『亡くなった妻と、こたつでお茶を飲む。〜聞きたかった言葉〜』

櫻月そら

第1話 ある雪の降る夜に。1


 妻が亡くなった。

その年、初めて雪が降った日の夜に。

享年四十六歳。長い長い闘病生活の末の死だった。

辛くて苦しかったはずなのに、妻は片時も笑顔を絶やさなかった。

医師や看護師に冗談を言いながら、朗らかに笑う。


 俺は彼女よりニ歳年上だったが、家が近かったため、幼い頃から一緒にいることが多かった。

彼女の周りには常に誰かがいて、いつも笑い声がしていた。とても明るい女性だった。


 そんな彼女が、最期に涙を見せた。

痩せこけた頬につたう涙。元気な頃とはまるで別人のようだった。

しかし、泣いてしまうことを堪えているのか、きゅっと結ばれた口元が微笑んでいるように見えて、綺麗だと思った。

こんな時なのに、昔から彼女は美人だと有名だったことを思い出す。

交際を始めた時も、結婚が決まった時も「お前にはもったいない」とずいぶん言われたものだ。


 ずっと両手で強く握っていた妻の手に弱々しく握り返され、ふと我に返った。

自分の左手と、彼女の左手にはめられた結婚指輪が重なり、小さな金属音が鳴る。

 妻は真っ直ぐに俺の目を見て、こう言った。


秀志しゅうじさん、あのね……」


 これが妻、春香はるかの最後の言葉だ。

静かに眠るように閉じられた瞳から、雪解け水のように一筋の涙だけが流れた。


『あのね……』


(何だよ、その次は。せめて、こんな時くらい最後まで言ってくれよ……)

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