年上な君
夏宮 蛍
第1話 店先にて
冬は寒い。
当たり前だが、大学生の俺にとっては、二重の意味で冬は寒い。
一つはありきたりだが、彼女がいない。
別に焦りはしていないが、この時期になると世間様があわただしくなる中で、家族や恋人と一緒にほにゃららしよう!的な宣伝文句が嫌でも目に付く。
一人暮らしで、なおかつ恋人のいない俺はダメな奴と、勝手にレッテルを張られた気分になってしまいがちだ。
もう一つは単純にバイト先が寒い。
俺が働くスーパー・タケダは、大きい店舗ではなく、どちらかと言えば小さい。
なのに、駐車場のスペースはだだっ広いので、そこの一部を特売売り場にしている。
地元のお客様を大事に!の地域密着型で、スーパー・タケダの店長は不思議なくらい、いつも良い特売商品を仕入れてくるし、お客様の、この商品を入れて欲しいなどの声も聞いてくれる人なので、ご近所様には大人気だ。
俺は、商品陳列の仕方が上手いらしく、店長に特売陳列係を命ぜらてしまった為、基本、外での作業が多い。
今日も今日とて、俺は店先で店長が勝ち取った目玉商品たちをせっせと手を真っ赤にさせながら並べている。
12月に入り、今年もあとわずか。
年末商戦真っただ中、パーティーパックの袋菓子や重たい缶ビール達も売れるが、レンジで温めるごはんパックやレトルト食品、保存食もよく売れる。
カップ麺たちも売れっ子の一人だ。
今年もラーメンから始まり、そば、うどん、焼きそば、変わり種のフォーなど、いつもの売れっ子メンバーがそろってきた。
朝に大量に積み上げ、うまくお客さんの目に留まると、昼前にもうすっからかんだ。
夕方までにまた、かなりの量を積み上げなければならないが、売り場からきれいに商品がなくなるのは正直、完売したぞ!という謎の達成感、やり切った感があって、気持ちがいい。
これがあるから、きつい外での作業も楽しくなる。
今日も、昼前には特売カップ麺は売り切れ、午後の分を用意しようと倉庫へ向かうと、
「あのー
誰かに後ろから呼び止められた。
「はい。何でしょうか?」
振り向くと、年配の常連さん、
「狐塚さん、こんにちは。どうしました?あれ、今日は旦那さん一緒じゃないんですね?」
狐塚さんはいつも、夫婦一緒に来店してくれる仲良し夫婦だ。
旦那さんは学校の社会科の先生で、奥さんは専業主婦。
旦那さんが顧問する演劇部の受験生に、合格祈願のお守りと、赤と緑のカップ麺を配りたいから、大量注文したいと相談したのがきっかけで、話しやすい店員さんだと、俺の事を気に入ってくれたみたいだ。
商品の場所だったり、質問があれば、必ず俺を頼ってくれる、ありがたいお客様。
旦那さん無しで、奥さん一人での来店はめずらしい。
「そうなのよ。うちの人、学校の階段でつまずいた拍子に、派手に転んで足をくじいてしまって。病院で診てもらったらヒビが入ってたのよ」
「あちゃーそれは災難でしたね。しばらく大変なんじゃないんですか?」
「ひびが治っても、リハビリだったりしなきゃいけないみたいなの。あの人も歳だから治りが遅いかもってお医者様が。でね、もしかしたら、いつものカップ麺、お願いしても本人が届けられるか分からないから、お店に説明してきてくれって頼まれたの」
「あーそうですか。でも、怪我じゃ仕方ないっすよ。わかりました。店長には俺から言っときます」
「ごめんなさいねぇ。私が運べたらいいのだけれど、量もそれなりにあるし、車も出せないから」
「いえいえ。また、元気になったらよろしくお願いします」
「ありがとう。主人にも伝えとくわね」
軽く手を振って、狐塚さんは去っていった。
大口の注文だったから痛手ではあるが、お客様が怪我したんじゃ仕方ない。
早速、バックヤードにいる店長に事情を伝えよう。
バックヤードに入ると、店長は奥のテーブルで事務作業中だった。
俺の気配に気づいたのか、ふと、顔を上げてこちらを見る。
「おー小路。なんだ突っ立って。休憩まだだろ?」
「いや、店長。常連の狐塚さんがさっき来て……」
さっきあった事のあらましを説明する。
店長は額に手を当て、顔をしかめた。
「マジかー!先生、足やっちゃったか」
狐塚さんの旦那さんはいつも、ジャケットにシャツスタイルで来店するし、学校の先生という事もあって、店では先生というあだ名で呼ばれていた。
「いつも旦那さんが商品取に来てましたもんね。年内は難しいかもって」
「先生もいい歳だしなぁ。いやーそろそろ注文しに来る頃だよなって、発注の田中と話してたんだよ」
なんて、タイムリーな話題を……
それ完全なフラグじゃないのか?
発注担当の田中さんは、スーパータケダの中でも鼻が利く人で、これから流行る商品を見つけるのがうまかったり、常連のお客様がいつ、どのぐらいの量を買いに来られるかを常に把握している。
スーパー・タケダの商品の事は、田中さんに聞けば、大概、分かってしまう生き字引だ。
当然、狐塚さんの件も予測しているはず。
もう、商品発注依頼をかけてしまってるかもしれない。
「店長、狐塚さんの事、田中さんに言っといてもらえますか?」
「あー了解。あいつ、今日、休みだから電話しとく」
「お願いします」
これで、誤発注は防げたはず。
その日はいつも通り日々が過ぎた。
だけど次の日、また、店先に狐塚さんが立っていた。
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