第2話 どうする

 そばに行くと、申し訳なさそうに身を少しかがめて話しかけてきた。



「あのぉー小路くん。昨日の事なんだけどね。やっぱり、商品頼んでくれってあの人が言うのよ」


「え?昨日のキャンセルの事ですか?」


「そう。うちの人、やっぱりこの大事な時期に、生徒を応援しないのは教師としてどうかと思うって言い出しちゃって」



 カップ麵配る以外にも応援の仕方はあると思うんだけどな。

 狐塚さんも頑固だ。



「なんだか、学校で演劇部の生徒さんたちが、先生が自宅療養してるなら、今年はお守りもカップ麺もないんだねーって話してるのを他の先生から聞いちゃったみたいで」



 噂好きの先生から、焚きつけられてしまったわけか。



「申し訳ないんだけど、今から頼めるかしら?」


「注文は大丈夫だと思います。いつ取りに来られますか?」


「終業式が明後日だから、それに間に合うように明日の夕方にきてると嬉しいんだけど······」



 げっ、明日!?


 今は昼過ぎ。

 明日なら今日の午前中には注文しとかないと、商品が来るか厳しい。

 田中さんに相談してみるか……?



「んーと、俺じゃ時間かかると思うんで、分かる者に聞いて、狐塚さんにお電話しても良いですか?」


「ごめんなさいねぇ、そうしてもらえるかしら」


「わかりました」



 狐塚さんにお辞儀をして、急いでバックヤードに戻り、田中さんを探す。


 田中さんは壁に詰まれた商品と、持っているタッチパネルを交互に見ながら早口で独り言を呟く。


 もうなれたが、はじめて聞くとまるで呪文だ。



「お菓子パックセール一気にケース買いの嵐、8、7、8、いや、強気に9で18······」


「田中さん。お客様からの注文のー」


「3の5の······なんだ、どのお客様だ?最近だと、田貫様と、吉田様、佐藤様か?」


「違いますよ。狐塚さんです」


「え?狐塚様?キャンセルって聞いたんだけど」



 かくかくしかじか、事情を説明する。



「で、いつもの予約分明日の夕方にはほしいそうです」



 田中さんはタブレットを胸に抱え、斜め上を見上げた。



「明日ねぇ。在庫があれば商品も来るだろうが……」



 おもむろにポケットからスマホを取り出して電話をかける。



「お世話になっております。スーパータケダの田中です。すみませんが―」



 数分しゃべった後、スマホをしまった。



「小路くん、ギリギリセーフだった。商品、明日の朝には納品してくれるそうだ」


「あざっす!じゃ、狐塚さんにも連絡しときます」


「よろしく頼む」



 さっそく、スーパーの電話から狐塚さんに連絡する。


 電話口から、本当に助かったわ、無理を聞いてくれてありがとう!と、狐塚さんは喜んでくれた。


 明日の朝は狐塚さんの奥さんは用事があるらしく、代わりに娘さんが取りに来られるそうだ。


 俺は思わず電話を取ったまま、小さくガッツポーズする。




 実は、俺は前々から狐塚さんの娘さんが気になっていた。




 なんていうか、そう、可愛いし、やさしいのだ。


 はじめは、ただの常連さんの家族としか見ていなかったが、ある時、俺が外で商品陳列している最中に、走ってきた子どもにタックルされ、持っていたお菓子のダンボールを落としてしまった。


 軽いお菓子といえど、十個以上入っているとかなりの重さになってくる。

 ヤバいと思った時には、もうダンボールは真っ逆さまに子ども頭に落ちていった。



 やってしまった。



 そう思ったその時、危ないっ!と子どもに覆いかぶさったのが娘さんだった。


 俺はすぐに落下したダンボールをどかして、二人に声をかけた。



「す、すみません!大丈夫ですか?!」



 すると、彼女は俺に向かってうなずき、子どもに話しかけた。



「……君、大丈夫?あ、大丈夫みたいだね。よかったぁ」



 満面の笑みで、無事を喜ぶ彼女。

 その笑顔がとてもまぶしくて、自分の不注意のせいで怪我しそうになったのに、俺は彼女の笑顔にときめいてしまった。


 彼女のおかげで、けが人も出ず、子どもは親にげんこつを食らうだけで済んだ。


 改めて、すみません俺の不注意で、と頭を下げると、彼女はまた笑った。



「いえいえ。誰も怪我してないんで謝らなくって大丈夫ですよ。ちっちゃい子って、お店に来るとはしゃいじゃいますよねー」


「好きなお菓子買ってもらえるってテンション上がるのは分かります」


「そうそう。それに、店員さんいつも真面目に働いてるの知ってますし、こんな日もあるってことで、あんまり気に病まないでくださいね」


「……え?いつも?」


「……え?!あ、いつも母から聞いてるんで!それでっ!」


「あ、あぁ!そうだったんですね」


「あ、あのっ!お子さんもダイジョブだったんで、私はこれでっ」


「え?あ、今日はありがとうございました。また、よろしくお願いします!」



 用事があったのか、慌てて走り出す彼女は、時々、何もない所でつまずいたり、ふらついて壁にぶつかりながら去っていった。


 なんだか、笑顔も素敵だし、見た目きれいなお姉さんなのに、ちょっと抜けてるとこが可愛いくて、あの一件以来、店で見かけると、ついつい目で追ってしまう。



 今度店に来るときに、思い切って名前を聞いてみようか?

 いや、彼女も知ってくれてるとはいえ、急に名前を教えてくださいなんていったら気味悪がられるかな?

 狐塚さんの奥さんに聞いてみてもいいけど、今日の明日だし……


 この機会にお近づきになりたい俺のよこしまな想いが良くなかったのか、この日は、商品を盛大に落とすは、レジは間違えるは散々な日になった。



(こんなんで、俺、明日だいじょうぶかな?)



 不安と期待でろくに眠れずに俺は次の日を迎えた。

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