第31話 魔女様、結婚する
リーンゴン、リーンゴンと城下町で一番大きな教会の鐘が鳴り響く。そんな中、結婚式を終えたばかりの私はアンソニー王子と腕を取り合い教会を出る。すると、上空に大きな花火が次々と上がった。
「おめでとう、チェルシー」
「結婚式最高だったわよ」
「お幸せにー」
私の為に魔女の森を飛び出し、結婚式に参加してくれた魔女達。
私の家族である仲間が魔法の花火を空いっぱいに打ち上げ、私とアンソニー王子を祝ってくれている。
そう私はついに今日この瞬間をもって最愛の推し、アンソニー殿下の妻になったのである。
「幸せのお裾分け、魔女印のキャンディーをどうぞ」
「これを舐めれば、意中の人と即両思いになれますよ、たぶん」
「困った事があれば、いつでも魔女にご連絡を」
一回目の箒が吐き出した大量のキャンデイーを空中からばら撒く魔女友達。
みんないつもより浮かれていてとても楽しそうだ。
だけど私はそんな彼女達を下から眺め、少し心配になる。
「チェルシー、どうした?やっぱり白いドレスはまだ落ち着かない感じなのか?」
隣に並ぶ白い騎士服に身を包んだアンソニー王子が私の顔を覗き込む。
確かに魔女である私は人生の大半を黒いローブと黒いワンピースで過ごしてきた。だから正直、今日の日を迎えるにあたり用意された長いヴェールと白いウェディングドレスは着慣れないし落ち着かない。
でもこの色は私にとって幸せの象徴だ。
だから全然嫌じゃない。
「違うの。ねぇ、アンソニー王子ちょっといい?」
私はアンソニー王子の袖口を引っ張り、耳元に口を近づける。
「ここだけの話、魔女ってその力を悪用されないよう人々に畏敬の念を抱かせる必要があるのよ。なのにみんな楽しそうで、恐怖を振りまく事をすっかり忘れてるから」
私はアンソニー王子に魔女の秘密をこっそり教える。
「なるほど。みんなとても楽しそうだし、今日の魔女様は親しみやすい感じがするもんな」
「でしょ?絶対マーラ様に後でみんなは叱られちゃうと思うわ」
畏敬の念を抱かせる使命を負う魔女的に、今後の活動に支障をきたさないかと心配する私の前に黒い影がニュッと現れる。
「おめでとうざます」
噂をすると何とやら。
私の前に突然現れたのはマーラ様だ。
「マーラ様、わざわざ参列して頂きありがとうございます。それで、今日は私に免じてみんなを許してあげてください!!」
私は勢いにまかせマーラ様に懇願する。
「何のことざます?」
「みんなが楽しそうなのは、私を祝ってくれているからであって、今日は特別。決して人々に恐怖を抱かせる事を忘れている訳ではないと思います」
「あらやだ、すっかり言うのを忘れていたざます」
「忘れていた?」
一体何をと、私はマーラ様をうかがう。
ついでに足元にいるルドに「知ってる?」と視線を送る。
「あー、噂で聞いたアレかニャ」
なんとルドには話が見えているらしい。
全く主人への報告、連絡、相談。通称、報連相がなっていないようだ。
これは再教育が必要なレベルかも知れない。
「それがね、魔女を応援してくれている団体が耳寄りなら情報として、魔女というネームバリューを使えばとてもいい商売になると教えてくれたざまず。ほら、チェルシーが足繁く通っていたようなお店?あぁいうのを出店しないかと、こんなに沢山名刺を貰ったざます」
マーラ様はまるでトランプを広げるように、色とりどりの名刺を私に見せてくれた。
「まるで手品のように出て来たニャ。鮮やかニャ」
ルドがマーラ様のカード捌きに感心した声を出す。
確かに意外な才能だ。
「今日は各国の代表も僕たちの式に参加してくれていますからね。なるほど、とうとう彼らはマーラ様とコンタクトを取る事に成功したと」
横にいるアンソニー王子が嬉しそうに満面の笑みでうなずいている。
確かに急に決まったわりに、私達の結婚式には大陸各国の王様やら王子様、それに正真正銘のお姫様などが沢山参列してくれていた。
私はこれから控えたパーティーにおいて、あんなに沢山の人に挨拶周りをするのかと、既にげんなりしそうなくらい、沢山の人が私達を祝福しに来てくれた。
だけどちょっと待って。
「私が通っていたお店って、まさかメモリアルショップの事ですか?」
私はマーラ様の口から飛び出した聞き捨てならない言葉の示す意味を尋ねる。
「それ、それざます。ここだけの話、最近魔女人気が凄いらしいざますわ」
マーラ様が何気なく口にした言葉。
「やばいニャ、やつのスイッチが入った音が聞こえたニャ」
ルドの指摘に私は隣に並ぶアンソニー王子をうかがう。すると既にアンソニー王子はマーラ様に対し、前のめり気味になっていた。
時すでに遅しである。
「えぇ、それはもう全国的に魔女様はどの方も人気があります。というのも魔女様は私にとって、正義の味方ですから。正直格好いいし誰だって憧れてしまいます。それに各国特色ある魔女様ばかりで、それがまた自分の国の魔女様を推したくなる気持ちに繋がるんです。最近では魔女様スタンプラリーツアーなどというものが開催されており、これは各国の魔女様を巡るツアーなのですが……あっすみません、つい」
魔女マニアであるアンソニー王子が饒舌に語り始めたのち、失態に気付き恥ずかしさのあまり顔を赤く染め上げた。その横で私は、今のアンソニー王子は自分を見ているようだったと愛おしさ半分、恥ずかしさ半分といった感じ。とても複雑な心境になった。
「やっぱりこいつとの結婚は早まったのでは?」
ルドがお得意のニャーを忘れ、冷静に指摘した。
そんな事はない、私は幸せだし、マニア心は誰しもが心の奥底に抱えた純粋な探究心が具現化した気持ち……のはずだ。
「王子はその魔女ツアーに参加なさったざますか?」
「私はずっと自国の魔女様推しですから。だから浮気はしない主義なんです」
凛々しい顔でキッパリと言い切るアンソニー王子。しかし私は穴があったら入りたいくらいには居た堪れない気持ち満載だ。
だって、嬉しいけど恥ずかしい。
「マ、マーラ様、今の話と畏敬を抱く話、何か関係があるのですか?」
私は魔女マニアの話から本題に軌道修正する。
こうして話している間にも、人々の歓声に応えるよう仲間の魔女達がみな張り切って魔法を空中に放ち、サービス満点な状態だ。
もはや恐怖というより、親しみを振りまいているという、非常にまずい状態なのである。
「そうだったざます。ほら、チェルシーも知っての通り魔女の森は歴代の魔女達が残した物をリフォームしつつずっと使っているざます。その結果いくら魔法がかけられているとは言え、ツリーハウスもガタがきている状態。それに加え個人住宅の数も足りていないざますし」
「確かにそうですけど」
「今の魔女の森は確かに住宅事情が最悪ニャ」
私はルドの言葉に頷きながらミシェルに呆気なく奪われた我が家を思い出す。
たかだか数日間ほど家を開けていただけで、アンソニー王子グッズが所狭しと陳列される我がサンクチュアリから、ギョジングッズに占領されたお魚ハウスになってしまった、悲しき我が家。その原因はやはり個人用ツリーハウスの数が足りてない以外あり得ない。
「ですから、大規模修繕を考えているざます。それにはお金が必要でしょう?ですから魔女を応援してくださっている人の力を借り、魔女の森公式グッズを販売する事にしたざます」
「ええええ!!」
私は衝撃の事実に仰け反りそうになった。
しかし殺人兵器コルセットのお陰で思うように後ろに仰け反れず、むしろピシリと背筋を伸ばす事となった。
「いい姿勢ざますよ。今日からあなたはアンソニー王子の妻になるのです。胸を張って堂々となさい」
紐で締め上げられるという苦行に耐えたお陰か、どうやら私はコルセットに助けられたようである。
「驚きすぎニャ」
「し、失礼」
でも仕方ない。あのマーラ様がとうとう守銭奴気味に魔女グッズをプロデュースするつもりらしいのだ。今驚かないで、いつ驚くレベルで大事件なのである。
「いいですかチェルシー。魔女はイメージが大事ざます。魔女はいつでも魔女らしく堂々と。我が身を守る為にも人々に畏敬の念を抱かせる存在、そして少しの親しみを抱かせる存在でなくてはいけないざます」
マーラ様に散々聞かされてきた魔女の教訓。
最後に聞けて嬉しいなと思いつつ、ふと違和感を覚えた。
「あれ?ちょっと変わりましたよね?」
「優しい方向にシフト変更してたニャ」
「商売繁盛には愛嬌も必要ざますから。あなたもアンデス国の治安維持担当魔女として、今後は笑顔ざますよ」
ニパッとマーラ様自ら微笑んだ。
普段無表情が板についていたマーラ様の笑顔に私は、何故か見てはいけないものをうっかり目にしてしまったような気持ちになり、ゾゾゾゾと背筋に何かが走った。
ルドに至っては混乱が過ぎたのか、足元でフーフーと謎にマーラ様を威嚇し始めている。
「ははは、が、頑張ります」
「あ、それと妊娠育児休暇を取る際は早めにね。代理の魔女を送るざますから。あぁ、忙しい。これからグッズの打ち合わせなのよ。なんでも抱き枕とかなんとか言ってたざますね」
「えっ、それはまずいんじゃ……」
私は思わず隣にいるアンソニー王子に助け舟を求め、ジッと見つめる。
「い、いいんじゃないかな?」
結婚して早々の裏切りである。
「とにかく幸せになるざますよ、チェルシー」
マーラ様は新婚夫婦に亀裂を残し、忙しなく私の前から去った。
「時代は変化するってことですね」
「む、アンソニー王子喜んでますよね?」
「わりとね?」
アンソニー王子は満面の笑みを私に返した。
これは相当期待している顔だ。
「抱き枕はやめてね?」
「そもそも公式グッズにするなら健全なものにするよう、監修します」
「非公式でもお願い」
「そうですね。魔女様はみんなのものですけれど、でもやっぱり僕が一番グッズに口を出す権利がある」
「そうよ、私の唯一のご主人様なんだから」
私がそう口にするとアンソニー王子はパーッと明るい顔になった。
「今のは良かったです」
「そ、そう?喜んで貰えたなら何よりだわ」
「魔女様、照れてる」
「か、からかわないでよ」
私はプイと恥ずかしさのあまり、アンソニー王子から顔を逸したのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます