羅生門フルスロットル・ふたりはズッ友!

尾八原ジュージ

撮れ高

 ある日の暮れ方のことである。一人の下人が、羅生門の下で雨やみを待っていた。

 少なくとも余人にはそのように見えた。下人は石段に尻を据え、右の頬にできた大きな面皰を気にしながらぼんやり空を眺めている。雨を避けながら朱雀大路をゆく人々には、ただ雨宿りをするもののように見えたことであろう。

 また、一人の老婆が同じく、羅生門の下でちんまりと座り込んでいた。檜皮色の着物を着た白髪の老婆である。彼女もまた雨やみを待っているかのごとく、ひとびとには見えた。

 だがそうではなかった。雨脚が弱くなり、空が暗くなっていっても、下人も、老婆も、そこから動く気配がなかった。


 やがて日が落ちた。

 現代の日本では考えられないほど濃い闇が、洛中を、朱雀大路を、そしてむろん、下人と老婆を包み込んでいた。

 ふたりとも言葉を交わすことはなかった。とくに語るべきことがないからであった。

 かつて引剥とその被害者であったふたりは、今や互いに欠かすべからざる相棒であり、ほかの誰よりも相手のことを知っていた。朝食に何を食べたか、家から出るときどちらの足から踏み出すか、そのほか趣味、好物、誕生日――あらゆる情報を、自然に把握しあっていた。

 であれば今更あえて話すこともなく、また、ふたりの間に流れる沈黙も決していやなものではなかった。というわけで、下人と老婆は黙って、石段の一番上にちょこんと並んで腰かけていたのである。

 辺りが真っ暗になっても、ふたりはまだ何かを待っていた。雨やみでも、夜闇でもない何ものかを。そしてとうとう羅生門の上の楼から、ごとり、という音がした。

 ぽ、と明かりが灯った。老婆が筋張った手に、いつの間にか松の木片をつまんでいた。その先端に小さな炎が揺れている。

 犬の唸るような声が、またも楼から聞こえてきた。下人と老婆は灯りの中でうなずきあい、楼へと続く梯子を上り始めた。


 それから何分かの後である。

 下人と老婆はすでに楼の上に達していた。楼の床には引き取り手のない死体がごろごろ転がっている。

 その中にひとつ、もぞもぞと動くものがあった。

 はじめ人間のかたちと見えたそれは、よく見ると背中に棘のようなものがいくつも生えていた。老婆の掲げた火が、それの影を黒々と壁に映しだしている。死体を食い破り、血を啜るぞっとするような音が、楼に満ちる。

 やがて異形のものが体を起こし、楼の床に立った下人と老婆の方を向き直った。巨大な目が赤く輝き、口もとからは死人の血が垂れている。

 まさしくチュパカブラである!

 下人は腰から下げた聖柄の太刀をぬいた。チュパカブラとは三メートルほどの距離がある、しかしその距離を、チュパカブラは驚異的なジャンプ力をもって一瞬で詰める。下人の振るった太刀を、チュパカブラは牙でもって受け止め、そのまま首を振るった。なんという剛力! 下人は太刀を握ったまま放り投げられ、楼の壁に背中から激突した。

 続いてチュパカブラの目が老婆をとらえる。背の低い、痩せた、猿のような老婆である。しかしその面には、不敵な笑みが浮かんでいた。

「おのれ、どこへ行く」

 その問にチュパカブラが答えるわけもない。妖物は腕を大きく振りかぶり、鋭い爪が老婆めがけて振り下ろされた。

 しかしその手は中空でぴんと止まった、否、止められていた。黒い縄がいつの間にかチュパカブラの腕に巻き付いていたのである。

「死体の髪を抜いてな、髪を抜いてな、縄にしたのよ!」

 人毛で作った縄は強靭であり、また暗い場所では見えにくいことから、ニンジャなどにも重宝されるという。まして老婆のものは死体の脂を擦り込み、その他諸々の特殊技術を施して強度を極限まで上げた逸品である!

 老婆が勢いよく腕を振ると、黒縄はビンと空気を震わせて鳴った。巻き取られていたチュパカブラの右腕が切断され、身の毛もよだつような咆哮がその口から放たれた。羅生門の下に集っていたギャラリーは熱狂し、くちぐちに歓声を上げた。

 そしてこの恐ろしい攻防のうちに、下人はようやく身を起こしていた。老婆がそれに気づき、不敵に笑った。

「手のかかる坊やだね」

「なら、おれがとどめを奪っても恨むまいな」

 下人は床を踏みしめ、ゆっくりと呼気を吐いた。呪文が彫られた聖柄の太刀を握りなおすと、太刀の刃が青白く輝き始める。見よ! これこそは破邪の刃である! 烈帛の気合とともに、下人はチュパカブラに斬りかかった。

 一閃!

 青白い光が一瞬、朱雀大路を真昼のように照らした。チュパカブラは両断され、その体は死体の間に崩れおちた。この様子は定点カメラによって撮影、生配信され、視聴者の中には狂乱のあまり、牛車に火をつけたものもいたとかいないとか。

 やがてひとびとが去り、静寂がふたたび朱雀大路をつつんだ頃、下人と老婆は揃って梯子を下りてきた。ひと仕事を終えたふたりの満ち足りた顔を、松の木片に点した炎があたたかく照らしていた。

「では、帰ろうか」

「うむ」

 下人と老婆は、肩を並べて歩き始めた。高揚感のためであろう、帰り道のふたりは饒舌である。

「疲れたじゃろ。先に風呂入っていいよ」

「いいよ、おばあちゃんが先で」

「じゃあ、一緒に入る?」

「は? なっ、何言ってんだよ!」

「今更恥ずかしがるでないわ。お前さん、わしの裸見たことあるじゃろうが」

「また!? もう〜、やめてよ! 引剥したときの話は!」

「うふふふ」

 朗らかな声が、黒洞洞たる闇のなかをわたっていった。


 ふたりのゆくえは、誰も知らない。

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