第32話 魔女様、推しと幸せになる

「ルーシー!!」


 私をこの名で呼ぶのはただ一人。

 推し事仲間、そしてかけがえのない親友エミリーだ。


 私はキョロキョロと頭を回し、こちらに手を振るエミリーの姿を発見する。

 隣にはアンソニー王子そっくりなエルロンド王子の姿もあった。


「おめでと、ルーシー!!」


 エミリーは私に軽く抱きつき、祝福の言葉をかけてくれた。


「二人に先を越されたのは悔しくもあるが、おめでとう」


 エルロンド王子がポンとアンソニー王子の肩を叩く。


「二人ともありがとう」

「僕はエルより日頃の行いがいいからね。だから神様もきっと、お前より先にチェルシーとの結婚をお許しくださったんだ」

「違うな、お前の募る思いが犯罪に繋がる前にと神がご配慮されたに違いない」


 エルロンド王子はそう言ってニヤリと口元を緩めた。


「こいつ良くわかってるニャ。流石双子の神秘ニャ」

「なるほど神秘ね……って犯罪はないし」


 私は流石にエルロンド王子を公式の場で睨むわけにもいかず、ひとまずルドを睨んでおいた。


「それでどう?推しの妻になった感想は?」


 エミリーは私の腕を取り、内緒話をするように双子王子に背を向けた。


「どうだろ。まだ実感がないかな」

「まだ結婚したばかりですものね。それでこれから推し事はどうされるの?引退するの?」

「え、やめなきゃ駄目なの?」


 私はエミリーの問いかけに素で驚いた。

 何故なら推し事を引退するなんて選択は一度も思い浮かばなかったからだ。


「駄目じゃないわ。むしろやめないで、一緒に楽しみましょう」

「うん。また誘ってね」

「勿論よ。ただ……」


 エミリーが突然言いづらそうに顔を曇らせた。


「な、何か問題があるの?」

「問題と言うか、何と言うか」


 口ごもるエミリーに私は不安な気持ちになる。

 まさか王族と結婚したらロイヤルマニアを辞めなければいけない法律でもあるのだろうか?だとしたら最悪だと私はどんよりする。


「これからはルーシー。あなたの商品もメモリアルショップに並ぶでしょう?」

「あっ!!」


 私は重要な事実に今更気付く。

 魔女グッズはまだいい。何故なら私関連のグッズは魔女ばかりのグッズ屋さんに並べられるだろうから。


 しかし私はひょんな事からある意味王室メンバーの仲間入りをしてしまった。つまり、今後アンソニー王子グッズを買い求めに行って自分の顔と遭遇する可能性もあるわけで……。


 一言で言って自分が邪魔だ。


「どうしよう、自分の存在が厄介でしかない」


 私はエミリーに泣きつく。


「そうよね。純粋に推しを愛でたいだけなのに自分はいらない。その気持ちよくわかるわ」

「自分の顔には黒塗りをしてもらえばいい?」

「根本的な解決策ではないわね。それに黒塗りは犯人みたいで不穏だわ。とは言え、私も他人事じゃないの。半年後には自分をイメージした商品が並んじゃうわけだし。そんな状態で羞恥心に耐えられるかどうか」


 エミリーは塞ぎ込んだ表情になる。


「エミリー、私達かなりまずい状況ね」

「そうなのよ、ルーシー」


 私とエミリーは両手でしっかりと手を握る。


「でもきっとやめられない。だって推し事は私の生きがいだもの」

「右に同じよ、ルーシ」


 私とエミリーは悲壮感たっぷりな顔を見合わせる。


「今後については対策を立てよう」

「そうね。きっと黒塗り意外に邪魔者である私達を消す方法はあるはずだもの」

「そう、まだ希望はあるわエミリー」

「その時まで生きるのよ、ルーシー」


 私達は明るい未来を信じ、しっかりと抱き合った。


「贅沢過ぎる悩みだニャ。というかソレって悩みに入るのかニャ?」


 ルドが呆れた声で私達を指摘したのであった。




 ★★★




 その日の夜。

 私はパジャマ姿でアンソニー王子と時計台の上にいた。


 一生分の「おめでとう」と「お幸せに」という言葉をもらった私は、心が幸せで満たされていた。だからアンソニー王子の我儘、箒に乗りたいというお願いを聞いてあげたのである。


 お互い目の周りがちょっと赤いのは、結婚式の後のパーティで少々お酒を飲まされたから。冷たい夜風が頬にあたり、お酒に酔った体に丁度いい。


「魔女様、星が綺麗ですね」

「うん、そうね」


 私とアンソニー王子は照れながらも持ってきた大きなブランケットに一緒に身を包み、空を見上げているところだ。


 真っ暗な空にはいつくも小さな星があって、キラキラと輝いている。

 まるで夜空の星までもが、私とアンソニー王子の結婚を祝福してくれているようだと私は上機嫌になる。


「結婚までバタバタと急がせてしまいました。申し訳ございません」

「そうね、びっくりよ」


 私はただ推し事をしていたはずなのに、気づけばあっという間にアンソニー王子と結婚している今の状況を不思議だなと思った。


「だけど、全然嫌じゃないわ」

「そう言って貰えると嬉しいです。僕も魔女様と結婚出来て嬉しい」


 アンソニー王子がしんみりとした声で私に告げる。


「アンソニー王子は、どうして私が好きなの?」

「あの日、魔女様は空から僕の元に落ちてきた。覚えていますか?」

「勿論よ。そういえばあれもピクシーのせいだったような」


 突然怪しく不自然に吹き込む風。

 あれは確実にピクシーの仕業だ。


「空から落ちてきた魔女様を助けなきゃと思って僕は駆け寄ったんです」

「そうね。お陰で痛い思いをしないですんだわ」

「それで上手くキャッチ出来て、驚いたんです」

「何を?」

「魔女様の小ささに」


 アンソニー王子は懐かしむような顔を私に向けた。


「あーまだ十歳だったものね」

「今から比べたら確かに小さい。けれど、あの時の僕だって十一歳です」

「たしかに」

「あの頃の僕はごくごく普通の子供で、だけどこの国に新しく見習い魔女様が来たことを知って、その魔女様の活躍を誰ともなく聞かされていた」


 アンソニー王子は空を見上げ、ゆっくりと記憶を探るように話し始める。


「だから僕の中では魔女様を尊敬する気持ちがあったし、既に人助けをして活躍し始めていた魔女様は僕よりずっと大人びて見えた」

「そう見えていたなら、良かったわ」


 あの頃の私は魔女見習い。

 だけどなめられたら行けないと、今よりずっと意気込んで偉そうに頑張っていた。


「だけど、僕の腕の中に落ちてきた魔女様は、僕よりずっと小くて軽かった。その事に衝撃を受けて、「こんなか弱そうな子がこの国を救っているのか」って、衝撃を受けたんです」

「毎回上手く出来ていた訳じゃないし、わりと失敗もしてるのよ?」


 どうやらアンソニー王子の思い出に登場する私は現実より幾分美化されているようだ。見習いだった私は今よりずっと失敗したし、何より私はこの国の人々の協力がなければ五つ星の魔女にはなれなかった。


「私は凄い魔女だけど、でも一人じゃ全然すごくない。いつも偉そうにしてるけど、実際はみんなの力があってこその私なの」


 本音を口にし、何となく恥ずかしくなった私はアンソニー王子から視線を逸した。


「そういうところも、僕は魔女様を尊敬します」

「え?」

「魔女様の時のチェルシーは誰より凛とした魔女に見える。だけど本当は弱い所もあるし、普通の女の子みたいにミーハーな所もある。そして国民に対し感謝の気持ちをいつも持っているから尊敬します」

「そ、そうかな?」

「だから僕だけじゃない、みんなが魔女様を応援してるんですよ」


 手放しで褒められ私は恥ずかしくなる。


「僕は魔女様と出会ったあの日、格好つけて騎士の真似なんてしちゃったわけですけれど」

「うん、そうだった」

「今思うと恥ずかしい。でもあの瞬間僕は確実に魔女様を好きになっていたんです」

「そっか。私と一緒ね。私は王子様に憧れのお姫様抱っこをされて好きになったもの」


 アンソニー王子と私は自然と顔を向かい合わせる。


「でもようやく僕だけの魔女様になった」

「何か言い方が怖いわ」

「覚悟してください。僕はわりとこじらせたマニアですから」


 アンソニー王子の紫色の瞳が怪しく揺らぐ。


「そうね、アンソニー王子は意外とこじらせてる所があるものね」


 私は思わず頬を緩める。

 だってこんなに素敵な人なのに、変な抱き枕を欲しがるとか相当私への愛がこじれてる。だけど私はそのギャップにまた更にアンソニー王子の沼にズボズボその身を沈める事になるのだ。


「でも、魔女様も恥ずかしいエプロンを平気で付けちゃうから、おあいこですね」


 アンソニー王子がブランケットから手を伸ばし私の頬を包み込む。


「恥ずかしくなんかないわ。だってあなたはみんなに誇れる私の最推しだもの」


 私の正直な告白にアンソニー王子が愛おしそうな表情で目を細める。


「僕の最推しの魔女様はチェルシーです」

「知ってる」

「好きです、魔女様」

「それも知ってる。だけど私も好きよ、王子様」


 アンソニー王子と私はお互いはにかむ笑みを向け合い。

 そして私はこの世で一番尊い人からのキスを待つ。


 そしてお互いの唇が触れそうになり、私のドキドキが最高潮に達した瞬間。


 パーンと大きな破裂音が聞こえて、ふと目を開ける。


「なんだ?」


 アンソニー王子が無意識で私を庇うように抱きしめる。

 私も抱きしめられつつ、慌てて杖をホルダーから抜いた。


「あー、あれはピクシーの仕業だろうニャ」


 気を遣ってか、気配を消していたルドが突然現れ空を見ろと顎で示した。


 すると夜空に大きく七色の光で文字が浮かび上がっていた。


『Iラブ チェルシー ♡ Iラブ アンソニー』


 ご丁寧に二人の名前の真ん中には大きな赤いハートが描かれていた。

 これはもはや隠しきれない推しへの愛が溢れ出した恥ずかしい花火である。現に地上を歩く人が何事かと上を向いて確認している。


 私は真っ赤になりながら迷わず杖を振る。


「シャンターユ」


 すると案の定私とアンソニー王子の周りには、いたずら好きなピクシー達がわんさか飛んでいた。


「おめでとう魔女様」

「プレゼントフォーユー」

「キス、邪魔しちゃってごめんね」

「いいタイミングだったでしょ?」

「わざとだけどな」

「うん、わざとだけどね」

「たのしいね」

「最高!!」

「お幸せにーー」


 ピクシー達はケタケタ笑って、愉快さ全開といった感じで空に飛んで行った。


「あの子達、エミリーと作ったドレスやタキシードを着てたよね?」

「そうだニャ。きっと結婚式も参加してたニャ」

「なるほど結婚式は悪さをするのを我慢しててくれたのね」

「あいつらなりに祝福してるってことニャ」

「ならいっか」


 私が言い切ると、アンソニー王子がギュツと私を抱きしめた。


「猫殿だけじゃなくて、僕もいるんだけど」

「う、うん。勿論忘れてないよ」

「じゃ、仕切り直しをしていいですか?」


 ミニチュアシュナウザーのような円な瞳であざとく私に懇願するアンソニー王子。


「でもその実、中身はドーベルマン……」

「魔女様、お静かに」


 アンソニー王子が私の唇に指先をピタリと当てる。


「はいはい、お幸せにニャ。全く盛のついた猫よりたちが悪いニャ」


 ルドが大きなため息と共に呆れた声をあげた。

 その声をバックに私とアンソニー王子を包む、仕切り直しの空気は糖度を増す。


「ようやく僕のもの」

「それはこっちの台詞よ」


 アンソニー王子の顔がピクシーの放った花火で私の瞳に明るく映し出される。


 やっぱり私はこの人か好きだと心からそう思う。

 そして私は今度こそと、期待をしてゆっくりと目をつぶる。


「なんだかんだ、変態度的にもお似合いのカップルニャ。お幸せにニャ、マスター」


 ルドの言葉に笑いそうになりながら私は思う。

 やっぱりルドの言うことはだいだいいつも、正しいと。



 ★おしまい★

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魔女の推し事 月食ぱんな @Kutsushita

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