第9話 第1章 ピアノ姫は森で惑う⑦

『・・・助けてくれ、セーラ。ヒナコが急にどこかに行ってしまってそれで』

 キョースケから切羽詰まったような声が出ている。まあ色々言うのもめんどくさいし、一言だけ返そうかな。

   「そう・・・・・・あとは任せて」


 さて、準備は整ったみたいだね。あとは主役の登場を待つだけ。



 思わず走り出してしまった。今は人気のない階段で座っている。

 キョースケくんに言われてしまった。もう私にはピアノの才能がないって。

 

「キョースケくんだけは、絶対にそんなこと言わないと思ってたのになあ」


 小さい頃、あれだけみんなから才能があるともてはやされた。

 みんなが褒めてくれた。嬉しかった・・・のかな?

 

 私を褒めていた人たちは徐々に離れていった。

 私のやりたいことを黙って応援してくれるお母さん。

 熱心に指導してくれる三門先生。

 2人は言わないけど、私の才能の限界には気づいていたと思う。

 

 キョースケくんだけはずっと応援しててくれた。私の才能を信じてくれた。

 嬉しかった。本当に嬉しかった。たとえ事情を知らないとはいえ。


 キョースケくんが遊びに来てくれたとき、女の子を連れていた。

 そのときもかわらず応援してくれるキョースケくんにちょっとムカついた。

 少しだけ悪いことを言っちゃった。聞こえていないといいな。


 最近頻繁にキョースケくんが私のピアノを聞きにきてくれる。嬉しい。

 三門先生のところにも一緒に来てくれた。久しぶりに一緒に帰れて嬉しいなあ。

 こんなチャンスめったにないから少し・・・攻めちゃいましょう。

 

 キョースケくんが連れてきた女の子・・・セーラとすごい話が合う。

 良かった2人が付き合ってなくて。多分嫉妬でどうにかなっちゃうから。

 2人とも大切にしたいから。


 コンクール当日は緊張よりも、あいつのせいで本当に吐き気がする。

 こんなところキョースケくんに見られたくない。

 だからどうかコンクールには来ないでくださいね。


 今回のコンクールも散々な結果に終わってしまった。

 ちょっと今回ばかりはしんどいや。でもそうも言ってられない。

 少しだけ休んでまた練習を再開しなければ。


 久しぶりの音楽室。なぜかキョースケくんがいた。しかも真剣な顔をしている。

 なんだろうこのシチュエーション。期待してもいいのかな・・・?


「なあヒナコ・・・。なにもそんな苦しんでまでコンクールで頑張る必要はないんじゃないか?」

 

 思い出すだけで・・・私は今までなんで頑張れたんだろう。

「バカみたい・・・。もう私に価値なんてとっくになかったんだね。」


 私は階段を上る。この上はあまり人が寄り付かないけどたしか屋上に出られたと思う。

 屋上の錆びついた扉が目の前に。これでようやくがんばらなくてよくなる。


 私は扉を開けた。夕日の中に髪の長い女の子がいた。


「やあ、ヒナコ。こんな辺鄙なところになんの用だい?」


「!!!・・・・・・・なにしてるのこんなところでセーラ。」

「なにってここはいつでも私の場所だよ?言わなかったっけ?」

 そういえば、最初キョースケくんが紹介してくれたときそんなことを言っていた気がする。

 こんなところ見られたくない。違うところに行こう。踵を返した瞬間だった。


    「逃げるの?元・神童さん?」


「え・・・なんでそのこと。」

 頭が真っ白になった。どうしてそのことを知っているの?どうして?

 そして徐々に冷静になっていく頭で考えた。

「・・・まさか」

 繋がった。繋がってしまった。繋がったと同時になにか私の知らない感情が溢れてきた。

 胸の奥の方が真っ黒になっていく感じがする。

 その黒いものは胸から上がって溢れてしまう。

「そうか。キョースケくんがあんなこと言うわけないし、コンクールに来ないでって言っているのに来るわけない。」

 ああ、手が震えてきた。顔が熱い。思考がまとまらない。言葉が止まらない。

「お前か!お前が唆したのか!?キョースケくんにあんなこと言わせたのも全部全部全部全部全部全部全部!!!」

 セーラは表情を変えない。否定も肯定もしない。ああ、顔がさらに熱くなる。

「どうして私の邪魔をするの!?どうして私があんたみたいないっつも暇そうに音楽室にだべりにきて、なんか一生懸命やってるわけでもないやつに邪魔されなきゃいけないの!?」

 言葉が止まらない。罵詈雑言が溢れ出ていた。それに私の声とは思えないほどの大きな声が出る。

「私だって才能ないのわかってるよ!でもしょうがないじゃない。私しかやれる人がいないんだから。私こんながんばってピアノの練習してるのになんでよ!私だってあんたみたいに遊んでたいわよ!私の方が絶対いっぱいがんばってるのにどうしてあんたみたいな女をキョースケくんが選ぶの!?私の方がずっと前から・・・なんでよお。」

 今度は涙が溢れて止まらない。もう嗚咽しか出ない。


 ゆっくりと時は過ぎていく。

 その間もずっとセーラは静かだった。なにも言わないし表情も変わらない。ただこっちを見ていた。

 もう言葉も涙も出なくなってしまった。そこで我に返った。私はなんてことを言ってしまったんだ。

「あ・・・ごめんなさい。私・・・あの・・・」

 私は今度こそ去ろうとした。セーラには後でしっかりと謝らなければ。まあ許してもらえるとは思えないけど。



     「どう?スッキリした?」


 セーラは微笑んで言った。


「・・・え?」

「だからスッキリした?溜まっていたもの全部出せた?」


 セーラが言ってることを理解するまでに時間がかかる。それぐらいに頭が混乱している。

 でも時間をかけたらわかった。さっきまで胸の奥に溢れていた黒いものがなくなった気がする。


 私の表情を見て何かを悟ったセーラは語りかけてきた。

「ヒナコ・・・あんたはね、いろいろなことを1人で背負いすぎなのよ。」

「キョースケに色々調べさせたときに、ヒナコの友達にも話を聞いたけど特に変わったところがないって言ってたの。あんな鈍感なキョースケですらヒナコが辛そうってのがわかるのに変だなって思ってたの。」

「香織ちゃんも三門先生もヒナコは頑張っているところやすごいところは話してくれるのに愚痴や弱音を吐いている話は一切出てこなかった。」

 そしてセーラは私に当たり前のことを教えてくれた。


「でもね、ヒナコ。人には限界があるのよ。」


 私は、こんな当たり前のことを人に言われなければわからないぐらい追い込まれていたのかもしれない。


「ずっと溜め込んでたんだよね。その結果この屋上にたどり着いてしまったんでしょ?なにしにここに来たかはあえて言わないけど。」

 背筋が凍った。我に返った今、私がここに来た理由を考えたらどれだけ自分がおかしかったのかがわかる。そしてまた涙が出てきた。

「・・・ごめんなさい。私なんてことを。」

「いいのよヒナコ。存分に泣きなさいな。なんならもっと私のこと罵倒してくれてもいいのよ?」

 セーラはいたずらな微笑みを浮かべてこちらを見ていた。


 少し泣き止んだのでセーラがまた話し始めた。

「私たちは高校生・・・大人っぽい子もいるけどまだまだ子どもなのよ。期待だって重すぎるくらいのときだってあるわ。だから共有するのよ。」

 セーラの言葉が身に染みる。本当に同い年?

 

 そしてセーラはさらに衝撃的なことを告げた。

「ここまでがキョースケが言うところのヒナコが辛そうにピアノを弾いている理由。そして次から言うことがヒナコがピアノを弾くのが楽しくなくなった理由。」

 

 セーラは真剣な顔でこちらを見て、言った。


「ヒナコ、あなたの才能は

〘ピアノで子供を楽しくする〙よ。」


「・・・・・・私の才能?」

「私は人の才能を見ることができるの。変なこと言っているんだけどさ、信じてくれる?」

 セーラは少し不安そうな顔で話してくれた。才能が見えるなんてよく分からないけど、私はセーラがこんな場面で嘘をつく理由が全く分からなかったので信じるしかなかった。

「信じるけど・・・どういうこと?というかピアノが楽しくなくなったことの理由なんて、コンクールでその・・・嫌なことがあったりとかのせいだと思うけど。」

「その子供の範囲には多分、自分自身も含まれるの。それが段々自分の弾くピアノが楽しくなくなった理由。」

「そういえば私がピアノ楽しくないって三門先生に言ったの中学生くらいのときだっけ。」

 段々大人になっていったってことなのかな?

「まあそんなこと言われてもなかなか腑に落ちないわよね。じゃあ証明したあげるわ。そのためにはあいつに働いてもらわないとね。ヒナコもこっちおいでよ。」

 そういうとセーラは屋上のフェンスのところから下を見た。

 そこには必死になにかを探すキョースケくんがいた。私のことずっと探してくれてたみたい。

「キョースケーーーー!出番よーーーー!」

 キョースケくんがこっちを向く。そして安心したような表情をした。

「なんでも言ってくれーーーーー!!!」


「ヒナコにもがんばってもらうわよー。ふふっ楽しみね。」

 




 そしてある平日の昼過ぎ。私たちは学校をサボっていた。


「園長先生、無理言ってすみません。」

「いいのよ気にしないで。しっかしキョウスケくんもヒナコちゃんも大きくなったわね~。しかも美男美女に成長して~お付き合いしてたりするのかしら?」


ここは深森幼稚園しんしんようちえん。私とキョースケくんが通った幼稚園だ。

 園長の深森ふかもり先生と久しぶりに再会する。

 キョースケくんの計らいで私は今から園児たちにピアノを披露することに。

 さらに、三門先生とお母さんも見に来てくれていた。

 それにしても本当だったみたい。お母さんとセーラがめちゃめちゃ仲良く話している。

「セーラちゃん、なにか好きなのものある?次の休みに来てくれるんでしょ?」

「ん~あんまり苦手なものもないですし、香織ちゃんの得意なものが食べたいかな」

「あら嬉しいわね。じゃあビーフシチューにしましょうかね。すごいの作っちゃうわよ!」

 それにしても人の母親をちゃん付けってのはどうなの?というか・・・

「え?セーラ、次の休みにうちに来るの?初耳なんだけど」

「うん。香織ちゃんに誘われたからね。まあそれより準備はいい?コンクールの審査員より子供は無邪気な分シビアだったりするわよ?」

「わかってるわ。でもあのコンクール以来ピアノ弾いてないからちょっと緊張するかも。」

 

 そうこうしているうちに出番がやってきたようだ。


「みなさん、今日は特別なピアノの先生をお招きしてます。お入りください。」

 深森先生の紹介で私は教室へと歩みを進めた。とりあえず挨拶から入ろう。

「みなさんこんにちは。」

「「こんにちはーーーー!!!」」

 園児たちから元気な声が返ってくる。

「私は佐咲妃奈子と言います。今日はピアノの演奏会に来ました。よろしくお願いします。」

「「よろしくお願いします!!!」」

 なんだかものすごく緊張する。そして多分その緊張が顔や雰囲気に出てしまっているのか、園児たちもちょっと表情が固い。


 静かな空気が教室に満ちる。私はピアノの前で集中する。色々な思いが巡る。


『・・・よし。』

 私は覚悟を決め、ピアノを弾いた。

『あれ?なんだろう・・・いつもより指が回る。それに・・・・・・楽しい!』



 

 ヒナコの指がとても綺麗な音を奏でていた。それにものすごく楽しそう。

 それにつられ、園児たちの固かった表情が柔らかくなってきた。教室全体の雰囲気が明るくなってきた。

「ヒナコさんっ・・・」

 三門先生が泣いている。そうだよね、ずっと望んでいたことだもんね。ヒナコがこんなに楽しそうに弾いているの見たかったよね。


 演奏が終わった。一瞬の静寂の後、大きな拍手が来るのかと思いきや、園児たちがみんなヒナコに集まっていった。


「ヒナコ先生すごーーーい!」「もっかい弾いて違うやつ!」「すごーーーいすごーーーい!!!」

 

 園児たちに囲まれるヒナコはものすごく輝いていた。

「良かったね・・・ヒナコ。」

 

 キョースケも香織ちゃんも三門先生もみんなが嬉しそうだ。

 さて、私の役目もこれで終わりかな。私は静かに教室を後にした。


「ん~~~~~さて、せっかくの平日だしなにしようかな。」

 ひとり、感慨深く浸っていると男が走ってきた。

「なにやってんのよキョースケ。ヒナコのところにいてあげなさいよ。」

「それはそうなんだけどどうしても言わなきゃいけないことがあって。」

 息を整えたキョースケは頭を深く下げ言った。

「ごめん!そしてありがとう!」

「仲間なんだからそういうのはなしよ。今回の結果は我々の成果で、勝利よ。」

 キョースケは泣きそうな顔だった。これはちょっとそそるものがあるな。

「でも・・・一歩間違えたら、いやセーラがあのとき屋上にいなかったら、ヒナコは・・・。」

「・・・そうね。気にしないでって言っても無理よね。でもあの後説明したと思うけど、そこまでが私の作戦だったということも忘れないで。責任は同じだけ私にもあるわ。」

 そう。私はキョースケをけしかけて、ヒナコを極限まで追い込んだ。だからキョースケが責任を感じる必要はないんだけどね。

「でも・・・正直まったく力になれなかった。最初は俺がなんとかするって言ったのに結局セーラが全部何とかしちゃったし。」

「そうね。実はさ、私の【ギフト】の説明のときからキョースケには大きな弱点があるなって思っていたの。今回はその弱点が大きく影響したって感じかな。」


 そう・・・キョースケには大きな弱点がある。

 私の【ギフト】の大きな問題点を2つと言ったときのこと。

 

『信じてもらえない』 『才能を伸ばせない』



 本当は3つあるのだ。残りの1つは『好き嫌いを選べない』ということだ。

 つまり、才能がなかろうがその分野の物事が好きで好きでしょうがない人に、全く関係ない分野の才能があるって言っても響かないということだ。

 それに気づけないキョースケの弱点、それは・・・

「あんたの弱点は人の気持ちがわからないことよ。」

 キョースケが驚いた表情を見せた。

「あんたは別に悪い奴じゃないから、自分ができることは当たり前でできないのがおかしいとか思わないのよ。でも自分がどれだけ優れているか、どれだけ目立つかそしてそれがどれだけ人の心を狂わせるかを自覚できていないの。だって・・・あんたは普通にしているだけだから。」

 キョースケは黙って聞いている。

「人の気持ち全部わかるような人なんてもちろんいないわよ。でも、ある程度察してかろうじて生きているのよ。」

「でもこればっかりはしょうがないのよ。だから私・・・仲間がいるの。みんな得手不得手があるのだから協力しないとね。だからそんなに気にすることじゃないわ。」

 キョースケは黙って聞いている。・・・どうしたんだ?

「どうしたの?」

「いや・・・初めて言われたからさ。でもたしかに思い当たることあるのは確かでさ。」

「元気出しなさいよ。結果オーライってことでいいじゃない。」

「セーラはホント・・・でも改めて言わせてほしい。ありがとう。」

 そういうとキョースケは手を出してきた。こういうのちょっと憧れてたりする。

「私たちの初ミッション、無事コンプリートね」

 私は、その手を握り返したのであった。









後日談

「ル~ナ~!なんかいい感じのカフェ知らない?」

「知らないわよ。つかあんた誰と行くのよ?」

「いやそれはちょっと・・・」

「1人でカフェ巡りなら、探すこところから楽しみなさいよ。」

「ひ・・・ひとりちゃうわ!」

「ほう?もしかしてカムロくん?あんたも陰キャのくせに大物狙うわね~」

「違うし!もーーーあのバカなんで教室来ちゃうかなホント」

「あらあらあらあらずいぶんと仲良しですこと~?」

「くっ・・・ルナめ、いつか見てろ。そのきれいな顔ひっぱたいてやる。」

「あんたみたいな陰キャにはやられないわよ。・・・なんかまた入り口がざわついているわね。またカムロくんかな~?ねえ、セーラ?」

 入り口の方を見ると、長い黒髪の綺麗なお人形さんみたいな人が立っていた。そしてその大きな瞳がこちらをとらえた。


「こんにちは、セーラ。」

「どしたのヒナコ?教室に来るの初めてじゃない?」

「お礼です。」

 ヒナコは無糖の紅茶を2本差しだしてきた。

「キョースケくんに聞いたら、セーラにお礼するときは紅茶を2本持っていくといいと言っていたので。」

「なんかよくわからない慣習を作ろうとしてるわね、あいつ。」

「それとこれも受け取ってください。」

 小さな包みを渡される。いいにおいがする。多分クッキー的な何かだと思う。

「これは?」

「宣戦布告です。」

「???」

「セーラ、私これから全力で行くから!負けないんだから!」

 そういうとヒナコは教室を去っていった。

「あんた・・・いつの間にピアノ姫と知り合いになってるのよ。つか戦ってるの?」

「ピアノ姫?」

「そうよ。あんな綺麗でピアノうまいからピアノ姫。ちょー有名人じゃん。」

「あーそうなんだ。まあとりあえず二本もいらないから一本あげるわ。それとクッキーも一緒に食べて。なんか怖くなってきた。」


 そのクッキーはすごくおいしかった。なんというか迷いのない決意が味の決め手だったのだろうか・・・。


 そして、渡名さんはいったい何者なのか。クラス中の注目をまたしても集めてしまったのは後々になって知ることになるのであったとさ。


【第1章 完】

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ノンギフテッド タウロラ @tarorhythm

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