きょうを読むひと

達見ゆう

今日は何の日、フッフー♪(わかる人はアラフォー以上)

 ついに今日が来てしまった。中学の同級生であったのりちゃんこと典子さんと再会する日。

 何気なく思いだし、苗字が少ししか被らないのに、まさかと思いつつエミリーさんに尋ねたら親類と判明した。人の縁は不思議なものだ。


 エミリーさんは「それならば久しぶりに再会ということでセッティングしましょう」とサクサクと日程や場所を決めてしまった。

 そういう訳で指定されたレストランに来たのはいいが、早く来すぎてしまい、とりあえず座って待っている。


 日本国内ならあり得るのかもしれないが、まさかアメリカで日本の同級生に会う日が来るとは思わなかった。


 そして、いろんな考えがぐるぐるしている。彼女はどんな風に変わったのか、変わっていないのか、結婚しているのか、僕と同じく独身なのか、大穴でバツイチか?

 いや、そんなプライベートにいきなりずかずか入り込むものではない。


 エミリーさんとのややこしい関係になるのだろうか? いや、彼女は友達であって、彼女ではないし。

 いや、アメリカだからガールフレンドなのか。ガールフレンドというと日本語にすれば彼女とほぼ同じだよな。いや、それは昭和の定義であって、平成

 や令和だと彼女と呼ぶし……何がなんだかわからなくなってきた。


「あ゛あ゛あ゛~!! 会゛う゛の゛ごわ゛い゛ー!」


「おい、この期に及んでデーモンスレイヤーのゼンイツみたいな情けない声出すな」


 逃げそうになる僕をボブが抑えに入る。そっか、鬼滅の刃はこっちではそういうタイトルなのか。って、いつの間にか観ていたのか。


「あんな甲高い汚い声じゃない。って吹き替え版じゃなく字幕を観たのか」


「ああ、元の声優の声を聞きたくてな。いや、そうじゃなくて今のは結構似てたな。物真似に加えたらどうだ?」


「……遠慮しておく」


 野次馬根性のボブが何故か付いてきた。接点も何もないのにどうして来たのだか。


「コータローのことだ、今みたいなパニックになると予想してたが当たったな。そういう時は落ち着かせてやる」


 僕の考えを見透かしたようにボブが答える。そんなに顔に出やすいのか?


「ほら、エミリーさん達が来たぞ。入口のドア開けてきた」


「う゛わ゛……」


 浩太郎がまた席を立ちかけるのをボブは両手でガシッと抑え椅子に戻しながら力強く語りかける。


「だから落ち着けって。よし、占い師のボブ様がきょうを読んでやろう。何も考えずに楽しく再会を喜べ。さすれば良い一日になるだろう。以上」


「勝手に転職するな」


「お待たせしました。コータローさんにボブさん。ノリコ叔母さんを連れてきました」


 掛け合い漫才みたいなやりとりしているうちにエミリーさんの声が聞こえてきた。


 振り向くと僕と同じくらいの年齢の女性がそばにいた。少しふっくらとしているけど、面影は残っている。確かにのりちゃんだ。


「まあ、お久しぶりです、峯岸さん。学者さんなんですって? 立派になったのねえ」


 のりちゃん、いや典子さんは丁寧に頭を下げた。


「いや、同級生なんだからそんなかしこまらないでくださいよ。学者といっても大したことしてないですから」


 しばらくはお互いに頭を下げあって謙遜ばかりしていた。ボブとエミリーさんは不思議そうにその様子を見つめてる。


「本当に日本人は頭を下げて挨拶するんだな」


「あれは『オジキ』という挨拶だそうです。だから、新型コロナウイルスの感染がアメリカより低い理由の一つではないかって以前コータローさんが言ってました」


「確かに、職場でも一言断りを入れて『日本式の挨拶にさせてもらう』とやってるし、生真面目にワクチン打ってもマスクしてるのはあいつくらいなものだ」


「それは冬はインフルエンザ予防、春は花粉症のためにマスク着用が当たり前だからだそうですよ」


「あー、俺もホコリでくしゃみ出るもんな。春の間が、ずっとあれだと確かに辛いな」


 僕達のお辞儀合戦が終わり、やっと落ち着いて食事タイムが始まった。


「中二の夏に父がアメリカの支社に転勤したのよ。急な転勤だったから家中大わらわで。単身赴任という話もあったけど、一家でアメリカ移住になったの。学校にも先生には伝えられたけど、夏休み中だから皆に挨拶できなかったのが心残りだったのよ」


「だから、二学期から急にいなくなったのか」


「そうなのよ、でもこうやって峯岸君と再会をできただけでも嬉しいわ。誰とも会えなかったのが心残りだったの。そういえば世紀末だと騒いでいた男子もいたわね」


 彼女は思いだし笑いをしていた。自分にとっては嫌な記憶だったが、世紀末から二十年も経てば笑い話だ。


「そういえば、そこで帰り道に話したのがよく話すようなきっかけだったね」


「あら、よく覚えているわね。峯岸君は物知りだって感心しちゃって、つい話しかけちゃった」


 あのときに戻ったように楽しく時間が過ぎ、「また会いましょう」と解散となった。


「いやあ、懐かしかった」


 帰りのバスの中でボブと今日の感想を話していた。


「だろ? 余計なことは考えなければ楽しいんだよ。初回はこんな感じだ。お前は事前にグルグルと考えすぎるから空回りするんだよ」


「あっ!」


 僕は思いだしたことがあり、大声を上げてしまった。


「結局、プライベートは互いに聞かなかったな」


「それでいいんだよ。『僕は独身ですが、あなたは?』なんて訊いてみろ。二人とも嫌な思いするぞ」


 それもそうだ。エミリーさんは友達とはいえ、不快に思うかも。いや、その前に彼女はどう思っているのだ? 典子さんは?


「う゛わ゛わ゛~」


「……もう、面倒見切れないな。とりあえず、バスの中だ。やかましいから落ち着け。なんならまた占い師のボブ様のお告げをしてやろうか? 動揺のあまり、明日のラボで細胞が全滅する未来がいいか? 集中できなくなって論文が溜まってどうしようもなくなる未来か?」


「……わかった。落ち着く」


「アラフォーにもなってしょうがない奴だ」


「って、なんでそんな日本語知ってるのだ」


「何かのアニメで見た」


「もしかして、原語で聞きたいために勉強するタイプのオタクか?」


「ああ、ドラゴンボールとワンピースが読みたくて、聞くのはまだ無理だが、読みなら少しできるようになったぞ」


 そんな馬鹿話をしながら僕らは帰途に着くのであった。









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きょうを読むひと 達見ゆう @tatsumi-12

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