第9話 君とカップ麺

肉まんが冷めないように、走って家へと帰る。


九分ほどして我が家に到着。

ワンルームの面積をほぼ陣取っているベッドの上へ鞄を放り投げ、コンビニの袋をベッド横のミニテーブルに置いた。

カップ麺、恭子さんにもらったから残しておきたいけれど、お腹空いた……。

冷蔵庫を開けてもめぼしい食べ物は無いし、お腹も鳴ってる。

仕方ない。食べるか。


コンビニでわけてもらった肉まんを小皿に移し、ラップをかけて電子レンジへつっこむ。

え、この肉まん、よく見たら裏の紙に極上肉まんって書いてある。

ほんとにラッキーだったな……。

食べるのが楽しみだ。


カップ麺用のお湯を電気ポットにまかせ、表記通りに蓋を半分だけ開けて準備は終了だ。

お湯が沸くまでに、部屋の片付けや洗濯物を取り込んで時間をつぶす。

少しでも、良い環境で晩御飯は食べたい。

まぁ、野郎の一人暮らしで多少散らかっていても良いんだけど、部屋が狭くて物にぶつかりやすい。下手したらコードに足をひっかけて転んで大ケガ!なんて、カッコ悪いじゃないか。


洗濯物を畳んでいると、電気ポットから、スイッチの切れた音がした。

お湯が沸いたのを確認して、レンジの温め開始ボタンを押す。

電気ポットから準備していたカップ麺へお湯を注ぎ入れる。

湯気と一緒に、昆布だしの良い香りがした。

丁寧に蓋を閉じて、タイマーをセットし、待つ5分。



実は待っているこの時が最高に贅沢な時間なのかもしれない。



今日は散々な日だったけど、恭子さんに会えて、しかも映画に誘ってしまった。ほんと、まるで夢みたいだ。まだ、信じられない自分がいる。試しに頬をつねってみるが、痛かったし、ちゃんと携帯に恭子さんのアドレスがある。

夢じゃなくて良かった……。


電子レンジが鳴り、極上肉まんをお迎えに行く。

極上肉まんは普通の肉まんよりボリュームがあって少し甘い皮の香りが漂っている。

コンビニのホットスナックって、焼きたて、できたての香りに誘われてついつい買っちゃうんだよな……

肉まんの良い香りで、お腹が鳴ったと同時に、タイマーも鳴った。

タイマーを止めて、カップ麺の蓋をそっとあける。

湯気と昆布の香りがふわっと俺を包み込む。


あーたまんないなぁ……。


たまらずに箸で一気にかき混ぜてから、息を吹きかけつつ、麺を口へ運ぶ。


はー染みるなぁー!


少し食べて、付属のかき揚げを投入。

お出汁に浸して、ふやかした所とまだ出汁に浸かりきってないサクサクの部分を食べ比べるのがオレ流の食べ方だ。

やわらかいかき揚げと一緒に食べる麺がまた美味しいんだよなー。



「はー最高の組み合わせだ……」



麺を半分食べ、肉まんに手を伸ばす。

ラップの水滴がこぼれない様にやさしく外すと、しっとりもち肌の肉まんが湯気をたてていた。

少し時間を置いていたおかげか、ちょうど良い温度で持ちやすい。

肉まん下の紙を半分めくり、パクつく。



「ん!んふふっ♪」



甘めの皮と肉厚な餡が口のなかで混ざりあい美味しさが染み込む。

餡のジューシーな挽き肉と椎茸や筍の食感も最高だ。

幸せを噛み締めていると、ケータイが鳴った。

こんな時間に一体誰なんだ?

ケータイ画面には店長の名前が映る。



「……え?店長と田中さん?」



店長と田中さんが、ビール片手に仲良く肩を組んでいる写真が送られていた。

良い大人が酔っぱらっている写真を送られても、どうしたら良いのか反応に困る。


しかも、写真にはコメントつきだ。



「さいいきんがんぱってる小路に、しやわせぇぇのおすそわけだわぁ!」



……。

多分、酔った勢いで写真をとったんだろうな。

いろいろ間違っているし、ひらがなが多くて読みづらい。

翻訳すると、飲んでハッピーな俺たちを見てハッピーになれって事か?

どうせなら、癒される犬とか猫の写真の方が嬉しいけどな……。



「でも、ま、いいか。2人ともほんとに楽しそうだし」



美味しそうな料理を囲みながら、店長は頭にネクタイをハチマキ状に結んでビールジョッキ片手にピース。田中さんは真っ赤な顔でビール瓶をあおりながら、目線だけカメラに向けてピースサイン。

大人満喫中って感じだ。

楽しさって結構写真一枚でも伝わるもんだなぁ……。


あっ!そうだ!

恭子さんに、カップ麺おいしかったですって、写真付きで送ってみよう!


酔っぱらいの返事は後にして、ケータイのカメラを起動し、カップ麺をすすりながら、自撮りを一枚撮る。

初めての連絡で写真だけ送り付けるのはよろしくないな。

メッセージも付けよう。



「えーっと、今日はカップ麺を譲ってくれてありがとうございました。めちゃくちゃおいしかったです。映画、楽しみにしてますねっと」



ケータイの送信ボタンを押して、完了。

……。

メッセージ、ちゃんと届いているかな。やっぱ、いきなり写真送りつけるのはヤバイ奴かも?

連絡先交換しなきゃよかったとか思われたら俺どーするよ!?

え、テンション上がりすぎてやらかしたか!?返信来ず、映画にも行けなかったら俺泣いちゃう!!

いや、泣いてる場合かよ!?

あぁあぁ返信来ない時間がつーらーいー!

落ち着け、俺!

そうだ!肉まんを食べて心を落ち着かせよう。

食べかけの極上肉まんをすべて口に放り込む。



「はー。うまーいー」



肉まんが口から消えた頃、携帯の着信音がなった。

頼む!恭子さんであってくれ!

恐る恐るメッセージ欄を開く。

送り主は……。



【狐塚恭子さん】



いやったぁぁぁぁ!!

返信来たぁぁぁ!

はっ!喜ぶのはまだ早い。

内容が大事だ。

返信あっても、やっぱりごめんないかもしれないじゃないか。

確認大事!




【いえいえ。こちらこそ、映画のチケットありがとう。楽しみにしてます】




楽しみにしてますだってぇぇぇぇ!!

オッケーじゃん!

俺も楽しみですぅぅぅぅ!!



「痛ってぇっ!?」



思わず小躍りした拍子に足をテーブルにおもいっきりぶつけて我に返った。

嬉しくてはしゃぎ過ぎだ。


楽しみにしてます、だってさ。

俺一人だけが喜んでいたんじゃ無いんだ。

よしっ、完璧なプランでエスコート……。

じゃなくても良いか。

普通に映画見て、昼?夜かは恭子さん次第だけど、ご飯食べて話せたら良い。

好きな人と一緒にいられるだけで十分贅沢な時間だよな。

ほんと、まさか恭子さんと連絡先が交換出来るとは思ってなかった。

これも先生、狐塚さんがカップ麺を注文してくれたおかげだ。

今度会った時にお礼言わなきゃな……。

店にある試供品もおまけしよう。


恭子さんにいつが空いていますか?のメッセージを送って携帯を閉じる。

映画か。

映画ってどんな服装で行けば良いんだ?

外はダウンジャケットでなんとかなるとして、中はどーしたらいいんだ?


初デートって何着たら失礼にならないんだ?

……って、初デートしじゃないだろ俺!?

まだ、いつって決まってもいないのに、気持ちが一人歩きしてるな。

こんな調子じゃ、本番に冷静でいられるか心配だ。

はぁー。

不安でため息を吐いた。

暖かい食事の後で家の中でもため息が白く色づく。

まだまだ寒いな……。

ふと、外を見ると、ちらほら雪が降っていた。

今まで深々と積もる雪には寒さしか感じなかったけど、何故か今日は輝いて見える。

恭子さんに会えたから、かもな。

外は寒いけれど、今年、心はあったかく過ごせそうだ。

ケータイを握りしめ、外の雪を見ながらそう思った。

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年上な君 夏宮 蛍 @natumihotaru

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