輪廻逆行転生

 ふと気が付いたとき、彼女はまだ羅生門にいた。しかし、そこは死臭に満ちた、老婆の住み慣れた羅生門ではなかったし、また、彼女自身も老婆ではなくなっていた。年は十五の乙女であった頃に戻っていたのである。朱雀大路には物売りの声が響き渡り、羅生門の威容を眺めて喜ぶ旅人たちの姿も見えた。


 これはどうしたことか、と女は思った。自分は夢を見ているのか。あるいは、夢を見ていたのか。それはどちらでもよかったし、どちらでも同じことだった。女は、自分が空腹であることに気付いた。懐を探すと、わずかに銭がある。物売りの中に、干魚を売っている少女がいた。その干魚は本物の魚だということを、女は知っていた。あの少女が蛇を干魚だと偽って売るようになるのは、今から五十年も先のことなのだから。


 女は干魚をあがない、それを食べ、考えた。これから、どうやって生きていこうか。かつて自分がそうしていたように、やはり春をひさぐか。いろいろ考えてはみたが、他の答えは見つからなかった。女はかつて自分がそうしていたように、京の辻で身体を売る暮らしを始めた。


 やがて、再び五十年の歳月が流れた。女は再び、死人の髪を抜いて、鬘を作る商いをするようになっていた。春を鬻ぐことなどはとうに出来なくなって久しい。


 だが、その日。ふと女は髪を抜く手を止めた。女の口からは、この言葉がついて出ていた。


「おん まいたれいや そわか」


 そこに一人の男がやってきて、女をその場に突き倒し、こう尋ねた。


「己は検非違使の庁の役人などではない。今し方この門の下を通りかかった旅の者だ。だからお前に縄をかけて、どうしようと云うような事はない。ただ、今時分この門の上で、何をして居たのだか、それを己に話しさえすればいいのだ」


 女は答えた。


「この経唱えてな。この経唱えてな。死人どもの御魂を弔っていたのじゃ。死ねば、誰しもただの骸じゃからな。わしも、そなたもな」


 男は衝撃を受けた。


「では、己が功徳を積もうと笑うまいな。己もそうしなければ、ならぬと信じる身なのだ。おん まいたれいや そわか」


 一晩中、二人は羅生門で祈り続けた。


 三日と経たぬうちに、羅生門に祈りを捧げ続ける奇妙な二人組がいる、という噂が市中に立った。やがて、誰からともなしに人々がそこに現れ、屍を葬り、そして羅生門を掃き清め始めた。


 羅生門がすっかり綺麗になったとき、最後まで祈り続けていた老婆は既に命果てていた。下人であった男は近くの寺に招かれそこに暮らし、のちに住職となった。


 老婆の魂のその後の行方は、誰も知らない。

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HEAVENS GATE きょうじゅ @Fake_Proffesor

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