第三十一章〜最終章
第三十一章 探偵そして殺し屋
激しい銃撃戦だった。
探偵は肩で呼吸し、壁にもたれかかる。
目の前にはスーツの男が立っている。
「あんた警察か?」
「違う、お前が殺し屋なら、俺は探偵だ」
そこにドアを蹴破って多数の足音が探偵達の前に姿を現した。
男たちはヘルメットを被り、防弾装備に身を包んでいる。
殺し屋が集団に向かい、銃を構える。
それに反応し、男たちも銃を構える。
「お前ら、銃を降ろせ、彼らは味方だ」
探偵はその声に聞き覚えがあった。だがその声の主は車の爆発で死んだはずだった。
男たちが道を開けると、声の主が姿を現した。
「ジャック、無事か?」
どうやら亡霊ではないらしい、その姿は紛れもなく相棒だった。
「生きていたのか」
探偵は同僚の肩に手を回す。
「俺はお前の相棒だ、あんなことじゃ死なないさ」
同僚もそれに答える。
「こいつらはお前が呼んだのか?」
「あぁ警察にもまだまともな奴らがいてな、無理な頼みだったが引き受けてくれた」
殺し屋が二人の間に割り込む、握っていた銃はすでに床に置かれていた。
「感動の再会中悪いんだが、デイブの件を片付けるのが先じゃないのか」
三人が向き合う、同僚は部隊に辺りの捜索を命じる。
「こいつは新しい相棒か?」
同僚が殺し屋に目を向け、ジャックに尋ねる。
「こいつは殺し屋だ、だが逮捕は待ってくれ」
「探偵に殺し屋、随分と愉快な状況だな」
すると部隊の一人が叫んだ。
「生存者2名を確保」
三人は声の方へ歩いていく、そこには男女が二人、床に座っている。
「ジェシー、大丈夫か」
そう言うと殺し屋は女へ近づき、胸に目をやる。
そこには銃で受けたであろう痛々しい傷が衣服を血で染めている。
一方男は肩に弾を受けており、痛みに顔を歪めている。
ずれたサングラスを直す余裕もないのか、生きも絶え絶えに叫び始めた。
「ふざけやがって、デイブが黙ってないぞ」
「こっちから会いにいくさ」
探偵はそう言い放つと、同僚は男の手に手錠を掛ける。
「連行しろ」
そう言うと部隊の男に連れられ、男は外へ消えていった。
「問題はあの女だ」
探偵は女に近づき膝をついた。
女の顔は出血の影響か白くなり、呼吸が浅い。
だが探偵はその顔を見て、何かを思い出した。
5年前のあの倉庫、狙われた少女。
「君は5年前の事件で生き残った、違うか?」
女は静かにうなづいた。
殺し屋が静かに口を開く。
「何故知っている、探偵」
「俺もそこにいたんだよ、デイブを殺すことができなかった」
探偵は殺し屋の目を見つめる。
「デイブの耳を削いだ銃弾はあんたが撃ったのか」
「今度は外さない」
そこに医療班が到着し、女性の手当てを始めた。
二人へ同僚が声を掛ける。
「さてこの後はどうする?」
「奴に引導を渡してやる」
サングラスの男が所持していた携帯が震える。
同僚はそれを持ったまま、ジャックを見る。
ジャックは携帯を受け取ると、電話にでた。
「お前の部下は全滅したぞ」
一呼吸おいて、笑い声が携帯から流れる。
「そうか、君らは随分と幸運だな、ジャックにジョン」
「俺を知ってるとは光栄だな」
「忘れはしないさ、まさか探偵になっているとは驚きだがね」
「お前が生きていることに比べたらどうってことはない」
「役者は揃ったわけだな、探偵に殺し屋、そして私の娘」
「お前に残されているのはエンドロールだけだ」
「因縁の場所で君らを待つ、最後に立っているのはどちらかな」
そこで電話は切れた。
探偵は携帯を同僚に返す。
「奴の場所がわかった」
同僚が探偵を見つめる。
「部隊が必要か?」
探偵が首を振る。
「必要なのは銃と車だ、銃を二丁頼む」
探偵は殺し屋を見る。
「また俺をおいてくのか?」
同僚は探偵に詰め寄る。
「これは因縁だ、立ち切れるのは俺とこいつしかいない」
しばらく二人は睨み合う。
「約束しろ、今度はしくじるな」
探偵は目線を逸らさない。
そして探偵に向け、車のキーを投げた。
その後ホルスターから拳銃を引き抜き、殺し屋に渡す。
「こいつを頼んだぞ」
懐からもう一丁の銃を出す。
「ありがとな、相棒」
二人はスライドを後退させ、弾が装填されていることを確認する。
そして建物を出て、同僚が用意した車に乗り込む。
あの場所まではそう遠くない。
エンジンをかけ、探偵は車を走らせる。
タイヤが地面を切りつける音だけが車内に響いている。
第三十二章 殺し屋 嵐を目前に
「俺を信用していいのか」
探偵はハンドルを操作しながら答えた。
「俺を殺すならいくらでもチャンスがあったろ、でもお前は俺を殺さなかった」
確かに殺す機会なら、山ほどあった。しかし自分はこの男を殺せなかった。
「一個聞いていいか、ジョン」
「俺の名前を誰から聞いた」
「電話でデイブがそう呼んでいた」
しばらく無言でいると、探偵は肯定と受け取ったのか、質問を続けた。
「お前は5年前、どうゆう因果であの場にいたんだ」
「俺はジェシーを殺す依頼をデイブから受けていた、だがそこに師匠が現れた」
「殺し屋にも師弟があるのか」
殺し屋の頭にはあの日の忌々しい記憶が蘇る。
「そこで師匠はデイブに殺された、デイブも死んだものだと思っていた」
「だが耳が吹き飛んだだけだった」
探偵が自嘲を持ってそう言った。
「その後、俺は女を逃し、殺し屋として仕事して今に到る」
「お互いあの日に何かを失ったんだな」
殺し屋は師匠の言葉を思い出していた。
そして、意思を奮い立たせた。
「俺とあんた、どっちがデイブを殺すんだ?」
「成り行きに任せるさ」
そう言うと探偵はアクセルを踏み込んだ、次々と車を追い越し海岸沿いを走る。
窓から、あの倉庫が見えてくる。
以前来た時と変わってない様に見える。
探偵は、少し離れた場所で車を止めた。
二人は無言で車を降りる。
そして、倉庫へ向かい歩き始める。
入り口を抜けると、そこに一人の男が立っている。
男は振り返る、その男の右耳は削がれ、無くなっている。
この状況でさえ、男からは焦る様な様子はない。
二人は銃を構える。
「美しい友情だな」
デイブはそう言うと、手を叩き、笑い始めた。
「諦めろ、お前は終わりだ」
ジャックの指に力が籠る。
「本来なら5年前に終わっていた命だ、君たちの前にいるのはその亡霊だよ」
何かがおかしい、デイブ以外が倉庫に隠れている様子もない。
何故この男はここまで余裕なんだ?
「娘はいないのか、まぁそれならそれで構わない」
「幕引きにしようか」
そう言うと、デイブはポケットから何かを取り出した。
ここからではよく見えない。
だが奴が何かをしようとしているのは明白だ。
殺し屋と探偵が引き金を引く、これ以上奴の好きにはさせない。
だが響いたのは、銃声ではなく、爆音だった。
轟音と共に爆風が二人を襲う、探偵は体勢を崩す。
だが意識ははっきりしている。
立ち上がり、周りを確認する。
倉庫は半壊し、周りは火に包まれている。
横には殺し屋が倒れている。
頭を打ったのか、出血している。
「おい、立て」
殺し屋の肩を叩く、薄く目を開き、殺し屋が目を覚ます。
探偵は殺し屋の腕を掴み、立ち上がらせる。
火の回りは早く、呼吸が薄くなる。
だが立ち上がったのは二人だけではなかった。
炎の中に男が立っている。
男の腕が伸びる、その手には銃が握られている。
銃口は自分に向いている。
動け、膝に力が入らない、煙を吸いすぎたか。
だが不意に探偵の体が、横に突き飛ばされる。
銃声が響く、探偵の目には銃弾を受け、倒れる殺し屋の姿が見える。
探偵は腕を伸ばす、銃口が男を捉える。
倉庫の崩れる音に銃声はかき消された。
弾丸は男の肩を打ち抜き、炎の中から男が消えた。
探偵は倒れた殺し屋を抱える。
体からおびただしいほどの出血が確認できる。
シャツは彼の血で赤く染まっている。
「なんで俺を助けた?」
「俺の意思だ、勝手に体が動いただけだ」
殺し屋は血を吐く。
「銃を拾ってくれ」
探偵は殺し屋の足元に転がる銃を拾い上げると、その手に握らせた。
「まだくたばるなよ」
二人の周りはまるで地獄だ、炎が壁の様に、立ちはだかる。
探偵は天井を、見つめる。
劣化し、起動していないスプリンクラーをめがけ、銃を構える。
「一か八かだな」
1発、2発と発砲するが、水が落ちてくることはない。
3発目でスライドは後退し、戻らない。
弾切れだ、これで万事休す。
諦め、地面に突っ伏したところで、頭に何か冷たい感触を覚える。
水だ。
パイプが破裂し、二人の周りに水がばら撒かれる。
炎の勢いが弱まる、今しかない。
「行くぞ」
探偵は殺し屋の肩を抱え、歩き始める。
だが二人の後方で笑い声が響く。
「まだ、幕引きには早い」
探偵の銃は既に撃ち尽くしている。
殺し屋は動ける状況ではない。
探偵は殺し屋の顔を見る、その目には意思が宿っている。
だらりと伸びた殺し屋の腕を探偵は持ち上げる。
蜃気楼の中に見える男は、本物の亡霊の様だった。
「終わりにしよう」
耳元で殺し屋がそう呟くと、引き金が引かれた。
そして、男の頭が後方に吹き飛んだ。
頭部へ1発、男は地獄の中で消えていった。
殺し屋の意識はそこと途切れる。探偵は抱えている腕に一層力を込める。
倉庫を出ると、探偵は膝を下ろした、既に体は限界を超えていた。
燃え盛る倉庫を見ながら、横に倒れている殺し屋に目を向ける。
「これで全て終わったな」
探偵はポケットから煙草を取り出し、咥える。
震えた指では上手く、火をつける事ができない。
「お手伝いしましょうか?ジャック様」
聞いた事がない声に振り返る。
そこにはスキンヘッドにスーツ姿の男が立っている。
男は腰を下ろすと、探偵の煙草に火をつけた。
煙を吸うが、五臓六腑に痛みが走る。
「あんたはこいつの仲間か?」
男は横に首を振る。
「私は誰の味方でもありません、サービスを提供するだけです」
「怪我をしてる、危険な状況だ」
「ジョン様なら心配ありません」
そうか、と探偵は言った。
そこに足音が近づく、
男はそれに気づき、一礼するとその場を離れた。
「君か」
「全て終わった様ね」
女は腕を組んでいるが、その下には血が滲んだ包帯が巻かれている。
「デイブは死んだ、今度こそな」
「あなたはには謝らなきゃいけないわね、ここまで巻き込んでしまった」
探偵は女の顔を見る、その目には涙が滲んでいる。
「謝罪はいらない、君の口から全て話してほしい」
「話せば、あなたの身が危険に晒される」
これ以上の危険があるのか、今日だけで体はボロボロだ。
「君はデイブの娘だろ、5年前に殺されかけていた」
女はしばらく、探偵の目を見つめていた。
「彼は全てを求めた、その結果私が邪魔になったのよ」
ありきたりだな、だがデイブもそれまでの男だったと言うわけか。
「そこでこいつの師匠が君を守った、命を犠牲にして」
「これはその彼の弔い、誇り高い殺し屋のね」
随分と大きな弔いだ、それほどまでに偉大な男だったのか。
「君らは、この後どうするんだ」
「デイブは死んだ、でもその後始末が残ってる」
どうやら俺のまだ知らない世界があるらしい。
「もう行くわ、あなたのお友達もそろそろ着く頃だし」
女は歩き始めた、探偵はそれを追いはしなかった。
何人かの男が、殺し屋を抱え、運んでいく。
探偵の後ろで、車のエンジン音が聞こえる。
その後、訪れた静寂の中で、煙草の焼ける音だけがそこにあった。
最終章 探偵 始まりは雨
それからは随分と慌ただしく時間が過ぎていった。
自分の体を診て、医者は生きている事が不思議だっと言った。
今度は病院を抜け出さず、体を治すことに専念した。
その後何度か、警察が現れ、今回のことについて聞かれたが、何も答えなかった。
話すにはあまりに長すぎる。
そして退院の日、同僚の車に乗り、ある場所へ向かっていた。
「お前が無事でよかった」
「そっちもな、勝手をやり過ぎて随分と肩身が狭いんじゃないか?」
信号で車が止まると、同僚は静かに話し始めた。
「上層部の連中がこの数週間で何人も自殺している、俺の処分などしてる場合じゃないのさ」
後始末、彼女の言葉を思い出す。そう言うことか。
「俺らが関わることじゃない」
信号機が青に変わる。
そうだな、と同僚が言うとアクセルを踏む。
「今度、俺の嫁さんと娘に会ってくれよ、ヒーローに会いたいって娘がはしゃいでる」
「俺はヒーローじゃない、ただの探偵だよ」
同僚は笑う、車はどんどん人気のない場所へと進んでいく。
車が止まると、同僚が探偵を見る。
「一人で行くんだろ?」
うなづくと、探偵は車のドアを開け、道を歩く。
しばらく進むと、探偵の目の前には墓石が一つ佇んでいる。
「終わったよ、ようやくあんたに顔向けできる」
探偵は煙草を取り出し、火をつける。
「一本付き合ってくれ」
もう一本の煙草に火をつけると墓石の上に置いた。
そこはピアースの墓だった。
彼の死を聞いたあの日から5年立ってやっとここに来る事ができた。
「来れずにすまなかった」
探偵はしばらく目を閉じる。
あの人は今の自分を見てなんと言うだろうか。
それは自分が死んだ後に聞けばいい。
探偵は煙草の火を消すと、それを拾いポケットにしまった。
そして、墓に背を向け歩き始めた。
同僚の車へ戻る道を歩いていると、前から男が近づいてくる。
一瞬こちらと目が合う、ひどく顔色が悪い。
探偵は立ち止まる、男は探偵の脇を抜け、後ろで歩みを止めた。
「生きていたんだな」
探偵は決して振り返らなかった。
「あんたのおかげだ」
あの日の記憶を熱さと共に思い出す。
「もう2度と会うことはないだろう」
「そうか」
「さよならだ、探偵」
「じゃあな、殺し屋」
二人は歩き始める。
探偵は振り返らない。
既に殺し屋がそこにいないことを知っていた。
そして同僚の車に戻り、助手席に乗り込んだ。
「あの人は喜んでいたか?」
「さぁな」
同僚はエンジンをかける。
「この後はどうすんだ?」
「探偵を続けるさ、俺みたいな男がこの町には必要だ」
全ての始まりは雨の日だった。
だが長い雨が明け、空には心地の良い快晴が広がっている。
探偵を乗せた車は速度を上げ、走り去っていく。
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます