第3話 ピンチはチャンス?
「おはざぁーすぅ……」
目をしょぼつかせながら、店長たちに挨拶をした。
店長は挨拶より先に、俺の背中をバシバシ力強く叩いた。
眠そうな俺に気合入れてくれたんだけど、盛大に咳き込んでしまう。
力加減出来ないんだよな店長。
「シャキッとしろ小路ぃ!朝からやる気ないのか?」
「いや、あんま寝れなかっただけっす」
「どうせ、夜中までゲームとかしてたんじゃないのか?大学は遊んでたら、あっという間に時が過ぎて、単位が足りなくなって泣くはめになるんだぞ?」
隣でエプロンのしわを整える田中さん。
「田中さん、縁起でもないこと言わないでくださいよ。これはゲームじゃなくて、今日のこと考えてたら寝れなくて」
「今日?今日って何かあったか?」
「あーあれか」
「ん?あれってなんだ?」
「ほら、小路くん、狐塚さんのこと気になってるんだろ?」
田中さんに言い当てられ、制服のエプロン紐を結ぶ手が止まる。
え?!いつの間にかバレてる?
そんなにわかりやすいのか俺?
「え?あ?小路!お前、年上好きだったのか?!それにしても狐塚さんは既婚者だし、歳が離れすぎてないか?」
「店長、そっちじゃないです。娘さんの方ですよ、な?小路くん」
ニヤニヤした顔で肩を小突かれた。
「な?って聞かないでくださいよ。つーか、なんで知ってるんすか?」
「見てたらバッレバレ。目で追ってんですよコイツ」
「何?!仕事はアウトオブ眼中ってやつか?!仕事してくれよ小路ぃ」
「店長、今の若い子にそれは通じませんって。とにかく、意中の狐塚さんが来るんだろ?しゃんとしろ」
「うっす!」
雑談もほどほどにして、朝礼が始まり、今日の連絡事項を読み上げ、いざ開店。
商品の納品も一緒に開始だ。
店の裏に並べられた商品の中に、ちゃんと昨日の狐塚さんの注文通り、赤いきつねと緑のたぬきが届いていた。
お客様注文なので、通常倉庫とは別の場所に置く。
どのお客様の商品か分かるように紙を張り付け準備完了だ。
あとは狐塚さんを待つだけ。
いつものように、外で特売を並べていると、
「すみません、商品を予約してた狐塚なんですが……」
彼女の声がした。
対応している田中さんが俺に、お目当ての人が来たぞと目配せをしてきた。
気を利かせてくれているのが逆に恥ずかしいが、お客様を待たせてはいけない。駆け足でカップ麵たちを取りに行く。
赤と緑のカップ麵を台車に積み、彼女の待つレジまで運ぶ。
「お待たせしました。ご注文の品はこちらでお間違いないですか?」
「あ、そうです。えっと、ひーふーみーよ。はい。数もあってます」
彼女は指さしで商品の数を確認し、オッケーが出たので次はお会計だ。
終わった後に、車まで商品を運ぶ為、隣で待つ。待ってる間は暇なので、目線が彼女にいってしまう。
普段はロングヘアをポニーテールにしているが、今は髪の毛を一つくくり、頭の上でお団子状にしている。
いつもは頼れるお姉さんって感じだが、薄ピンク色のダボッとしたパーカーを着ているので、今日はかわいいお姉さんに見えた。
(今日もめちゃくちゃかわいいな……)
見とれているうちにお会計が済み、レジスタッフにお願いしますとバトンタッチされ、彼女と一緒に駐車場に止めてある車のそばまで来た。
「ありがとうございます。今、後ろ開けますね」
彼女はそう言って、車のトランクを開けるべく、ポケットを探る。
昨日は、彼女の名前を聞いてみようとか言ってたくせに、いざ本人を目の前にするとなかなか切り出せない。
車に商品を積み終わったら、後は、はい、さよなら~だ。聞き出すなら今しかない。
俺はない勇気を振り絞って、彼女に声をかけた。
「あ、あのっ」
「え?うそっ!」
「へっ?」
一瞬何が起こったのかわからなかったが、彼女はポケットを探り、お次はカバンに両手を入れて中身を出し始めた。
もしかして、車の鍵がない?
「あの、お客様。大丈夫ですか?」
「うそ、私、さっきまで持ってなかったっけぇ?」
だんだん独り言が小さくなって、半泣きになってきた。
たぶん、どこかで車の鍵を落としてしまったんだろう。俺は辺りを探すが、見当たらない。
店も一通り見たし、他のスタッフにも聞いてまわったが誰も見ていなかった。もう一度、彼女の車をよくよく見ると、運転席の横、サイドブレーキの辺りに猫のキーホルダーが見えた。
「すみません。車の鍵にキーホルダーつけてたりします?」
「はいっ!つけてます!」
「あーえーっと、もしかして猫の?」
「そうです!もしかしてありました?!」
「あったと思います。あれですよね?」
俺は車の運転席を指さす。
彼女は走って、運転席の窓にへばりついて中を確認し、大きくため息をついた。
「また、やっちゃったぁぁぁぁぁ」
俺も友達がやらかしたから分かるが、これは鍵を車内に置いたままドアロックがかかってしまう、インロックという状態だ。
スペアキーがあればいいが、彼女の反応からして持っていなさそうだな。
車の窓ガラスを割るか、専門の業者に頼むしかない。
(っていうか、また、やっちゃったって事は常習犯なのか?もしかして、かなりのおっちょこちょい?)
彼女の新しい一面が見れたと喜んでいる場合ではない。
これでは、商品を積めないし、彼女自身帰れない。
「あのぉーよかったら、業者呼びましょうか?」
「お願いしちゃってもいいですか?」
「わかりました。ちょっと待ってください」
店長に事情を話し、店の電話で業者に連絡し、彼女に受話器を渡す。
ふんふんと、何度かうなずき、すぐに来てくれそうな雰囲気だった、が、彼女はだんだん困った顔になっていく。
「……わかりました。すみませんがよろしくお願いしますぅ」
「来てくれそうですか?」
「それが、今、同時に何件か依頼が来てて、なるべく早く行けるようにはしますが遅くなるかもって」
なんて間が悪い。
「なんだか、気落ちしてらっしゃるみたいですけど、この後、予定でもあるんですか?」
「実は、このカップ麵、今日のお昼には学校に届けなくちゃいけなくて……」
「えっ?!明日じゃないんですか?!」
狐塚さんから、明後日いるから今日の夕方までには欲しいと聞いていたはず。
「本当は明日のはずだったんですけど、引っ越ししちゃう生徒がいて、その子に合わせて今日の放課後にみんなで集まろうって変更があって、母も明日の朝には商品が届いてるはずだから、私が早めに行って届ければ十分間に合うからって、思ってたんですけど……」
「放課後だったら早くても午後三時か四時なんじゃ?」
「今、終業式前で、学校は昼前には終わるんですよ」
あーそうだった。
ちょっと前の出来事だったはずなのに、すっかり忘れていた。
だとすると、彼女が焦る気落ちもわかる。
今は午前十時を少し過ぎた頃だ。
業者が高速で来ても間に合うか微妙な時間。
「どうしようぅ、お父さんに大船に乗ったつもりでいてって言っちゃったよぉ」
頭を抱えてしゃがみこむ彼女。
んー大船が転覆しそうになってる。
なんとかして助けてあげたい······
車があれば俺が運転して学校に配達出来るかも?
なにも予定が無ければ止まってるはず。
俺は、店の配送用の車が駐車しているか確認する。
古ぼけた文字でスーパー·タケダと書かれたワゴンが今は光輝いて見えた!
俺は急いで肉のパックを並べる店長を捕まえて事情を話した。
「そんなわけで、配達行きたいんですけど良いっすか!?」
「しかしなぁ小路、お前店だしあるだろ?その間の商品補充とかどうすんだ?」
そういえば、今日は忙しいセール日前で大量に特売商品が届く。
特売出し係りの俺が、商品の仕分けや、どこに何を置くかも考えて納品物の倉庫振り分けをしなくてはならない。
「ほかの手の空いてる人に頼んじゃダメですか?」
「お前より適任なんていないから、お前に頼んでんだけどなぁ……」
ですよねぇ······
でも、ここであきらめたらせっかくのチャンスを逃してしまう!
······いやいや、なに言ってんだ。
お客様が困ってるんだ、助けないと!
俺は店長に頭を下げて頼んだ。
「お願いしますよ!戻ったら何でもしますから!」
「うーん……」
アゴに手を当てて考え込まれてしまった。
ヤバイ。
後もう一押ししないと!
俺が焦っていると横から助け船がきた。
「良いんじゃないですか?意中の彼女がピンチで、ここで助ければ、お客様も喜ぶし、小路くんだってもっとやる気になってくれるかもしれませんよ?」
田中さぁぁん!
ナイスタイミングっ!
「田中ぁ、じゃ、お前が代わりに商品だししてくれんなら貸してやってもいいぞ」
「いいですよ。午前の発注はほぼ終わってますし、後で雑務を小路くんが手伝ってくれるなら、ですが」
田中さんは俺をチラ見した。
「やります!やらせてください!」
やらない訳が無いっ!
俺は元気良く片手を上へあげて立候補した。
「そこまで言うなら、わかった。車、使ってもいいぞ。小路、田中に感謝しろよぉ?」
「田中さんっ!あざーす!」
「はいはい。わかったから、すぐに支度しなさい。お客様待たせてんだろ?」
「はい!」
俺は駐車場でしょぼくれている彼女に駆け寄った。
「あ、あの!良ければ、俺が学校に届けましょうか?」
「え?いいんですか?」
「はい!ちょうど店の車も空いてますし、お客様が良いのならぜひ、配達させてください!」
「……ご迷惑でなければお願いします」
「はい!よろこんで!じゃ、学校に連絡入れてもらってもいいですか?突然行って、不審者扱いされたたら配達できませんから」
「あ、そうですよね!私から父に連絡してみます」
「お願いします。カップ麺、店の車に積めますね」
彼女の横にあった台車に乗せられたカップ麺たちを店の車に詰め込む。
手早く乗せ、準備は整った。
学校にも連絡がつき、狐塚先生のお知り合いと入り口で言ってくだされば大丈夫ですとOKもいただけた。
本当は彼女も一緒に行けたら良かったが、鍵業者が来たときに車の持ち主がいないと話しになら無い。
俺一人で配達だ。
運転席に乗り込み、エンジンをかける。
「じゃ、配達してきますね」
「すみませんほんと。よろしくお願いします」
「お任せください。行ってきます」
彼女に見送ってもらい、俺は学校へ向かった。
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