狂宴

鹽夜亮

狂宴

 テーブルを囲んで四人が座っている。その真ん中には、頭蓋の開かれ、脳が露わになった全裸の女性が、美しい食器や光の反射にその切れ味を見せびらかすナイフと共に鎮座している。その心臓はたしかに鼓動しているが、女性は目を閉じたまま、安らかに眠っている。

「君、素晴らしいね。実に良い仕事をしたものだ。彼女に苦痛はないのだね?」

 スーツ姿の紳士が、向かって左に腰掛けるラフな黒いジャケットを羽織る男に聞く。

「ああ、保証する。その女は痛みはおろか何も感じやしないさ。俺のこだわりってやつだ」

「それ、優しさ?それとも食肉に苦痛は与えないってやつ?」

 ジャケットの男の対面に位置する、学生服らしき服装に身を包んだ少年が茶化すように問う。

「両方だな、ぼっちゃん」

 問われた男は、そういうとあっけらかんと笑った。

「…確かに、食肉に無用な苦痛を与えるのは肉の味に関わると聞きます。して、どう頂けばよろしいので?」

「ああ、必ず脳から食べてくれ。手は尽くしてあるが、万一にも苦痛を与えないためには、それが一番でな。人間の脳に痛覚はない。そのあとはお好みに切り分けますよ、紳士様」

「紳士様などやめておくれ。私はただの人だ」

 めいめいの皿に女の脳が盛られていく。ピンク色をしたそれは、食器に盛られると不思議と食欲をそそるものにも見える。

「ソースはバルサミコでサッパリと仕上げてある。お好みでかけて食べてくれ。脳は食感や質感は豆腐に近いが、味は野性味あふれる濃厚さがある。火を通したいなら言ってくれれば軽くフランベでもしよう」

「ふむ、生で頂きましょう。…なるほど、これは面白い味ですね。貴方の仰る通りだ。日本食には脳を食べる文化がほとんどありませんが、この分だと他の食肉のものも期待できますね。うむ、ソースとの相性も素晴らしい」

 スーツ姿の紳士は、静かにカトラリーを動かしながら、皿に盛られた脳を食してゆく。時折うなづきながら咀嚼する姿からは、美食家という言葉が浮かぶ。

「僕はソースない方が好きだなぁ。ああ、目の前にいるこの人の脳を今生で僕が食べてるんだって、血生臭さや質感が教えてくれるよ。…たまらないね」

 一方、少年は恍惚とした表情で夢中に手を進める。

「それは結構。手をかけた甲斐があったってもんだ。それにしても、二人とも食道楽というか何というか、よくもまぁ俺なんかの食事に同伴しようと思ったもんだな」

 ジャケットの男はカラカラと爽やかに笑いながら、慣れた手つきで食を進める。彼はソースをつけたりつけなかったり、時々に味を変えて楽しんでいるようだ。

「食道楽…ですか。そうかもしれませんね。美食家などと自分を称しはしませんが、気になりませんか?我々と同じ生物がどのような味をしているのか。…ああそう、いわば好奇心ですよ。そしてそれを満たすには貴方を訪ねるのが最も手早かったのです」

「好奇心ねぇ。確かに、人間はあらゆるものを大概食べ尽くしちゃいるが、自分だけはあんまり食べないからな。歴史的に例外はあるが、少なくともポピュラーじゃない。まぁここも例外だがな。…で?君は?少年」

 無我夢中に食べ進める少年に、ジャケットの男が話を振る。少年はそれに一拍遅れて気づくと、薄い笑みを浮かべながら話し始めた。

「食欲と性欲、ですかねー。いや、僕も僕なりに色々考えたんですよ。僕はなんでこの子が食べたいんだろう?とかあの子を見るとなんで美味しそうだと思うんだろう?とか。夜な夜な悩んだりなんか青春じみたことをした末に、行き着いたのは結局三大欲求ってやつでしたよ。ま、両方満たせるなんて、これってお得じゃないですか」

「ハハッ、なるほどな。そんな気はしてたよ。自分で手を出す前に俺のところに来たのはいい判断だ。素人じゃ味は落ちるし、無用な苦痛を与えかねないからな」

……

 四人の狂宴は静かに、異様に、時に陽気に、進んでいく。削り取られていく女の肉体とは裏腹に。

「さて、流石にそろそろ皆様ご満足、と言ったところかね」

「少々食べ過ぎてしまいましたね。それにしても、素晴らしい食事でした」

「僕ももういいかなぁ。元々少食なんだけど、スーツのおじさんと同じく食べ過ぎちゃったよ。美味しかったし、その、ね。うん。いいね。想像通りだよ。満足満足」

 さて、と腰を上げたジャケットの男は、手慣れた手つきで女と食器を片付け始めた。ものの数分でそれが終わると、最後にワイングラスに注がれた赤黒い液体が供される。

「こちらは?」

「ああ、赤ワインと血が元になったカクテルだ。血のままだと癖が強いが、カクテルにするとちょうどいい。安心しろ、少年の分はノンアルコールにしてある。まだ酒を飲める年齢じゃないだろうからな」

「ちぇっ…あっ、でも美味しいや、これ」

………

 お開き。そうジャケットの男が告げたのは、めいめいのワイングラスが空になってすぐだった。

 途端、視線が一人に集まる。

「それで」



「「「そこで見ている貴方はなんでここに?」」」

………………

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狂宴 鹽夜亮 @yuu1201

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