第7話

「いや〜〜、なんともなんとも。まさか本当に君が私の義弟になるとは、いやいやなんとも喜ばしいことだ。なにより、あの子にもようやく婚約者ができて私も胸を撫で下ろしたよ」


「ええ、あれほど妖精のように美しく純粋な人はこの世に存在しません。どうしてもっと早く婚約を取り付けてくださらなかったのですか?」


「お、おお。ナルシアのことを評価してくれることは私にとっても大変嬉しい。が、今回の婚約はの申し付けだろう?」


「あ、ああ。そうでしたね」


 十中八九、あのの差し金だろうが、今回はどうにも感謝せざるを得ない。こうして運命の出会いを果たすことが出来たのだから。


「ナルシアも君のことを非常に気に入っているようでね。昨日なんて夕食中、ずっと楽しそうに君のことを話していたよ」


「モンド様はナルシアと仲が良いのですか?」


「うむ。他の者と比べればあの子との関係は良好だ。といっても、あの子にとっては私が唯一の話し相手だがね。それと、私のことはゼータでいい。様もいらない」


「ゼータ義兄さんというのは?」


「まあ、好きに呼びたまえ」


ゼータはフッと笑みを零した。


「変わったのはナルシアだけかと思ったが、どうやら君も大層変化したようだ、デルタ」


「やはり、傍目からは愚かに見えますかね」


「さて、それはどうだろうか。少なくとも私から見れば君は大きく成長したように見える。周囲に対して常に刃を向けていた君が今では柔らかな羽を向けるようになった」


「随分と詩的ですね。ゼータ義兄さんも詩集を出してみたら如何です?」


「はは! それでもその刃は未だ健在か! 実に愉快だ!」


学園の廊下で愉しげに談笑する二人の姿は昨日の縁談がいかに上手く行ったかを物語っていた。


「デルタ」


その二人の前に人影が立ち塞がる。


「ああ、おはようガンマ。珍しく早いじゃないか、いつも始業ギリギリの君がこんな時間に来るなんて」


「本当に、そいつの妹と婚約しちまったんだな......」


「そうだよ」


「どうしてだよ! お前、何とかするって言ってたじゃねーかよ! 何かあるって、だから俺、お前のことだから大丈夫だって思ってた!! でも、結局なんともなってねぇじゃねぇか!」


「そのする必要がなかったってことだよ。僕は望んで彼女と婚約をしたんだ」


「嘘だ。 本当はそのデブ野郎に言わされてるだけで納得してねぇんだろ? 任せろ、俺たちがなんとかしてやるから安心し─「いい加減にしろよ!!!」


「え?」


「君はいっつもそうだ!!! 思い込んだら突っ走って僕の話を聞きやしない!! ナルシアを愛しているから婚約を正式に申し込んだんだ!!!君がアリミネス嬢を好いているように僕はナルシアを愛しているんだ!!!」


「ぐっ!」


「それにゼータ義兄さんに向かってデブ野郎とはどういうことだ? 君は侯爵だろう? いくらアルの側近だからといっても限度があるぞ」


 僕が捲し立てると、ガンマは力なく項垂れた。


「そうかよ。もうお前はダメなんだな。完全にそっち側なんだな」


「なんだって?」


「お前とは絶交だ!!! 二度と喋らねぇし遊ばねぇ!!!もう二度と守ってやらねぇからな!!!! 」


 涙で顔をグシャグシャにしながらガンマは叫ぶ。その宣言は学園全土に響き渡ったであろう。


「おい、なにもそこまで─「うるせぇ!!喋りかけんじゃねえよ!!! 」


 ガンマは二の腕で顔を拭きながら、踵を返す。その後ろ姿が消えるまで、何故か声が出なかった。


「ふむぅ、何やら申し訳ないことをしたようだ」


 ゼータ義兄さんが申し訳なさそうに頬をかく。


「いえ、義兄さんのせいではありませんよ。どうやら、最近の政争ごっこに拍車が掛かっているようです」


「ああ、例の聖女とパドラ嬢のことか。私も今まで静観していたがそろそろ動くことも考えないといけないか。最近、知らぬところで担ぎあげられてるようだからな」


「僕でよければお力添えしますよ」


「はは、頼もしいな」


「ねぇ」


 不意に後ろから袖が引っ張られる。振り返るとそこにはナルシアがいた。


「ナルシア!おはよう!」


「全部聞こえてた」


「ん?」


「私のこと、愛してるって、大声で叫んでるの、校舎の入口まで響いてた」


「ははっ! 確かにあの宣言は私の腹の肉が揺れるほど大きかったな!!」


「笑い事じゃない!!!私、死ぬほど恥ずかしいんだけど!!!」


 ナルシアの頬はりんごのように紅く染まり、その瞳がじんわりと潤っていく。


「ヴッッッ!!!!!!!!!」


その姿を見たデルタの心臓と脳がショートする。心臓から送られるピンク色の物質で脳内は埋め尽くされ、酸素が急激に減少していく。


胸を抑え、デルタは地に伏した。


「ちょ、ちょっと大丈夫!?」


「担架だ!! メイドでも誰でもいい! 早く彼を救護室まで運べ!」



その一連の流れを窓の外から覗く者が一人。


「チッ」


忌々しげに舌を鳴らして去っていった。


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