第8話

「あの顔は禁忌魔法に匹敵する、そう思いませんか?義兄さん」


 デルタは救護室の白い天井をまっすぐ見つめながら呟く。


「目覚めの一声、それも本人を前にしてそんな歯の浮くようなことをよく言えるものだな。本当に君はいい意味で変わったよ、デルタ」


「ナルシアもいるのですか?」


「ああ、私の隣で顔を真っ赤にしながらプルプル震えてるよ」


 義兄さんが指す先にはナルシアがぷるぷるしながら座っていた。


「ナルシア、次からをするときは事前に伝えてくれないかな? 君の表情を見た瞬間、心臓が停まった。下手したら本当に死んでしまうよ」


「なら死ねば!? 私の方が先に悶死しそうなんだけど!!!!」


 ナルシアはダンッ と地面を踏みつけ、走り去ってしまった。


「あれは大分照れてるな。まったく、君も罪な男だ。あの子、君の惚気だけで本当に悶死してしまいそうだ」


「事実を言ってるだけなんですけどね」


「ああ、もっと言ってやってくれ。も、君が全部」


 そう呟く義兄さんの顔は寂しそうな哀しそうな、複雑な表情だった。


「君は本当にナルシアを愛しているのだね」


「はい。もちろんです」


「なら、ひとつ。もし、あの子が何か危機に瀕したとき、君はあの子のことを護れるかい?」


「ええ。僕の家にはそれだけの力はあると自負しています」


「確かに。君の家の力は絶大だ。だが、はどうだ?」


「僕、自身?」


「君の想いは十分すぎるほど伝わった。だからこそ、問おう。?」


「ッッ」


 ある、と即答できない。僕の家、ゲルダス家の実質的主権者は妹だ。妹が拒めば、それはゲルダス家が拒否することである。妹が僕に協力するとは思えない。ああ、決してないだろう。


 そして、僕には肉体的な力もない。見ての通り、チビで眼鏡でヒョロヒョロだ。争い事だっていつもガンマの影に隠れていた。魔法だって魔道具以下の才能だ。


「無いのだろう? そんな体たらくでよくもまあ、妹を愛していると言ったものだ。恥ずかしくないのかね? そんな貧弱な男に愛しの妹を任せる訳には行かない」


「えぇ、まったくです。いつもそうやって周りを鼓舞していたとは、とんだ人格者ですよ貴方は」


 ああ、そういうことか。貴方のあの不愉快な巡回はそういうことだったとは、これはますますベータに勝ち目がなくなってきたな。


「わざと憎まれっ子を買って出るとか、どれだけお人好しなんですか」


「はて、なんのことか。身内になるやいなやそうやって何事も前向きに捉えるのは宜しくないことだ」


「で、実際のところどうなんです?」


「明らかに共通の敵があれば皆、それを打ち倒そうと団結して努力するだろう?」


「ええ、それはもっともです」


 今まで僕が見ていた世界はちっぽけだった。自分から見える世界こそが正しくて、他人のことなど慮ることなく個人主義的に、孤独こそ至高として、過去と未来を省みず刹那的に生を終えようとしていた。


「強く、なります。ナルシアを護れるように。たとえ、あの子が悪魔であったとしてもこの世界から護ることができるように誰よりも強くなってみせます」


 それは自分の思い通りにならなくて拗ねてる子供と一緒だ。そんなこと、遠に自覚していたはずなのに目を背けていた。今まではそれでも通用してたから。けれど、それでは彼女を護れない。


「だから、僕に強くなる方法を教えてください」


 くだらない自尊心や矜恃など捨てろ。それは単なる枷に過ぎない。孤独は己に何を与えた? 否、なにも与えやしなかった。そうだろう? なら、それは誤りだったということだ。


「講義が終わり次第、毎日私の家に来たまえ。我が直伝の稽古をつけてやろう」





 γ-α-β


 デルタとゼータが救護室で問答している一方、教室ではアルファとガンマが話し合っていた。


「ああ、私の耳にもアレは聞こえていた。大層な宣言だったよ。こっちが胸焼けしそうだ」


「悪ぃ、アル。俺がもっと真剣に話しとけばデルタのこと、なんとかなったかもしれないのに」


「それは今更仕方ないことだ、気にするな。だが、それにしたって不可解だ。あのデルタがあんなことを大声で叫ぶとは到底思えない」


「洗脳じゃなぁい?」


 ヌルりとベータが現れる。


「そうかっ! どうだったんだガンマ! あのときデルタから何か魔力を感じなかったか?」


「んー、 あんときはデルタとの話に夢中でそこまでは気にしてなかったからわかんねぇや」


「はぁ〜、君は相変わらずだねぇ。デルタが居たらおかんむりだよぉ」


「も、もし、デルタが洗脳されてんだったら、俺、アイツにひでぇこと言っちまった......。今すぐ謝らねぇと!!」


「ちょいまちぃ〜。そんなことしたらこっちが勘づいた事がバレちゃうでしょぉ。どうせ洗脳されてるときの記憶は消えるんだから、その心配は杞憂だよぉ」


「そ、そうか。それにしてもあいつら!!許せねぇ!!!遂に俺たちの親友にまで手を出しやがった!!!」


「ま、いつまでも地に足つけなかったデルタも悪いけどぉ──それについてはガンマと同感かな」


「ああ、当たり前だ」


 待っていろ、デルタ


 お前のことは必ず


 救い出してやる


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鬱苦しい世に、苛莉なる君と 肉巻きありそーす @jtnetrpvmxj

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