唯? 美紀?
もう少しで名前が思い出せそうで思い出せず、モヤモヤとした気持ち悪さが昴の胸に溜まる。
「山田美和さん、文具メーカーのサンヨウのご令嬢だ。婚約者候補とは、どうやらサンヨウの会長も気に入った相手らしく、会長直々に連絡もきたんだよ」
「山田……美和? 」
そうだ美和だと名前を思い出してスッキリした昴だが、その風貌のあまりの違いにあ然として写真を見つめる。
「なんでも、ただならぬ関係が浅野君とご令嬢にあったとか? ちょっとした諍いで今は拗れているようだが、そんな諍いは水に流して、責任をとるのが男として当たり前だとかなんとか。上から押し付けるんじゃなく、若い二人でしっかり話し合う為にも、部所を同じにしてきっかけを作って欲しいと言われたよ」
ただならぬ関係……ただのセフレで、しかも美和の相手は昴だけではない。責任云々の意味がわからなかった。第一、お互いに素性は隠したまま、美和に至っては年齢詐称して偽りの姿だった。
「ただならぬ……って言われても、沙綾と知り合う前のことで、しかも恋愛感情のないお互いに割り切った関係で。……、沙綾と知り合う前の自分はかなりクズだったとは思いますが、それはご令嬢もお互い様ですけどね」
「あぁ、うん。君のこともご令嬢のことも、もちろん色々調べたさ。確かに君の過去は誇れたものではないかもしれないが、沙綾に関しては一途みたいだし、これでも人を見る目はあるんだ。浅野君は、沙綾に関してだけは信用できる。あ、もちろん仕事の面もだけど」
「ありがとうございます」
「問題は……山田美和なんだよね」
正は面倒臭そうにPCの画面を消した。
「そんなん知らなかったからさ、インターンシップだって受け入れちゃったし、しかも庶務課に配属とか。これって、沙綾にバレたら俺が意地悪したように思われないかな? 二人の仲を反対したって、嫌われちゃったりしないかな? 」
仕事の出来るイケオジ社長は、姪に嫌われたらどうしようと、情けないくらい眉毛を下げて頭を抱えた。
「そうなんですか? 」
「な訳ないじゃないか! そんな、あの子に嫌われるようなことは絶対にしないよ。まぁ、沙綾の不幸が目に見えているなら反対もするけど、そんな目に見えてわかるようなヘマはしないさ」
「でしょうね」
心底、正に敵認定されなくてよかったと胸を撫で下ろした昴は、美和対策に頭をフル稼働させる。
沙綾が昴の彼女であるということは、すでに会社に広まった真実だ。沙綾が昴を狙う肉食系女子に表立って攻撃されていないのは、同時に沙綾が神崎ファミリーだと周知されたからだ。でも、美和にしてみれば沙綾が神崎に名を連ねることはたいして意味はない。事業実績としてはKANZAKIの方が上でも社歴では勝るから、沙綾が昴の彼女だとわかれば、きっと猛烈に沙綾攻撃をすることだろう。
とりあえず、庶務課で唯一の知り合いである田中直樹に話をしようと、沙綾を愛でる会(会員は昴と正とたまに梨花)を早々にお開きにした昴は、スマホを取り出して、田中にラインをした。
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