第二十六章〜第三十章
第二十六章 ジャック 因縁の始まり
白焼けの景色の中でジャックは一人海岸に座り、海を眺めていた。
耳には砂浜を流れる波の音だけが聞こえる。
デイブが訪れるであろう倉庫はここから歩いて約5分といったところか。
ここからなら出入りする人間がはっきり見える。
作戦などなかった、ただそこに行き、自分の役目を果たすだけだ。
ジャックの視界に1台の車が映る。
後部座席のガラスはスモーク加工されており、中が見えない。これだな、ジャックの勘がそう告げる。
車は倉庫へ向け走り去っていく。
「いよいよか」
ジャックはそう呟くとその車の後を追うように歩き出した。
倉庫には巨大な出入り口が一つ、そこから以外は出入りができないように見える。
ジャックは見張りが来るよりも早く、出入り口から倉庫の中へと入った。
倉庫の中には無数の積荷やクレーンが置かれており、ジャックはその影に身を隠す。
身をかがめながら、ホルスターからリボルバーを取り出し、引き金に指をかける。
ジャックは静かにデイブが現れるその時を待った。
車から降りる無数の足音がジャックの耳に聞こえてくる。
足音からして、おそらく4人。
2人が出入り口の警備のため、車から早足で歩いていく。
残された2人が何やら会話をしてるが、ここからではよく聞こえない。
ジャックは音を立てぬよう身を起こし、話している2人へ目を向けた。
女だ、その横顔からはまだ幼さを感じる。少女と呼ぶのが適切か。
何やら横の男と話しているがここからではその内容までは聞き取れない。
どうなってる、ジャッカルが最後に嘘をついたとは考えられない。
ここで待つか、それとも出直すか。
血を吐きながら、言葉を絞り出した男の顔を思い出す。
新たに聞こえた車のエンジン音が、ジャックの疑問を打ち消した。
黒のクラウンが倉庫へと入ってくる、ジャックは頭を下げた。
出直す選択肢は無かった、ジャックにはそこにデイブがいるという確信があった。
「会いたかった、愛しの娘よ」
男が発したその声が倉庫内に響く、隠れていたジャックの耳にも聞こえた。
その数秒後、銃声が響き、倉庫内の空気が変わった。
どうやらただの親子の再会ではないらしい。
ジャックは身を乗り出す、中央に立っている男の顔が目に飛び込む。
デイブ、随分と待たせてくれたな。
ジャックは気付くと叫んでいた。
リボルバーの銃口はデイブを捕らえる。
引き金を強く引き絞る。
これで終わる。一人の悪党と自分の役目が。
二十七章 ジョン 自らの意思
時計の針が午前4時を指した。
早朝と呼ぶにはまだ窓から見える空は暗かった。
ここに着いた後に届いた荷物、仕事に使う銃のメンテナンスはとっくに済ませてあった。
今回は銃口のチェックも忘れてはいない。
スーツパンツにシャツの姿で、部屋のソファに腰を下ろしていた。
ジャケットはハンガーにかけたまま玄関に置いてある。
早朝に迎えが来ると、車を降りる際に女が口にしていたことを思い出す。
そろそろだな。
独り言を呟き、目の前の机に並べた銃に目を落とす。
ワルサーを手にとり、3つ並んだマガジンを一つ取り上げると装填する。
何度か室内の暗闇に向け、銃を構える。
そしてホルスターを腰の左右に装着する。
右側にワルサーを挿し、左には2個のマガジンを挿す。
腕時計をつける、4時5分を示している。
その時、ドアをノックする音が部屋に響いた。
時間だ。
財布を手にとり、玄関にかけられたジャケットを羽織る。
そして内ポケットに財布をしまう。
ドアの外には、自分と同じスーツを来た男が立っている。
「下でクライアントがお待ちだ、準備はいいか」
ジョンはうなづき、その男の前を歩く。
黒のクラウンが止まっているのが目に入る
ジョンが近づいたのを確認すると、後部座席のドアが開く。
乗り込むと、奥側に座っていたデイブがこちらを見いている。
「眠れてないようだな」
ジョンはシーツに深く体を沈ませる。
「仕事に支障はない」
「釣れないな、これでも君の体を心配しているんだ」
ジョンは話したくは無かった、首を横にふると目を閉じた。
「まぁ娘を殺してくれるのならば、言うことはない、君のその態度も許そう」
運転手がアクセルを踏み込み、ゆっくりと車は発進した。
しばらくして、ジョンは目を開ける。
目的地に着くまでまだ時間はある。
「前に座ってる2人は誰だ」
「私の部下だ、君と二人と言うのも気が引ける、君は師匠と2人が似合っている」
「あんたが師匠の名を口にするな」
「おい、発言に気を付けろよ」
助手席の男がジョンの方へ顔を向ける。
「やめろ」
デイブが男を制する。
「言ったはずはずだ私は彼の態度を許すとな」
助手席の男は頭を下げると、再び前を向いた。
「すまない、君の師匠のことは口にしない」
デイブは頭を下げる。
ジョンはその発言を無視し続けた。
「前の二人も動くとなると、こっちが動き辛くなる」
「彼らも素人ではない、チンケな犯罪者ではないことは私が保証する」
ジョンはデイブの方へ視線を向ける。
「邪魔になるなら、俺がこいつらを始末する」
デイブは吹き出したように笑うと、懐からナイフを抜き、刃を指でなぞる。
次の瞬間、身を乗り出し、助手席の男の首にナイフを突き立てた。
思わずジョンは目を見開いた。
男は反応することもできず、ただ血を流し、前に倒れた。
運転している男は慣れているのか、車の速度やハンドルに狂いは無かった。
デイブの腕は男の血で赤く染まっている。
それを気にかける様子もなく、ハンカチを取り出しナイフの血を拭き取ると懐へしまった。
「何をやってるんだ」
ジョンは冷静を保ちながら問いかけた。
「ん?あぁナイフに付いた血をそのままにするとすぐダメになってしまうんだ、知らないのか?」
ジョンはこの男の異常さを再認識した。
「あんたの部下じゃないのか」
「もう部下じゃない、悲しいがね」
「娘に怪しまれるぞ、その格好じゃ」
ジョンは血に染まった腕を見ながらそういった。
「慣れているから平気だろう、私の娘だぞ」
そう言うと、デイブは話す気がないようにため息を付いた。
ジョンもそれには同感だった。
しばらく車は道沿いに進み、海岸方面へ出た。
スモーク加工された窓からは空の明るさを正確に知ることはできない。
そろそろ目的地だ。
「私と娘が抱擁を終えたら、仕事を済ませろ」
デイブが独り言のような声量で呟く。
「あぁ」
車は道路を逸れ、倉庫に向け走る。
倉庫の入り口には見張りが2人。
車が止まり、デイブが降りるまで一瞬の間があった。
「幸運を」
そう呟くとデイブはドアを開けた。
ジョンもそれに続けて車から降りた。
倉庫の中は寂れていたが、他に護衛が潜んでいる可能性があるとジョンは感じた。
そして娘が立っていた、写真で見たよりも2、3歳は大人びて見える。
娘の目が自身を見つめていることに気づき、思わず目をそらした。
デイブはまるで舞台上の役者のように娘に歩み寄る。
「会いたかった、愛しの娘よ」
血がついた腕を広げ、娘を抱き寄せた。
娘の横に立っていた護衛が一歩後ろに下がる。
娘はデイブの腕に抱かれ、目を閉じている。
長い抱擁が終わり、デイブは娘の目を見つめながら、何かを呟こうとする。
時間は今だ、ジョンがホルスターから銃を抜いたその時、銃声が響きジョンの腕から銃が弾き飛ばされた。
思わず腕を押さえる、どこから撃たれた?
その時、叫び声を上げながら男が銃を構えているのが目に見える。
銃口はデイブに向いている、ジョンは地面に落ちた銃に目を向ける。
だが間に合わない。
その時娘がデイブに向け飛び込み、デイブを後方に押し飛ばした。
銃弾はデイブの後ろの車に当たり、金属音が響いた。
隠れていた護衛か、ジョンには判断できなかった。
瞬間、男が後方から撃ち抜かれ、うつ伏せに倒れた。
ジョンは左腕で銃を拾い、車の後ろに身を隠した。
倉庫の入り口にいた護衛がこちらに近づくが、2発の銃声で地面に倒れた。
運転手の男がデイブに近づき、前に立ち塞がる。
「誰だ!」
運転手が叫ぶ。
足音と共に、影から一人の男が歩いてきたのが、ジョンの目に映った。
右腕はまだ痺れている。左腕で銃を構える。
だがその男を見て、ジョンの動きは止まった。
銃声と共に、運転手は後方に吹き飛ばされ、車のボンネットに仰向けに倒れた。
デイブは立ち上がると、笑い始める。
「これは何の因果かな」
そこに立っていたのは師匠だった。
ジョンは立ち上がり、銃口を師匠に向ける。
「何であんたがここにいるんだ」
「お前が私に銃を向けている理由と同じだ」
ジョンは指に力を込める。
だがその瞬間、師匠は身をかがめ、ジョンとの距離をつめる。
ジョンが握っている銃に手をかけると、ジョンの足を蹴り飛ばし、体勢を崩した。
「何故仕事を果たさない、お前にはその力があるはずだ」
体勢を崩された際に頭を打った衝撃で、しばらく立ち上がることができない。
ジョンはゆっくりと立ち上がり、師匠の目をみる。
冷たい目だ、いつもそうだった。
拳を振りかぶるが、師匠の前蹴りが胃袋を潰す。
不可能だ、師匠に勝てるわけがない。
そんな考えが頭をよぎる。
「俺には勝てない、そんなことを考えているのか?」
こっちの考えを読まれていては勝負なるわけがない。
「見込み違いだった。お前を育てのは時間の無駄だった、自らの意志も無い者は必要ない」
目の前に銃口が見える、終わりだな。
「悪いが、君たちの感動の再会に付き合っているわけにはいかないんだ」
2人の視点がデイブに向く。
デイブは娘を羽交い締めにし、首に銃を向けている。
師匠は満身創痍の自分を一瞥すると、デイブに銃を向ける。
どうすればいい、自分に何ができる。
立ち尽くしていたところに、銃声が響いた。
どうせ死ぬなら自分でいい、そんな気分だった。
二十八章 ジョン 最後の銃声
暗闇から痛みを伴い現実に引き戻される。
背中が焼けるように痛む。
だがまだ生きている。
痛みを堪え、立ち上がる。
握られたリボルバーにはまだ弾が残っている。
痛みで視界が霞む、だがデイブが女を盾に立っていることは確認できた。
頭だ、1発打つのが限界だ。
幸いデイブの前に立っている2人は自分に気づいていない。
銃口を定め、引き金を引き絞る。
弾丸はデイブの左耳を撃ち抜いた。
衝撃でデイブは女を離し、地面に倒れる。
背中の痛みで、思わず膝をつく。
まだ終われない、もう1発、それだけでいい。
立ち上がり、ゆっくりとデイブに近づく、だが距離はまだある。
銃声がデイブの方向から聞こえる。
俺の役目なんだ、頼むから動いてくれ。
しかし体からはジャックの意志に反して力が抜けていく。
最後にジャックの視界が捉えたのは、倒れる2人の男の姿だった。
二十九章 ジョン 継承される物
銃弾はデイブの耳を撃ち抜いた。
その衝撃で解放された娘の元へ、師匠が駆け寄り、抱き抱える。
俺は仕事をしなくてはならない。
師匠の銃口がデイブの頭をとらえる。
それと同時にデイブの銃口も娘を捕らえた。
2発の銃声はほぼ同時だった、
銃声の後、デイブは仰向けに倒れた。
だがそれは師匠も同じだった。
ジョンは師匠も元へ駆け寄る。
娘がこちらを睨む、ジョンは手をあげ、戦いの意思がないことを示した。
「俺の師匠なんだ、頼むよ」
そう言うと娘は視線を師匠へ移した。
膝をつき、師匠をみる。
銃弾は胸を貫いていた。
「仕事を全うしろ」
師匠はジョンを睨む。
娘は師匠の体を抱き抱えている。
「俺には自分の意思なんて無かった、ただあんたの背中を見てただけだ」
師匠は口から血を吐く。
もはや長くはない、どうすることもできないのか。
「助けを呼ぶ、組織ならどうにかできるはずだ」
そう言って立ち上がろうとするジョンの肩に師匠は手を置いた。
「やめろ、組織は信用できない」
「じゃあ、どうすればいい」
ジョンは狼狽した。
「お前の意思で動け」
そんなものは持ち合わせていない。
「無いのなら、探せ、自分の意思を」
「あんたは見つけたのか?」
師匠は小さく笑うと、ジョンの目を見た。
「俺の二の舞にはなるなよ」
そう言うと、師匠は目を閉じ、2度と目覚めることは無かった。
「私を殺すの?」
娘は師匠の亡骸を抱えたままジョンを見る。
ジョンは持っていた拳銃を投げ捨てる。
「師匠への依頼は何だったんだ?」
「私の命を守ること」
師匠も自分も殺すばかりで、守るなんて仕事はしたことがなかった。
「逃げろ、俺はあんたを殺せない」
「あなたの仕事は私を殺すことじゃ無いの?」
「クライアントが死んだ、仕事は無効だ」
そう言って動かないデイブに視線を移す。
「あなたの師匠は組織に殺された」
「だろうな、だが俺に復讐する力はない」
どうすることもできない、意思がない自分には。
「私があなたのクライアントになるわ、それで組織を潰せばいい」
ジョンは娘を見つめる。
どうやらこの女も普通じゃない。
「私もあなたもしばらくは動けない、あなたは組織に戻り、私と師匠を殺したことにしなさい」
ジョンはしばらく考えた、師匠の言葉を反芻する。
「わかった、その依頼を引き受けよう」
そして2人は別れた。
師匠を殺した組織を潰す、この仕事は俺の意思でやり遂げる。
第三十章 ジャック 探偵として
目が覚めたのは病室だった。
体からはいくつかの管が伸びており、背中に激しい痛みが伴った。
呼吸を落ち着かせ、体の動きを確かめる。
首から下に順番に動かし、動くことを確認する。
俺は死にぞこなかったのか。
痛みを堪えながら、体を起き上げる。
窓から差し込む月光で、今が夜であることに気づく。
呼吸を整え、立ち上がると管が体から抜けたらしく、枕元のナースコールが音を立てている。
こんなところで寝ているわけにはいかない。
病室のドアを開け、廊下に出たところで、反対側からライトの光がジャックを照らす。
逃げようにも、足に力を入れると痛みが走る。
痛みを堪えながら必死に廊下を走る。
階段を駆け下り、病院のドアを開ける。
外は暗闇だった、大通りを避け、裏道を歩く。
呼吸をするたびに、肺が大きく収縮を繰り返す。
その動きが、自分が生きていることをわからせる。
そこからどう家まで戻ったかは覚えていない。
思い出すのはただ焼けつく様な背中の痛みだけだった。
そこから何週間か、時間が過ぎた。
その間に新しいアパートを見つけ、そこに息を潜めていた。
命令違反に、職権濫用、何故自分を警察が探しにこないのか、ジャックには見当もつかなかった。
この期間で、ジャックの傷は癒、自由に動くことができる様になった。
だがジャックは生きる目標を見失っていた。
考えがまとまらない、目の前のコップには何杯目かわからないウイスキーが薄暗い照明を受け、鈍く輝いている。
山になった灰皿からは、自分の考えの様な煙がたなびいている。
まともでいれば、自分の頭に向け引き金を引いてしまう。
コップを持ち上げ、中の液体を胃に流し込む。
喉が焼ける感覚が心地がいい。
「同じものを」
コップを持ち上げ、バーテンダーに話しかけたことろで、その手が何者かに掴まれた。
「探したぞ、ジャック」
ジャックはその声の主を睨み付ける。
だがその顔を見て、固まった。
「こいつにこれ以上、酒はいらない、水を頼む」
そう言うとマーカスはジャックの隣に腰をかけた。
「随分な有様だな」
隣に座っている同僚が、現実か酒が見せる幻影かどうか区別がつかない。
黒いスーツを着ている、おそらく自分の記憶から這い出た幻影だろう。
「やめてくれ、今は誰の話も聞きたくない」
そう言って幻影から目を逸らす。
無言で同僚は立ち上がると、ジャックの胸ぐらを掴み、席から立たせた。
「酔い醒めだ、ちょっときついぞ」
ジャックの腹に拳がめり込む。
これまで貯めていたものが、口から吐き出される。
同僚が手を離すと、ジャックは床に身をかがめ、吐き続ける。
少なかった周りの客が異常を察知し、店から出ていく。
マーカスはバーテンダーにバッチを見せると、バーテンダーは察した様に店の看板を閉店に変えた。
しばらくジャックは吐き続けた、胃液が枯れ果てると、身を起こし、床に座り込んだ。
「まともに戻ったか?」
マーカスはジャックを見ながらそう言った。
「自分がまともかどうかなんてわかりはしない」
乱れた呼吸を整えながら、ジャックは身を起こした。
席に座ると、バーテンダーが用意した水を飲み込む。
「気分は?」
「最悪だ」
そう言うとマーカスは一呼吸置いて、話を始めた。
「最初に言うと、お前は警察をクビになった、あの件の責任を全て被った形でな」
「俺を捕まえなくていいのか?」
「と言うより関わりたくないのさ、臭いものには蓋だ」
この数週間、逃げ続けた自分の行為がまるで無意味だったと、ジャックは笑った。
酒が必要だった、だが自分の胃はそれを拒否している。
ひどく咳き込むと、ジャックは水を煽る。
咳き込んだ影響で背中の傷が痛む。
「ジャック、お前も随分と傷を負ったな」
それは自身の誇りである警察という職を失ったことか、それともこの体の傷のことか。
「話を聞いてくれるか?」
マーカスが話し始めようとする。
やめてくれ、聞きたくない。
思わずジャックはマーカスの胸元を掴む。
「頼む、聞いてくれ」
マーカスはジャックの腕を掴み、その目を見つめた。
ジャックは観念し、胸ポケットの煙草に手を伸ばす。
だがポケットの中には、煙草の空箱が入っているだけだった。
そこに同僚がジャックに煙草を渡した。
「煙草はやめたんじゃないのか?」
「これは俺のじゃない」
同僚の差し出した煙草を咥え、火をつける。
口の中の不快感が煙とともに吐き出される。
「話してくれ」
マーカスはうなづき、静かに話始めた。
「まず、お前を見つけた現場だが、いくつも死体が転がっていて、最初はお前も死んでるんじゃないかと思ったよ」
ジャックはあの時のことを思い出す、数えきれない量の銃声と血が流れた。
「だが肝心のデイブの死体が見つからなかった」
やはりか、自分の撃った弾は頭には当たっていなかったことを思い出す。
「俺はやつを仕留め損なった」
「お前を責めてるわけじゃない、だがしばらくデイブは姿を現さないだろうな」 ジャックは拳を強く握りしめた。やつはこちらの手が届かない場所へ逃げた。
これで終わり、俺の行動は無意味だった。
「デイブの件はこれ以上話すことはない、強いて言うならお前が生きていたことだけが幸運だ」
「俺みたいのが生きていて何になると言うんだ」
マーカスはため息をつき、ジャックが咥えている煙草を見つめる。
「こんな時に言うことじゃないと思うが、俺、結婚したんだよ」
同僚には以前から気にかけている女性がいることは知っていたが、まさかそこまで進展しているとは。
ジャックは素直に驚いた、2人の間の重苦しい空気が軽くなった様に感じた。
「友人のスピーチってあるだろう?それをお前に頼みたかったんだがな」
「俺はそう言うのは向いていないし、表に姿を出せる人間じゃない」
マーカスは確かになと言って笑った。
「ピアースには教えたのか?」
ジャックはマーカスの顔を見て、何があったのかを悟った。
同僚の着ているスーツは喪服、誰の葬式か、その答えは明白だった。
俺は知らなかった、外部からの情報は遮断していた。
だがその結果、恩人の最期に立ち会う機会を失った。
「死んだんだな」
「お前が見つかったの同じ日にな、持病の発作だそうだ」
ジャックの目が潤む、力を入れなければ溢れてしまう。
ほぼ灰だけになった煙草を灰皿に押し付ける。
「あの人から、預かってるものがあるんだ」
そう言うとマーカスは机に一通の封筒を置いた。
茶封筒の表には震えた文字でこう示されていた。
「愛しい若造2人へ」
ジャックはそれを開け、中身を取り出した。
丁寧に二つ折りされた、1枚の紙だ。
文字が丁寧に記されている。
「読んでくれないか」
マーカスはうなづき、紙を受け取ると静かに読み始めた。
「そろそろ自分が死ぬことがわかった、まぁ好き勝手に生きてきた俺の生涯に今更後悔することなどないが、せめてお前ら2人は一言ぐらい残してやるのが礼儀だろう。ジャック、お前は俺の悪い部分ばかり受け継いだな。正義感は強いがそれ以外のことが目に入らない、自分が死んでもいいと無茶をするがやめておけ、それは俺と同じだ。自分の人生を生きろ。デューク、お前はいつもジャックの後ろにいたな、ブレーキ役であり、いい相棒だ。今後もジャックのことを頼む。」
マーカスは一呼吸置く、お互い残された言葉を反芻している。
「まだ続きがある」
マーカスはそう言うと再び紙に目を落とした。
「ジャック、お前が家に来たときは驚いたよ。どうせでかい失敗をして自暴自棄になっているんだろうな、だがなジャック、生きているなら戦い続けろ、誰かが正義を叫ばなければこの世はもっと悪くなる。後は任せたぞ」
ジャックはそれを聞き、抑えていたものが決壊した。
「あの人には敵わないな」
マーカスは紙を二つ折りにすると、ジャックの胸にそれを押し当てた。
「お前はどうするんだ?」
ジャックは紙を受け取ると立ち上がった。
「戦うさ、生きている限りはな」
その目には確かな力が宿っている。
マーカスも立ち上がり、持っていた紙袋をジャックに渡した。
「こいつは餞別だ」
中にはあの日ジャックが譲り受けたコートとリボルバーが入っていた。
ジャックはコートを羽織り、リボルバーをポケットに入れる。
「まるであの人を見てるみたいだ」
もう借り物の様な重さは感じない。
「今後はどうするんだ?」
ジャックは、静かに答えた。
「探偵でも始めるさ、俺は俺のやり方で戦う」
「ホームズ、それともマーロウか?ホームズならワトスンが必要だと思うんだがな」
マーカスの冗談にジャックは笑った。
「お前は俺の相棒だ、だが四六時中一緒ってわけじゃない」
マーカスはジャックに手を差し出した。
「お前が助けを求めたなら、俺は必ず助けに行く」
ジャックは差し出された手を掴み、マーカスの顔をみる。
そして2人はバーを出た、片方は探偵、片方は警官として歩き始める。
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